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― かりなの物語 ―

札幌・すすきの──ネオンと欲望が渦巻く街。

そこでは、女の価値は一夜で決まり、一夜で消える。

派手さや色仕掛け、時には枕営業すら武器とする女たちの戦場に、ひとりの十八歳の少女が飛び込んだ。

名は、かりな。

陰気で自信もなく、誰も期待していなかった新人。

だが、彼女の胸の奥には「本当は輝きたい」という強い願いがあった。

これは、身体を売らずに、夜の街で頂点を目指した少女の物語である。

プロローグ


札幌・すすきの。

ネオンの光は夜を鮮やかに照らすが、その裏で女たちの涙と欲望が混じり合う。

誰かが落ち、誰かが這い上がる。

その街で、十八歳の少女──かりなは、まだ何者でもなかった。



第一章 影の中の少女


かりなは、自分の顔を鏡で見るのが嫌いだった。

磨けば羨まれる美貌を持ちながら、下を向く癖と、目を合わせられない性格がすべてを曇らせていたからだ。


「どうせ私なんて……」

十八歳、デビューしたてのニュークラ嬢。

周りは派手な化粧、派手な服、派手な笑い。

シャンパンを入れてもらうために、枕営業すら厭わない者もいる。

そんな世界に飛び込んだ彼女は、ただ隅っこで水割りを作ることしかできなかった。



第二章 火種


ある夜、指名のないまま同伴組の客が全員シャンパンタワーを上げるのを横目に、かりなは悔しさで震えていた。

「私だって、本当は……」

誰も気づいていないだけで、自分はまだ光っていないだけだ。

心の奥の火が小さく燃え始めた。


その夜、ママが何気なく言った一言が、彼女の心を撃った。

「かりな、あんた本気でやる気ある? 女の武器を使わなくても、頭と心で勝てる女はいるんだよ」



第三章 覚醒


かりなは変わった。

笑顔の作り方を研究した。

札幌の一流ホテルのラウンジで、接客マナーを盗み見た。

本も読み漁った。

男の視線、言葉の温度、酒の回り方──その一つひとつを観察し、ノートに記した。


「私、誰にも負けない。身体なんて売らなくても」


心の中で何度も誓った。

次に客の隣に座ったとき、彼女は以前の陰キャな少女ではなかった。

透明な氷のように冷静に、だが内側で情熱を燃やしながら──。



第四章 成り上がり


半年後。

かりなはすすきののニュークラで、トップを争う存在になっていた。

派手なドレスの女たちが蹴落とし合い、裏で泣き、時に潰れていく中で、かりなは不思議なほど傷つかず、むしろ笑っていた。

「私を笑ってた人たち、今は誰も目を合わせられない」


その瞳には、冷たい夜の街の光が宿っていた。

輝きはもう、誰にも隠せなかった。



終章(予兆)


