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「無価値」と捨てるのは結構ですが、私の力は「本物」だったようですよ? ~離縁された転生令嬢、実は希少魔法の使い手でした~  作者: 川崎悠


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00 プロローグ ~十七歳、離婚歴あり~

「え、十七歳? 若っ! まだまだ人生これからじゃない!」


 私は、そんな声を上げていた。

 ついさっきまでは人生に絶望し、途方に暮れていたというのに。


「離婚歴? 関係ないない! なにせ私はまだ若い!」


 そう一人で拳を握り締め、高く空に突き上げた。

 ちょっとハイテンションなのはご愛嬌だ。これには理由がある。

 なんにせよ。晴れて十七歳、離婚歴あり。

 アーシェラ・リンドブルム……家名はもう名乗らない方がいいかな?

 ただの(・・・)アーシェラ。これから新しい人生を歩ませていただきます!


 私がなぜ、新しい人生を歩むことになったのか。

 それより以前に、どうして人生に絶望なんてしていたのか。

 それは、たった一年間の私の結婚生活が破綻したからだった。

 私は母親と一緒に、幼い頃は、ずっと市井の教会で暮らしていた。

 父親は、ある年齢になるまで見たこともなかった。

 私の暮らす国には身分制度がある。

 私や母は爵位を持たない市井の民だった。

 しかし、私には貴族の血が流れていた。

 それを知ったのはもう十歳を越えた頃だったか。


 私の父親は、驚いたことにリンドブルム公爵だったのだ。

 母は、かつて公爵家でメイドとして働いていたらしい。

 そこで公爵のお手付きとなってしまい、私を身ごもることになった。

 母は、公爵家でそのまま働くことは出来ず、半ば追い出される形で実家に帰り、その後は身重で実家に居座るわけにもいかず、教会の助けを借りながら私を産んだのだ。


 私は、いわゆる〝庶子〟という存在だった。

 そんな私が十歳を過ぎて、リンドブルム公爵家に引き取られることになる。


 ……母が流行り病で亡くなったのだ。


 一応、母方の血縁関係は母の妹、私から見れば叔母であるヘレーネ叔母さんがいるのだが、そちらに世話になる前に公爵の使いが私を迎えに来た。


 公爵からの申し出を断る選択肢はなく、母を亡くしたばかりの私は、リンドブルム公爵家に引き取られることになった。

 なんと〝公爵令嬢〟として、である。

 ……本当に無理があったと思う。


 わざわざ母が亡くなってから私を引き取るなんて、もしや公爵は母を愛していたのかと。

 だから忘れ形見の私を世話してくれるのか。

 そんなふうにも思ったが、そんなことはなかった。

 公爵は、あくまで政略の道具として使えそうな娘とだけ私を認識していた。

 だから、そこには母への愛も、まして私への家族愛もなかった。


 幸い、父親はいないのが自然だった私は、公爵との間に愛情がなかろうと傷つかなかった。

 大変だったのは貴族令嬢としての教育を受けねばならなくなったことだ。

 十歳過ぎという、まだなんとかなるかも……な年齢ではあるものの、これまでの生活とは、まったく異なるものへと変わった心労は、とてつもなかった。

 公爵令嬢としての教育を叩き込まれながら、たいして仲よくする気もなさそうな、むしろ完全に嫌悪されている新しい家族に囲まれて過ごすことになった。



 公爵家には公爵と公爵夫人、その二人の子である長男と長女、次女のミシェルが居た。

 長男は私より四つほど年上だ。

 長女は私の一つ年上。ミシェルは私の一つ年下。

 問題なのは長女の年齢だろう。

 一つ年上といっても誕生日は私とたいして変わらない。

 察するに公爵夫人が長女を妊娠期間中、メイドであった私の母に〝我慢出来ずに〟手を出した結果が私なのではないだろうか。


 そんな当時の状況で発覚したことだから当然、公爵夫人は私を嫌っている。

