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30 社交界

 使用人たちにリーフを任せてバルナーク領を出た。

 王都に着き、馬車から降りる際にフィン様にエスコートされる。


「さぁ、行こうか、アーシェラ」

「はい、フィン様」


 私は花を飾り、仕立てたドレスを着て、フィン様も整った服装をしている。

 改めてこうした服装を着こなす彼はとても格好いい。

 彼に引かれる令嬢も現れるかもしれないわ。

 絶対に渡さないようにしなきゃ。


「緊張しているかい? アーシェラ」

「それは……はい。でも、フィン様が隣に居てくれますから」

「もちろん。今日はキミから離れないよ」

「ふふ、ありがとうございます」



 会場に入ると、貴族たちの視線が私たちに向けられる。

 ここ数年はフィン様も社交界にそう顔を出したことがないのだろう。

 隣にいる私が誰かもわかっていない様子だ。

 こういった時には、誰よりも先に義妹が私を見つけて嫌みでも言ってきそうだけど。

 幸い、そんなことは起きず、そこまで忌避もされずに会場に溶け込めた。


 フィン様の知人である貴族への挨拶から始めて、私も多少、顔を知っている相手についてフィン様に教えて協力する。

 皆、私たちがバルナーク伯爵とその婚約者と分かると『ああ、あの』とか。

 或いは『では、トマト令嬢とはそちらの?』とか返してくる。

 トマト令嬢の呼び方、そんなに広まっているんだ……。


 意外と良好な反応が多い。

 私たちが脅威とは思われていないから、か。

 おそらく野菜のシェアという面で、余所の領地と供給が衝突するとか、そういう問題が起きていないのだ。


 トマトが売れて広まったところで、じゃあ、代わりに何を買わなくなるのかと問われると、私には想像できない。

 おいしい品が一品増えた。その程度の話。

 そんなことを考えていた矢先。

 元夫であるローデン侯爵の姿を会場で見つけた。


「あ……」

「……!」


 フィン様も気づく。ローデン侯爵が私に気づいたことに。

 彼の隣には義妹のミシェルがいた。

 二人共、何年ぶりだろうか。

 ミシェルは侯爵夫人になれて、さぞかし幸せ……?


「なんだか、二人とも、お疲れ気味に見えますね?」

「そうだね。彼らの夫婦仲はあまりよくないと聞いたけど、その通りなのかな」


 そういった噂があるとはフィン様から事前に聞いていた。

 情報収集はしたのだ。

 しばらくすると、彼らの方から私たちのもとへやって来る。


「……アーシェラ」

「ごきげんよう、ローデン侯爵。私の婚約者であり、近々結婚することになるアーシェラを名前では呼ばないでいただきたいですね。ああ、私はバルナーク伯爵のフィンです。お見知りおきを」


 私が返答する前にフィン様が、ぐわっと乗り出すように(まく)し立てた。

 ふふ、守り方が頼れる殿方というより、力強い番犬みたい。


 私が彼の婚約者と紹介されると、ローデン侯爵は目を見開いていた。

 私はフィン様の隣に胸を張って立ち、毅然(きぜん)とした態度で元夫を見返す。


「再婚されたそうですね、ローデン侯爵。残念ながら、私とあなたにはよい縁がありませんでしたが、どうやらお互いに真に愛する伴侶に恵まれたようです。であれば、私たちの別れも、きっとよき出来事の前触れだったのでしょう。侯爵の新たな幸せを心よりお祈りいたします。ですので、どうか侯爵も、私の幸せを認め、祝ってくださいますよう、願いますわ」


 ローデン侯爵は口をハクハクと開閉しながら言葉を失っていた。

 何を言いたかったのだろうか。

 わざわざ、あのような別れ方をした元妻に近寄ってきて。

 そこで、ようやく目の前にいるのが私だと気づいたらしいミシェルが目を見開いた。


「な……。あ、あなた、まさか、アーシェラお義姉様⁉」


 ミシェルの言葉で私の正体が周りの貴族に周知された。


「え、まさか……。あの女性は?」

「リンドブルム公爵家の? 離縁の際、ローデン侯爵に家から追い出されたと聞いたが」

「公爵は追い出された娘を捜しもしなかったらしいぞ……」


 リンドブルム公爵令嬢。いや、元ローデン侯爵夫人のことは噂になっていたらしい。


「ふふ、皆さんのご記憶にまだ残っていたのですね。もう二年も前のことですのに」


 私は、そこで優雅に声を上げて周囲に微笑みかけた。

 噂になっていたといっても、流石に今日までそれが持続していたわけではあるまい。

 私の名を聞いて二年前のことを思い出した。そんな程度の関心だろう。


「今では互いに別々の道を歩き、互いの幸せを手に入れていますから。きっとよき関係を築いていけると思いますわ。ねぇ、ローデン侯爵様。貴方もそう思われますわよね?」

「…………」


 あら。なぜか、私の言葉で絶望したような表情になるローデン侯爵。

 隣のミシェルは絶句したあと、私を睨みつけるような態度だ。

 これは、この夫婦。本当にあんまり幸せそうじゃないなぁ。

 今さら、私の知ったことではないけれど。


「……お前が、バルナーク領で新しい野菜を作ったのか。アレはお前のギフトで作ったものか?」

「ふふ、少し違いますわ、ローデン侯爵」

「違う?」

「あれは、きちんとバルナークの地に根づかせ、作物として育てたものです。私はその補助をほんの少ししただけ。今は私の手を離れて領民たちの手で育てていますの。私のギフトは、あなたが知るものと変わっていません。大きな力に目覚めたワケでもない、あの頃のままです」