だが、すすきのの夜は甘くはない。

金、欲望、嫉妬、そして男の影。

頂点に立つ女を、必ず引きずり下ろそうとする者が現れる。

かりなの戦いは、まだ始まったばかりだった。


第2章 ライバル登場


 すすきのの夜は、氷を溶かすほど熱い。

 だが、その熱は人を照らすと同時に、容赦なく焼き尽くす。


 かりなが働くニュークラブ「ルミエール」には、誰もが一目置く女がいた。

 冴子──二十六歳。

 艶やかな黒髪を背中まで流し、露出の多いドレスを纏う姿は、まさに“夜の女王”そのものだった。

 ナンバーワンの座に何年も君臨し、彼女の席に座ることができる男は一流企業の経営者か、金に糸目をつけない成金ばかり。


 彼女の笑顔ひとつで、シャンパンタワーが立ち、札束が宙を舞う。

 それがこの街の常識だった。


 そんな冴子は、かりなの存在を初めて見た夜から、鼻で笑った。

「……陰気な子ね。うちに似合わないわ」

 化粧も薄く、声も小さい。

 水割りを作る手つきもぎこちないかりなは、冴子の目にはただの“失敗作”に映っていた。


 しかし数週間後。

 ある常連客がふと「今日は新人の子を隣に」と言い、かりなを呼んだ。

 かりなは緊張しながらも、丁寧にグラスを磨き、笑顔を作った。

 その素朴さと誠実さに客は意外と心を掴まれ、冴子の隣に座るはずだったその夜の主役を奪われる形となった。


 冴子は笑顔を崩さず、心の奥で歯ぎしりした。

 彼女は夜の街で生き延びるために、ありとあらゆる武器を使ってきた。色仕掛けも、枕営業も、嘘の涙も。

 だが、目の前の陰気な小娘は、何もせずに男の心を奪ったのだ。


 その日から、冴子はかりなに冷たい視線を送るようになった。

 「新人のくせに調子に乗って」

 「どうせすぐ消える」

 他のキャストたちにそう言いふらし、陰湿な空気を作り出す。


 けれど、かりなは耐えた。

 陰キャである自分を誰より知っているからこそ、表では決して言い返さなかった。

 ただ、心の奥で静かに誓った。


 ──私は、この人を超える。

 ──絶対に。


 すすきのの夜は残酷だ。

 女王の座は、必ず誰かに奪われる。

 冴子が知らなかったのは、目の前の“陰気な小娘”こそが、その脅威そのものだった。


第3章 キーパーソンとの出会い


 その夜も、すすきのの街はネオンに濡れていた。

 ルミエールの店内に、ひときわ落ち着いた空気を纏った男が現れた。


 佐伯慎一──四十代半ば。

 札幌市内で複数の飲食店を経営し、裏社会とも繋がりを持つと噂される実業家だ。

 派手なスーツや高級時計に身を包む他の客と違い、彼はシンプルなグレーのコート姿だった。

 目の奥は鋭く、女の嘘や打算を簡単に見抜いてしまうような光を宿していた。


 その夜、佐伯の隣に座るはずだったのは冴子だった。

 だが、彼はママにこう言った。

「……あの子でいい。そこの新人を呼んでくれ」


 指名されたのは、かりなだった。



 緊張で指先が震えた。

 だが佐伯は笑いもしなければ、試すような視線も向けてこない。

 ただ静かにグラスを差し出した。


「水割り、頼む」


 かりなは深呼吸をして、氷を三つ入れ、ウイスキーを正確に注ぎ、ソーダを静かに流した。

 無駄のない所作。

 いつもは自信のなさで俯いてしまう彼女の顔に、そのときだけは一瞬、真剣な光が宿っていた。


 佐伯はグラスを口に運び、ひと口飲んで頷いた。

「悪くない。……お前、名前は?」

「……かりな、です」

「そうか。かりな。……面白い目をしてるな」


 冴子は少し離れた席から、その光景を睨みつけていた。

 佐伯は金払いも良く、女にとっては“掴んだら一生安泰”と言われる大口客。

 彼女は数か月かけて関係を築こうとしていたのに、たった一度の水割りで、新人がその座を奪った。



 その後、佐伯はかりなを指名し続けた。

 派手な会話も色気も求めず、ただ彼女の真面目な話を聞いた。

 「私、自分に自信がなくて……でも、いつか誰かに認めてもらえるような人になりたいんです」

 かりながそう打ち明けた夜、佐伯は初めて微笑んだ。


「お前はすでに輝いてる。自分で気づいていないだけだ」


 その言葉は、かりなの心に深く刻まれた。

 彼女の背中を押す力となり、夜の街での覚醒を加速させる。



 冴子は嫉妬に燃えていた。

 “夜の女王”の座を狙う小娘と、それを後押しする強力な客。

 ルミエールの空気は、確実に変わり始めていた。


第4章 冴子の妨害と暗闘


 夜の街に生きる女にとって、客は命綱だ。

 冴子はその綱を握りしめ、何度も他の女を落としてきた。

 シャンパンを飲ませ、財布を空にさせ、飽きられた女は消える。

 残るのは冴子だけ──それが“夜の女王”の常識だった。


 だが今、その座は揺らいでいた。

 原因は、十八歳の小娘。

 新人のくせに、佐伯という大口を掴み、しかも枕営業すらしない。

