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20 村を出る

「これ、いるかなぁ」

「んー、いらない!」


 一緒に村を出ていくと決めた日から、私たちは引っ越し作業でもするみたいな雰囲気だった。

 名残惜しくはあっても、もう置いていく、捨てていくと決めたものだ。

 リーフェルトくんのために残していくつもりだった薬草の蓄えは持ち運べるようにする。


 村から村へ移動する、行商でも始めようかな、薬草を売りながら。

 早いうちに定住先を決めたくはあるんだけど。

 この村ほど、すんなり暮らせるとは限らない。

 早晩、教会に頼ることになるだろうか。

 父が私を捜しているのではなく、ローデン侯爵家が捜しているということで、この村を見つけるのが遅れているのだと思う。


「リーフェルトくん、どこか行きたい場所はある?」


 現実的な問題を視野に入れながら、それでもまだ暗い気持ちにはなりたくない。

 村を出ていく時ぐらい希望に満ちたものでありたかった。


「……お兄ちゃんの、ところ」

「うん?」


 お兄ちゃん? え、お兄さんがいたの? そう思ったけど違った。


「この前、助けてくれた、フィンお兄ちゃん」


 フィン様。あの時、魔獣を倒して、私たちの命を助けてくれた青髪の騎士。

 彼は隣領であるバルナークの騎士だ。

 確かに優しい人だと思ったけど……。

 いきなり押しかけるほどの縁もつながりもない。彼だって頼られても困るだろう。

 一度会った、一晩過ごした程度の私たち。でも。


「……そうね! フィン様を訪ねてみましょうか!」


 生きていくのだ。この子と一緒に。

 それならば図々しいことぐらいしてみせる。

 恥をかこうが、厚かましいと罵られようがかまうものか。

 たったあれだけの縁を頼って、図々しく押しかけてみせよう。

 この子を守るためならば。


 そこで仕事をもぎ取る。住み込みで働かせてもらうの。

 フィン様と会い、そこで何か、騎士の身の周りの世話……ここでいうのは洗濯とか、家事系のこと……をするとかできないかを聞いてみる。


 薬草を提供するのもいい。

 薬効が確認されれば、騎士たちのお財布に優しいはず。

 元公爵令嬢、元侯爵夫人なのに騎士団の洗濯、炊事係?