 【植物魔法】の力の性質も、その出力も変わっていない。

 ただ、変わったのは私の前世の記憶という部分だけだ。

 まぁ、それがポイントなのだけど。


「私の力を活かしてくださったのは、こちらにいるバルナーク伯爵、フィン様です。フィン様がいてくれたからこそ、私は領地の力になれた。彼のおかげで『使える(・・・)』ギフトになったんですよ」

「……! それは」


 離縁の際に突きつけた言葉をローデン侯爵は思い出したのだろう。

 私の皮肉が伝わったようだった。


「……あの時は……すまなかった」

「あら」

「ちょっと! 何を謝っているよ!」


 意外なことに謝罪したローデン侯爵に怒り出すミシェル。


「お前は黙っていろ、ミシェル」

「ぐっ……」


 でも、怒りを込めた一言でミシェルを黙らせるローデン侯爵。

 そのやり取りだけで、この夫婦の在り方が伝わってきた。

 亭主関白ねぇ。

 それに、お疲れ気味ではあるが、根本的にはローデン侯爵も変わっていなさそうだ。


「……あの時だけは、私の見る目がなかった」

「もう過ぎたことですよ、ローデン侯爵」

「……そんなことは……」


 愛のない結婚、さらに白い結婚。たった一年の、形だけの夫婦関係。

 あの時はひどいものだったけれど、今は驚くほど何も感じない相手。

 どうも、私とよりを戻したいとでも言いたげな様子に見えるけど、気のせい?


 察するにミシェルとの関係がうまくいっておらず、だけど私と違い、そう簡単には離縁ができない状況、といったところかしら。

 ミシェルは公爵夫人の子で、愛されているものね。

 それで私とまたチェンジ希望?

 そこまで考えていないか。でも、この態度はね。


「ローデン侯爵。かつて私の婚約者を捜していたと聞いたのですが。何用でしたか?」


 フィン様が私をかばいながらもそう尋ねる。


「……今さらか。アレは、もう一年以上前の話だったはずだが」

「それで? なんのための捜索さったんです?」

「アレは、ミシェルが勝手にしたことだ。もう彼女の捜索はやめさせている」

「……ですから、ミシェルはなんのために私を?」

「さぁな。どうせ、くだらないことだろう。私と結婚してすぐのことだった。お前に勝ち誇りたかった、私との婚姻を見せつけたかった、それだけだろう。実にくだらない。そんなことのために人手を割くなどと、あまりにバカバカしくて早々にやめさせた」

「ぐっ……!」

「まぁ」


 ミシェルがやりそうなことだと思っていたけど、ローデン侯爵に許可なくローデン家の人間を動かしていたみたい。

 その目的はやっぱりマウント行為。ただそれだけ。


「リンドブルム公爵が、アーシェラを捜していたのではなく?」


 フィン様が気になったのか、さらに尋ねる。


「お父様がお義姉様のことなんて捜すわけないじゃない!」

「……だ、そうだ。ミシェル。それ以上騒ぐな。みっともない」

「……!」

「私もリンドブルム公爵が彼女を捜していたという話は聞かない。お前も知っていると思うが、彼、そういう人だろう」

「です、ね」


 お父様は相変わらずらしい。


「アーシェラ、私とやり直さないか?」

「なっ……!」

「……はぁ?」


 ローデン侯爵があり得ない提案をする。


「ミシェルよりお前の方がマシだ。お前だって伯爵より、侯爵の俺の方がいいだろう?」

「ちょっと! ふざけないで! お義姉様なんかを!」

「お前は黙っていろ、ミシェル」


 妻となったはずのミシェルへの冷たい態度。

 この男は変わっていないんだな、とうんざりする。


「ローデン侯爵。お断りします。私にはもう愛する人がいますから。伯爵も侯爵も関係ありません。私はフィン様だから彼を愛しているんです」

「……!」

「ローデン侯爵。私からも言わせていただく。私はアーシェラを手放す気はない。彼女は私の愛する人だ。あなたになんて渡す気はない。これ以上、彼女に迫るのはやめていただこう」

「くっ……」


 ローデン侯爵は、悔しげに私たちを睨む。


「もういい!」

「あっ! ま、待って……」


 ローデン侯爵は、ミシェルを置いて立ち去っていく。

 相変わらずの自分勝手ぶりで、あの人の嫁いだミシェルも苦労しているのだろう。


「くっ……! 覚えていなさいよ、お義姉様のくせに!」


 ミシェルはそんな捨て台詞を吐きながら、ローデン侯爵を追いかけていく。


「一応、気になっていたことはこれで解決した、かな?」

「ふふ、はい。守ってくださってありがとうございます、フィン様」

「キミを守るのは当然のことさ、アーシェラ」


 とりあえず。私は改めて社交界デビューをどうにか乗りきれたのだった。


 これから。何もかもこれからだ。

 いつか、父と衝突することがあったとしても。

 私とフィン様とリーフェルトくんで手を取り合って、苦難を乗り越えていく。

 今日は、その華々しい第一歩だ。


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