 女としての武器を誇りにしてきた冴子にとって、それは最大の侮辱だった。



 冴子は動いた。

 まず、かりなの悪い噂を流した。

 「かりなってさ、裏で客から金借りてるらしいよ」

 「佐伯さんに気に入られてるけど、すぐ飽きられるわ」

 根拠のない陰口を他のキャストに吹き込み、店の空気を冷やした。


 次に、客を奪う工作を仕掛けた。

 かりなの指名客に色仕掛けを仕掛け、さりげなく同伴に誘う。

 中には冴子に流れる者もいた。

 「やっぱり冴子さんだよな」

 金を落とす客が戻るたびに、彼女は勝利の笑みを浮かべた。



 だが、肝心の佐伯だけは動かなかった。

 冴子が挑発的な視線を送っても、彼は一瞥すらしない。

 逆に、かりなを気遣うような言葉を投げかけていた。


「人は噂よりも目で判断する。……お前はそのままでいい」


 その言葉に支えられ、かりなは冴子の仕掛けを正面から受け止めることなく、淡々と客と向き合い続けた。



 冴子の苛立ちは限界に達していた。

 「なぜ潰れないの……?」

 鏡の前で紅を引き直す指が震える。

 自分の美貌は武器、色香は刃、それで勝てないなら存在価値が揺らぐ。

 その夜、彼女はママに詰め寄った。


「ママ、あの子、どうにかしてよ」

「……冴子、あんたが一番分かってるでしょ。夜の街で女を潰すのは、結局、客なのよ」


 その答えに、冴子の胸に黒い炎が灯った。

 ならば、客ごと奪えばいい。

 佐伯を、力ずくでも。



 夜の街の女同士の戦いは、化粧の奥に牙を隠して続く。

 笑顔の下で、毒が仕込まれ、罠が張り巡らされる。

 そして、すすきののネオンの下で流れるのは、決してシャンパンだけではなかった。


 冴子の執念が、かりなをさらに追い込み、試す。

 だが同時に、それが彼女を覚醒させる火種になることを──冴子自身が、まだ知らなかった。


第5章 かりなの覚醒と反撃


 噂は広がっていた。

 「かりなは裏で金を借りてる」

 「客を騙してる」

 冴子が流した毒は、店の中を確かに冷やした。

 だが、かりなは噂に反論しなかった。


 ただ、客の隣に座り、目を見て笑った。

 「お疲れさまです。今日は遅くまでお仕事だったんですか?」

 その一言に、客の表情が和らぐ。

 必要なのは、誠実さ。それだけだった。



 ある夜、冴子は決定打を狙った。

 佐伯が来店したタイミングで、わざとシャンパンを開け、派手に盛り上げた。

 「佐伯さん! 今日は私に入れてくださるんですよね?」

 彼女の笑顔は完璧だった。

 周囲の視線も集め、ナンバーワンの貫禄を見せつけた。


 だが、佐伯はグラスを置き、静かに首を振った。

 「……悪いな。俺はかりなを呼んでる」


 店内の空気が凍りついた。

 冴子の顔に張り付いた笑みが、ひきつった。



 その夜、かりなは初めて「反撃」に出た。

 冴子が仕掛けてきた噂話に、真正面から答えたのだ。

 「冴子さん。私、客からお金を借りたことなんて一度もありません。

  信じてくれるかどうかは、ここにいる皆さんに任せます」


 そう言って深く頭を下げた。

 その素直な姿に、同僚の何人かがざわついた。

 「……あの子、真面目なんだよな」

 「陰キャかと思ったけど、芯は強い」


 噂は、静かに反転していった。



 そして数日後。

 ある常連客が言った。

 「冴子さんって、確かに派手で楽しいけど……最近は疲れるんだよな。

  かりなちゃんは、隣にいるだけで落ち着く」


 小さな声が積み重なり、数字に変わっていく。

 売上表。

 冴子の下に並んでいたかりなの名前が、じわじわと順位を上げていった。



 夜の街では、笑顔の下に牙を隠すのが常識だ。

 だが、かりなの牙は違った。

 それは“誠実さ”という名の刃。

 派手でも嘘でもなく、静かに客の心を切り裂き、奪っていった。


 冴子は気づいた。

 「この子……本当に、私を超えるかもしれない」


 その瞬間、冴子の胸に燃え上がったのは、恐怖と憎悪の入り混じった感情だった。

 女王の座を奪われるかもしれない恐怖と、陰気な小娘に負けるわけにはいかないという執念。


 夜の街は、二人の女の戦争の舞台になろうとしていた。


第6章 決戦の夜


 すすきのの夜は、嵐のように騒がしかった。

 その日のルミエールは特別だった。月末──キャストの売上成績が確定する夜。

 ナンバーワンに立つかどうかで、女の未来は変わる。

 冴子にとっては絶対に譲れない一夜であり、かりなにとっては初めて“女王”の座が見える夜だった。



 オープン直後から冴子の席は盛り上がった。

 何人もの客を同伴で呼び、次々とシャンパンを開けさせる。

 「冴子さん、今日も最高だよ!」

 男たちの歓声とフラッシュが飛び交う。

 札束が宙を舞い、シャンパンタワーが立ち上がる。

 数字の上では、冴子の勝ちに見えた。


