05 リーフェルト
私が叔母さんの家に来た翌朝。
小鳥の囀る音が聞こえて目を覚ます。
ベッドの上にはまだ少年が眠っている。
呼吸はきちんとしているので、なんとか夜は越せたようだ。
「はぁ……」
一晩休ませてもらって、私もいくらか頭が回るようになってきた。
とはいえ、少年と話をしないことには何も始まらないだろう。
なので、看病を継続だ。
衛生面は生活魔法である程度カバーできる。魔法が使える者の特権ね。
食料面はひとまず【植物魔法】でどうにか。
私自身も当面、そうやって飢えをしのぐ予定だったのだ。
「とりあえず朝食でも作りましょうか」
ショウガとネギを刻んだスープはなんとか飲んでもらえた。
朝もまた同じでいいかしら。いずれは味を変えていきたいところね。
紅茶の葉っぱとかできるかなぁ。アレはチャノキだっけ。
昨日試みたが、どうやら私の【植物魔法】は植物を『枯らす』こともできるらしい。
邪魔な植物の除草に使えるのでは?
やっぱり色々とアイデアを思いつくなぁ。前世の記憶ブーストのおかげだ。
「……もっと早くに『七海』の記憶を思い出していたら違っていたかしら」
アイデアをいろいろと思いつく度に、以前までの私にこの記憶があったらと思ってしまう。
でも、今さらよね。今の環境だからいいアイデアと思えるだけかも。
それに結局はどんなアイデアも出力部分で問題が生じるのだ。
「ん……」
そうして、いろいろと考えながらスープを作っている時だった。
奥のベッドから物音が聞こえる。少年が起きたみたい。
ガスコンロじゃないので火をパッと消すのは難しい。
でも、逆にガスじゃないから目を離して爆発! とかの危険性は低い。
火にかけていた鍋を移動すれば料理していたものは無事に済む。
手を水で流して浄化してから少年のもとへ向かう。
「起きた?」
「…………」
少年は、ぽーっとした様子で私を眺めてくる。
私は急にわっと話しかけて混乱させないように、ゆっくりと話した。
「改めて、はじめまして。私はアーシェラ。あなたのお母さんであるヘレーネ叔母さんの姉の娘……姪なの。あなたとは従姉弟みたいね」
「…………」
「昨日、叔母さんを訪ねてこの家に来て……あなたが倒れていたから看病をさせてもらったわ」
「……ありが、とう」
少年は私の言葉を理解してくれたようで感謝してくれた。
まだ幼いだろうにしっかりとした少年だ。
あたり前の教養と見るべきか、子供らしくいられないで育ったと見るべきか。
今、ここにいる私もただの年若い娘ではある。
でも前世の記憶分、同年代の人たちより大人のつもりだ。
少年の置かれた状況が、決して気楽に語れるものではないことは察していた。
「……あなたの名前を教えてくれる?」
「リーフ……」
リーフ、葉っぱ? 素朴な名前なのかしら。
「リーフェルト……です」
あ、リーフは愛称なのね。
「リーフェルト、くんね」
いろいろと聞きたいことはあるのだけど、まずは。
「スープ、飲む? 昨日とほとんど同じなのだけど」
「……飲み……ます」
うん。まだまだ彼は病み上がりだ。気をつけてあげないと。
そうして私はリーフェルトくんのお世話をする。
まだ危なっかしくて仕方ない。
でも、心なしか昨日よりは少しマシだ。
食事を取ってもらい、様子を見ながら落ち着いたところで改めて切り出す。
「リーフェルトくん。……ヘレーネ叔母さんは?」
「…………」
流石にここは避けて通れない。
子供に聞くのではなく、周りに暮らす人に聞くべきかとも思ったが……。
リーフェルトくんは思いのほかしっかりとしている様子だった。
無理をしているだけかもしれないが、ならなおのこと。
今、はっきりさせた方がいい。
「ずっといない」
返ってきた言葉はシンプルなものだった。
予想していたことだが……。
いつからいないのか。いや、それを正確に聞き出しても無意味なことか。
「……そう」
切り替えよう。私の人生も懸かっていることだ。
「じゃあ、この家は今、リーフェルトくんのものね」
「……?」
「ところで話は変わるんだけど、リーフェルトくん。私、実は今、家がなくて困っているの」
「……そう、なの?」
「うん。それで物は相談。私もあなたと一緒にこの家に住んでもいい?」
「……一緒?」
「ええ。その代わりにあなたの食事を用意するわ。ほら、いろいろと一人では大変じゃない? だから、これからは二人で協力して暮らしていくの」
「…………」
「ぜひ、そうしたいと思っているの。どうかな」
多少、無理をしてでも頷かせたい。
だって、この子、放っておけないだろう。
知らなかったならまだしも、病で倒れて誰にも助けてもらえない状況は無視できない。
「……いい、よ」
「本当⁉ とっても嬉しいわ、リーフェルトくん!」
私は彼の手を取って握りしめた。
まだまだ小さな手だった。大人に守られていないといけない手だ。
たとえ、こちらの世界、この国の成人年齢が前世より低いとしても。彼はまだ子供なのだ。
「これからよろしくね、リーフェルトくん!」
「うん……よろしく」
こうして私とリーフェルトくんの二人暮らしが始まったのだった。
さて、正式に家に泊めてもらうことになったところで、まずリーフェルトくんの体調を快復させることが最優先だ。
今日、明日はまだ様子見だろうか。あまり彼から目を離せない。
体調が快復したあとは近所に挨拶回りね。
あとは村の教会にも顔を出しておきたい。今の私は余所者だ。
食事は【植物魔法】である程度の代用可能だから、飢えをしのげるのはありがたいわ。
叔母さんが帰ってきたら、その時はその時。
リーフェルトくんにはいいことだ。たぶん。
朝はスープを食べてもらったけれど、昼はどうしようかな。
改めて家の中を確認する。とくに台所ね。
この世界には魔法がある。
生活魔法をアーティファクトという道具で再現している。
なので、昔の北欧っぽい雰囲気の国だけれど微妙に文化が異なっているのだ。
私が前世のそういう地域文化を熟知しているかというと怪しいのだが。
リンドブルム公爵家やローデン侯爵家にいた頃に戦争の兆しはなかった。
今の時代は平和ということね。
なので農村といっても、想像したよりもこう……マシ?