 なーんてプライドは私にはない。前世記憶のメリットだ。根性は一般庶民である。


 だいたいそんなプライドがあったらシビアな農村暮らしには耐えられまい。

 私は田舎育ちの『七海』である。


 それにバルナーク領が目的地というのがいい。

 どうがんばっても遠くまで移動する体力も資金もない私たち。

 それでも、もうリンドブルム領内には留まりたくない。

 そこで隣領とはいうけれど、森を一つ挟んだ程度の距離にあるバルナーク領だ。

 最初の目的地としては申し分ないだろう。


「よーし、決めた! フィン様会いに行きましょう!」

「うん!」


 人生を懸けるには、あまりにも頼りない縁。

 それでも私たち二人には前へ進む明るい希望だった。



「リーフェルトくん」

「なぁに?」

「今さらなんだけどね」


 ほとんどの準備を終えて、冬の終わりを待つだけになった頃。

 私は彼に改めて切り出した。


「私とリーフェルトくんは、もう家族よ」

「……うん」


 今までは保護者という言葉で濁していたことだ。

 でも、はっきりさせておく。


「そこで。これからは私のことはアーシェラお姉さんじゃなくて……」

「…………」

「──お義母(かあ)さん、と。呼んでくれる?」


 変かな。変える必要ないかしら。でもね。


 以前まではヘレーネ叔母さんのことには触れないようにしていた。

 でも、リーフェルトくんが打ち明けてくれた叔母さんのことがある。

 リーフェルトくんの気持ちを上書きしてしまった方がいい、と。

 そう思ったのだ。

 新しい関係を築く。私たちの新しい生活を始める。

 だから、このタイミングで。


「アーシェラお母さん(・・・・)!」


 リーフェルトくんが私に抱きついてくる。温もりを求めるように。

 私は、彼が安心して甘えられる大人になるのだ。

 それは何も一方的なことではない。

 私だってリーフェルトくんという存在に大きく支えられている。

 孤独ではない。この子のためにならなんだってするという気力が湧いてくる。

 きっと私一人だったら折れていただろう。だから、これは助け合いだ。


「ふふ、呼んでくれるのね。ありがとう、リーフェルトくん」

「……リーフ」

「うん?」

「僕のことは……リーフって呼んで」

「呼び捨てでいいの?」

「……うん」


 それはリーフェルトくんにとって、どのような意味を持つのか。

 深くはわからない。彼にだって、どういう気持ちなのか言語化は難しいだろう。

 おそらくヘレーネ叔母さんが、彼の〝母親〟がそう呼び捨てていたのではないか。

 なんだか本当に家族として認められたような気持ちが湧く。

 或いは私が願った呼び方もリーフェルトくんにとってそうなのかもしれない。


「わかったわ、……リーフ」

「うん!」


 とりあえず喜んでくれているならいいか。笑顔がまぶしい。


「じゃあ、これからよろしくね、リーフ」

「はい!」


 私は今日、正式にリーフ(・・・)の〝継母〟になったのだ。



「それでは皆さん、今までお世話になりました」

 村を出ていく時、正式に教会に挨拶に向かった。

 そこには神父様だけでなく、村の大人が数人いた。


「……もう行くのですか?」

「はい。あまり長居してもよくありませんから」


 まだ冬と春の境目のような季節。動き出すには少しだけ早い。

 だからこそ今のうちに出ていこうと決めていた。

 春になったら本格的に捜索されることを懸念してのことだ。


「今までお世話になりました。私の事情を深く聞かず、受け入れてくださった。そして、冬の間も村で暮らすことを許してくれた。本当に感謝しています」


 村を出ていくことになったけれど。それでもこの村は寛容だった。

 リーフという縁があったとはいえ、だ。


「……リーフェルトくんを連れていくんですね?」

「僕が一緒に行きたいの! だからアーシェラお母さんと一緒に行く!」


 やり取りに不穏な気配を感じたのか、リーフが声を上げた。

 神父様や村の人たちは驚いたように彼を見る。


「……よろしいのですか」

「二人で話し合って、悩んで決めたことなんです。それに私たちはもう家族ですから」

「……そのようですね。今、貴方ことを『お母さん』と」

「はい。私はこの子の母親になります。この子と生きていくって決めたんです」


 リーフがぎゅっと私の手を握り、真剣な目で神父様を見上げる。


「…………そうですか」


 神父様が困ったような表情を浮かべた後、村人に視線を向けた。


 村人たちも思うところはあるだろう。

 危ない旅に他人の子供を連れていって大丈夫なのだろうか、と。

 だけど、どこかで彼らもホッとしている。

 情はある。でも、やはり余所の子供を養っていくほどの余裕はない。


 村では子供も労働力だからリーフを養うなら労働力としてだ。

 では、ここで彼を村に置いていけとはどういうことになるか。

 それは『労働力として使いたいから』という主張になる。

 親子の絆を育んだと主張する私たちに対して、それはあまりにもよくないだろう。

 リーフが聞き入れるわけもないとわかったはずだ。


「……これから大変かと思いますが」


 神父様が場を締めくくるようにそう切り出す。


「はい。覚悟の上です。どんなことをしてでも生きていこうと思います」

「……わかりました。どうか、あなたたちに幸運があらんことを」


 神父様の言葉に私とリーフェルトくんは頭を下げて礼をする。村人たちにもだ。

 そうして、私たちは教会を出た。


 この季節、まだ村からの乗合馬車は出ていない。

 歩いて、まずはモルセル地区へ向かう。

 そこから乗合馬車に乗って隣領であるバルナーク領へ向かう予定だ。


 前回、フィン様は森を越えてきたけれど私たちにそのルートは通れない。

 森を踏破する体力も技術もないし、バルナーク領とは街道がつながっているのだ。

 住んでいた村からは遠回りになるけれど、街道を進んだ方がいい。


 村の外れまで来てから、私たちは何の気なしに村を振り返った。

 半年以上暮らしていた村。

 リーフには生まれ育った村だろう。

 しばらく二人で村を眺めていた。


「……行こっか」

「……うん!」


 手をつないで。私たちは二人、村をあとにした。


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