 母のことも許せない存在だっただろう。

 その母はすでに亡くなっているが、だからといって私を認められるかというと、そんなことはない。

 それでも公爵夫人はまだマシな方で、私のことをほぼ無視するだけだ。


 私にとっては三兄妹との関係の方がきつかった。

 もちろん、彼らだって父親の不貞行為の結果に過ぎない庶子に対して、いい気分でいられるワケもない。

 とりわけ長女は私に対して生理的嫌悪に近いものを抱いていた。

 ミシェルの方は、立場の悪い者を虐げるような性格をしているらしく、日常的に嫌がらせも受けた。

 かろうじて暴力行為は受けなかったし、こんなのでも公爵令嬢という身分になった私を使用人が傷つけることもなかった。

 危なかった時もあるけどね。


 針の(むしろ)のような公爵家で数年過ごした私は十六歳となる。

 私の暮らす国では〝結婚が出来る年齢〟だ。

 元よりそのつもりだった公爵の手により、私は当然のように政略結婚をさせられることになった。



「お前がアーシャ・リンドブルムか」


 私の旦那様となる人物はウィリアム・ローデン侯爵。

 私より年上で公爵家の兄と同じくらいの年齢のようだ。


「お前は【植物魔法(・・・・)】が使えると聞いたが?」

「……はい、ローデン侯爵」


 そう。私には他に使う者がいない、固有の力──ギフトがある。


 本来、貴族子女は七歳になると教会で洗礼を受ける。

 宗教的な意味合いもあり、祝福としてそれで終わる者も多いが、まれにそこで固有の力、ギフトを授かって発現する者が現れるのだ。

 その内の一人が私だった。


 私が授かったギフトは【植物魔法】。

 これが判明した時は嬉しかったものだ。

 でも、特にその力はたいした恩恵を与えてくれないことが判明する。

 そもそも〝魔法〟自体は使える者が多くいるのだ。


 〝生活魔法〟と呼ばれる低級の魔法事象ならば私でも引き起こせるし、伯爵家以上の高位貴族には攻撃的な魔法だったり、作用範囲が広かったりする多彩な魔法を使える者が多い。

 そんな中で私のギフト【植物魔法】はどの程度かというと、手元になんらかの植物を生やす程度。

 他には植物の成長も多少は促せるけれど、そこまで大きな効果は見込めない。

 名前通りに出来ることは出来るけど圧倒的に〝出力不足〟なシロモノ。

 いわゆるガッカリ祝福、ハズレギフト(・・・・・・)、だめだめ魔法だった。


 それでもギフトを授かった、それも庶子とはいえ公爵令嬢だ。

 それなりの価値は生まれたようで、こうしてローデン侯爵家へ売られる、もとい嫁がされたワケなのだけど。


「せいぜい、その力で役に立つことだな」

「え?」


 役に立つ? まさか【植物魔法】で?

 え、使えない魔法だって聞いていないの?

 疑問に思う私を置いてローデン侯爵は立ち去る。

 それが私たちの最初の会話だった。



 父がローデン侯爵になんと言ってこの結婚を取りつけたのか知らないけれど。

 あれよという間に私は公爵家を出され、ローデン家へ嫁ぐことになった。

 高位貴族家同士の結婚とは思えないぐらいに小規模で簡素な結婚式で私たちは夫婦になる。


 ……特に愛されてもいない庶子の結婚式なんてこんなものよね。

 大丈夫、とくに期待なんてしていなかったから。

 そんな期待や希望は、六年間の公爵令嬢生活で全部削ぎ落とされている。


 侯爵夫人となってからも、旦那様にはとくにかまわれなかった。

 愛のない結婚だ。それどころか。


「私はお前を抱くつもりはない」


 ローデン侯爵はそう私に宣言した。

 もちろん、結婚後にである。


 正直ありがたいことに初夜はなし。

 どうも彼は私を値踏みしている気がする。

 ひょっとすると、この結婚はリンドブルム家からの強引なものだったのかもしれない。


 そもそも侯爵家との縁談なんて、夫人の子である義姉や義妹に回すべき良縁だろう。

 それが庶子の私に宛がわれたということは……これは、お察しの〝悪縁〟なのでは?