現代感覚が改めて芽生えた私でもどうにかできる感じの設備である。
まぁ、私の場合は今世でも生まれて十年は教会暮らしの市民だったワケだし。
前世の七海も田舎育ち。都会っ子よりは、この環境に適応できる自信がある。
箱入り貴族令嬢とはまた違うのだ。耐性もあるからいけるだろう。
ただ、パン焼き竈などは流石に個人の家にはないようだ。
麦から作られるパンはこの国でも主食である。私の舌もパン舌だ。
「まぁ作るなら麦粥ね、次は」
これは普通に今世の料理である。市井の民の主食の一つだ。
味付けに大葉とか入れてもいいかもね。
大変なのは電子レンジとかがないことかな。でも、それも普通のことだ。
アーティファクトでいつか、そういうものができあがったりするのだろうか。
というか、すでにあったりするかも? 私が知らないだけで。
考えても仕方あるまい。流石に電子レンジの原理は知らないので再現も無理だ。
食事を用意し、家の中を掃除しつつ、リーフェルトくんの看病を続ける。
幸い、彼は食事を取ると元気を取り戻していった。
やっぱりというか、ウィルス性の病ではなく、食事ができなくて空腹や栄養失調で倒れてしまった様子だった。
もし、私がこの家に偶然訪れていなかったら。そう思うとゾッとする。
この時点で今、ここにいない叔母さんに遠慮する気はなかった。
もちろん犯罪に巻き込まれたとか、そういう可能性もあるし、リーフェルトくんの母親なのだから口に出して悪くは言わないけれど。
それでも許せない気持ちは湧いてきた。
「…………」
「どうしたの、リーフェルトくん」
「ううん」
なんだろう。相手が小さな子供だからか、親戚だからか、私の母性本能をくすぐる。
同情や打算で潜り込んだ面もあるので罪悪感も少し。
段々と元気を取り戻してきたけれど、それは身体が健康になっただけ。
……リーフェルトくんの元気がないのは、母親がいなくなった心が原因だろう。
それは簡単に埋められることでも、代用ができることでもない。
それでも。
「リーフェルトくん、私のことは……そうね」
私と彼の関係は正確には従姉弟なのよね。
おばさんと呼んでもらうのがちょうどいいんだけど、微妙に抵抗がある。
「リーフェルトくんは今、何歳かな?」
「……七歳……」
七歳! 前世だと小学一年生か、それより下ぐらいだろうか。
きちんと会話は出来るし、いろいろと考えられるけれど危なっかしい。
今世基準で考えても年齢のわりに少し幼く見える。
これは食事などの環境のせいだろうか。
ますます保護者必須の年齢だろう。
私だって十歳までは母親と一緒に生きてきたし、教会のお世話にもなっていたのだ。
「私のことはアーシェラと呼んでね。アーシェラお姉さんかな?」
彼からすれば昨日知ったばかりの他人だ。私はおばさんにしか見えないだろうが。
「アーシェラ……お姉さん」
だというのにリーフェルトくんは私を『お姉さん』と呼んでくれた。
なんていい子なの? あ、でも気遣っているのかな?
ちょっとそういう気遣いが身にしみついている雰囲気あるものね。
この年頃の子供に『いい子』であることを押しつけてはいけないだろう。
やんちゃで我儘ぐらいが心も健康というものだ。
「もちろん、おばさんでもいいのよ。遠慮せずに呼んでね!」
むしろ、ここは、おばさん根性を出していくべきかもしれない。
今、私たちに必要なのは可愛い令嬢メンタルではない。
何がなんでも生きていくぞ、という厚かましいぐらいの鋼のメンタルである。
「それで、リーフェルトくん。体調はどう? まだつらい?」
「……ううん。もう、大丈夫」
「本当?」
そう尋ねるとリーフェルトくんは、こくりと頷いた。
一応、おでこに手を触れて熱がないかを確かめさせてもらう。
子供が無理をして黙っているなんてよくあることだろう。
とくにこの子はそういう傾向が強い可能性が高い。
「ん……。とりあえず熱は引いたかな」
初日にあった発熱はどうにか収まったようだ。
なら、かなり楽にはなっただろう。
食べさせたもの的に、無理やりに発熱を抑えたような状態ではないはず。
「外、歩けそう?」
「ん……」
「無理ならいいのよ。まだ安静にしていてね」
様子を見つつ、離れても大丈夫そうなら近所への挨拶回りをしたい。
村にはお世話になるつもりなのだから。
子供にこういう気遣いの話をするのもどうかと思うが、この点を相談した。
「これから一緒に暮らすってリーフェルトくんと一緒に挨拶できたらなぁ、って思うの」
私一人だけが挨拶に行っても訝しがられるだけだろう。
本当に血縁関係があるのかさえあやしく思われる。
「……うん。一緒に、行く」
口数少なく、リーフェルトくんが了承してくれた。本当に賢い子だ。