 ローデン侯爵からすれば相当に不本意な縁談なのだ。

 だから私との間に子をつくる気がない。

 或いは、実はローデン侯爵には恋人が居るとか、変態的な趣味をお持ちだとか。

 そういう理由があったとしても私はそれを知らなかった。


 侯爵夫人としての仕事は、ほとんど回されていない。

 本来はやるべきこともありそうだが、どうやら私は侯爵に信用されていないようだ。

 代わりに私に課せられたのは【植物魔法】の研究だった。


「薬でも、作物の成長を促すのでもなんでもいい。ローデン家の役に立て」

「は、はい……」


 そう言われてもなぁ! と、口には出さないけれど。


 しかし、使えない魔法だと早々にあきらめていた【植物魔法】だ。

 今さらに役立てろと言われても本当に困る。

 もちろん、私なりにがんばってはみたのだ。


 夫婦だからというより、生活の面倒を見てもらえている恩を返すために。

 でも、どうにもならなかった。

 ローデン侯爵……ウィリアム様には早々にあきれられていた。


 薬草の生成、成長促進、どれも出来るけれど圧倒的に出力が足りない。柔軟性もだ。

 オリジナルの植物は生成できない。

 元からある植物、作物なら生成できるのだが……。


 〝他の地域にもある薬草〟をせっせと少しずつ作ったところで個人の小遣い稼ぎの領域を出ない。

 成長促進はできるが効果範囲が狭く、ローデン侯爵家が抱える大規模な農地には不適だ。


 何もかもウィリアム様が求める水準に達しなかった。

 それが私の結婚生活だった。

 そうして終わりは、あっという間にやって来た。

 それは私とウィリアム様が結婚してから、たった一年後のことだった。


「お前とは今日限りで離縁だ」

「えっ……」

「お前は期待した成果を何一つ出せなかったのだ。これは契約違反となる」

「け、契約違反!?」


 何それ、知らない!


「私とリンドブルム公爵で交わした契約だ。多少は役に立てるという売り込みだったのだがな。やはり無駄な時間だったよ。もうこれ以上はいいだろう。お前は成果を出せない」

「お待ちください、ウィリアム様。私はその契約内容とやらを知らないのですが」

「それがなんだ? お前が役立たずなのが悪い。お前の【植物魔法】は使えない(・・・・)


 うぐ……。

 それはそうかもしれないけれど。

 自分だって使えないなと思っていたのを改めて指摘されてしまう。


 確かに成果を出せていないのは事実だった。

 でも、六年間も勉強してきた貴族夫人としての力を発揮する機会は与えられなかった。

 この家に嫁いでからは延々と【植物魔法】の研究だけをやらされた。

 では、あの淑女教育を受けた六年間はなんだったのだと言いたい。


「私とお前が離縁することは決定事項だ。いいな」

「……わ、私はこれからどうなるのでしょうか」

「この家は出ていってもらう。手切れ金は渡す。その後は知らないな」

「そ、そんな……」


 今、この家を追い出されたら。


「リンドブルム家に戻ればいいだろう。公爵が役立たずのお前を受け入れるとは思わないが」


 そうだ。

 役立たずな私を、父は受け入れないだろう。

 他の家族は言わずもがな。

 リンドブルム家に帰ったところで私に待つ未来は暗いものだ。


「それでは荷物をまとめて、明日には出ていけ」

「明日!? そんな、早すぎます、準備も何もできていないのに……!」

「二度は言わない。決定したことだ」

「ウィリアム様!」

「……私の名前を呼ぶな、うっとうしい。さっさと部屋から出ていけ」


 顔面蒼白になり、嫌な汗を流す私にかまうことなく、ウィリアム様は使用人に命じて、部屋から私を追い出した。

 取りつく島などない。なんの弁明、交渉もさせてもらえなかった。


 その後もあっという間だ。

 手切れ金を渡され、少ない荷物をまとめさせられ、私は一年過ごしたローデン家の屋敷を追い出された。


「……嘘でしょう」


 なんの配慮もない。

 優しい使用人がフォローしてくれるなんてこともない。

 文字通りに追い出されたのだ。

 せめてリンドブルム家に馬車で送るとか……。


 手切れ金として渡された少ない資金だけで、これからどう暮らしていけばいい?

 庶子であり、十歳までは平民として暮らしていたものの、成長過程の六年と結婚生活一年は貴族として暮らしてきた私。

 貴族としても平民としても半端者の私。


 これからの展望なんてまるでなかった。何より急に追い出されたのだ。

 事前に準備も根回しも何も出来ていない。頼るあてがまるでない。


「こんなことって……」


 どうしよう、どうしよう。

 まず何からすればいいのか。どこへ行けばいいのか。

 頭が真っ白だった。

 それでもフラフラと街の方へ歩きながら考える。


 貴族令嬢として返り咲くのは無理筋だろう。

 侯爵家から一方的に離縁されたのだ。

 あまり社交に出る機会こそなかったとはいえ、そんな醜聞(しゅうぶん)のある令嬢が生きていけるほど貴族社会は甘くない。


 では、リンドブルム家に帰るのか。

 ……嫌だ。どうせ、あの家に帰ってもロクな目に遭わない。

 また望まない相手と結婚させられるだろう。

 きっとローデン家よりひどいところへ。


 本当にどうすればいいの?

 十七歳にもなって嫁ぎ先を追い出され、離婚歴ありの傷物令嬢。

 そんな私に未来なんて。


「十七歳……十七歳……?」


 ん?


 私の中にふつふつと湧き上がってくる感覚。

 目が覚めるような、そんな。

 思い浮かぶのは、今の年齢と同じか、もう少し先まで生きた記憶……?


 現状、私自身について考えながら。口を突いて出た言葉は。


「え、十七歳? 若っ! まだまだ人生これからじゃない!」


 この国の貴族令嬢の常識とは異なった価値観。

 かといって市井の民に寄り添った考え方なのかというと、それとも微妙に違う。


 ……私はこの時、目を覚ましたのだ。

 思い出したというのが正確だろう。

 流されるままに生きてきた、庶子の公爵令嬢。自発的に何かをするでもなく。

 ただ言われるがままに使えないと判断していた【植物魔法】の研究に時間を費やして。

 理不尽な離縁。押し付けられた政略結婚。そんなものは〝クソくらえ〟だと。

 これは、この状況は、こう言うしかないだろう。


「……私、異世界(・・・)に転生してる?」


 そう。私が思い出したのは俗にいう前世の記憶だった。

 現代の地球で暮らしていた朧げな記憶があることに気付いた、いや思い出したのだ。

 ぼんやりしていた頭の中が途端にクリアになっていくような感覚。

 霧の中に居て、急に視界が開けたような爽快感、ハイテンション。


「あは、あはは! あはははは!」


 何これ! こんなことってあるんだ!

 視野が広がると、何を絶望していたのかわからなくなってくる。

 確かに貴族令嬢が離婚歴ありとは、かなり困った事態だろう。

 前世と比べてこの世界、この国の方が結婚適齢期は若いように思う。


 でも、だからなんだというのか。

 こちとら現代っ子マインドを持つ女である。

 結婚せずに働く女性なんてゴロゴロ居る時代に育ったのだ。


 もちろん、結婚で幸せを得るという価値観まで否定するつもりはない。

 そういう幸せを得る人が居たっていいだろう。

 ただ、一度の離婚で『人生が終わった』なんて考えるような思考回路にはならない。


 だって、まだ十七歳だよ?

 どこの誰が人生あきらめろって言うのだ。

 前世の記憶と合わせるともっと大人かもしれないけど、肉体は十七歳だ。


 別人になった感覚はなかった。

 あくまで私は〝アーシェラ〟のままだと思う。


 だから、この状況は、言ってみれば〝とてつもなく前向きになった〟だけ。

 今はそれでいいだろう。

 ここにいるのは〝とてつもなく前向きなアーシェラ〟だ!


「今からなんだってできる!」


 もっと年齢を重ねていたとしても、あきらめる筋合いはない!

 だから私は思うのだ。

 これから新しい人生を歩ませていただきます! と。


別サイト「Berry's Cafe」で先行公開しています。

完結まで予約投稿済みです。

毎日更新します。

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