 だが、その派手さの裏で、ひとつの違和感が広がっていた。

 笑顔が作り物に見える。声が無理に張り上げられている。

 「……なんか、疲れてない?」

 小さな囁きが、客の心に影を落とした。



 一方、かりなの席は静かだった。

 佐伯をはじめ、数人の客が集まっていたが、派手な酒は入らない。

 ただ落ち着いた会話と、かりなの笑顔。

 「お仕事、大変ですよね。……でも、ここにいる間は少し休んでください」

 そんな一言に、客は安心し、財布の紐を緩めた。

 気づけば、派手なタワーはなくとも、確実に高額のボトルが積み重なっていった。



 午前二時。

 ママが集計用の伝票を手に歩き回る。

 店内の空気は緊張で張り詰めていた。

 冴子は化粧の奥で焦りを隠せず、かりなはただ静かに笑んでいた。


 結果が発表された。

 「今月のナンバーワンは──かりな!」


 瞬間、店内がざわめいた。

 冴子の顔から血の気が引き、グラスを握る手が震えた。

 「……嘘でしょ」


 だが数字は嘘をつかない。

 冴子が派手に築いた売上を、かりなの“誠実さ”が静かに追い抜いていた。



 客席から拍手が起きる。

 「かりなちゃん、おめでとう!」

 彼女は深く頭を下げ、涙をこらえた。

 ──枕営業をしなくても、女は勝てる。

 その事実を、自分が証明したのだ。



 冴子は控室で鏡を見つめていた。

 華やかなドレスも、厚い化粧も、今はただ虚しく映る。

 「……あの小娘が、私を超えるなんて」

 嫉妬と悔しさに塗れた視線が、鏡の奥でギラリと光った。


 夜の女王の座を失った女は、決して静かに退場しない。

 冴子の執念が、次なる嵐を呼び寄せようとしていた。


第7章 冴子の逆襲


 女王の座を奪われた夜から、冴子は笑わなくなった。

 化粧は濃く、酒の量は増え、控室で煙草を吐き出す姿は、かつての華やかさを失っていた。

 だが──燃えていた。

 かりなに奪われたナンバーワンの座を取り返すために。



 冴子には夜の街特有の“つながり”があった。

 金を落とす代わりに女を使う客、裏で店に圧をかけるフロント企業、そして灰色の男たち。

 彼女はそのパイプを動かし始めた。


 「冴子さん、やりすぎじゃ……」

 若いキャストが怯えて声をかけると、冴子は冷たく笑った。

 「勝つために何をするか、教えてあげる。夜は弱い女に優しくないのよ」



 まず狙われたのは、かりなの大切な客だった。

 佐伯の店に、税務署の調査が入る。

 匿名の通報。もちろん仕掛けたのは冴子の裏の手だ。

 「俺と付き合ってると危険なんじゃないか」

 佐伯は一瞬迷ったが、かりなの真剣な眼差しに首を振った。

 「……いや、お前のために俺は負けない」


 次に、かりな自身に噂が広がった。

 「かりなは裏で枕営業してる。だから売上が伸びたんだ」

 事実と真逆の嘘。だが夜の街では、真実よりも声の大きさが勝つ。



 店の空気は再びざわついた。

 かりなは唇を噛み、必死に笑顔を崩さずに接客を続けた。

 だが心の奥で、不安は確実に広がっていた。

 ──本当に私は、戦えるのだろうか。

 ──あの人みたいに、すべてを失わずに。



 その時だった。

 控室で冴子がわざと聞こえるように言い放った。

 「ねえ、かりな。トップに立つのは簡単よ。でも続けるのは地獄。

  私はあなたを潰す。そのために夜の街があるんだから」


 その言葉は、挑発ではなく宣告だった。

 冴子は自分を“夜そのもの”に重ね、かりなを飲み込もうとしていた。



 しかし──かりなの胸の奥では、別の火が燃え始めていた。

 それは怯えではなく、闘志。

 「負けない。私は絶対に負けない」

 陰キャだった少女の目に、夜の街を切り裂く鋭さが宿っていた。


第8章 最終決戦


 その夜、ルミエールは異様な熱気に包まれていた。

 月初の売上発表イベント──再びナンバーワンを決める場。

 冴子は周到に準備していた。

 裏の客筋を総動員し、派手に金をばらまかせる。

 「今日で終わりよ、かりな」

 鏡の前で紅を引く冴子の目は、獲物を狙う猛獣のそれだった。



 開店と同時に、冴子の席には札束が積み上がった。

 若い経営者たちがこぞって彼女に群がり、次々とシャンパンを開ける。

 「冴子さん、今夜は伝説つくりましょう!」

 冴子は笑い、グラスを掲げた。

 派手なフラッシュ、盛り上がる歓声──まるで勝利を確信したかのように。


 一方、かりなの席は静かだった。

 だがそこには、佐伯をはじめとする“本物”の客が揃っていた。

 「今日は俺たちでかりなを支える」

 静かに高級ボトルを入れる客たち。派手さはないが、確かな数字となって積み上がっていった。



 午前一時。

 売上の速報がママの手に渡る。

 冴子の数字は圧倒的。しかし、かりなとの差は想像より小さかった。

 「……まだ追いついてくる?」

 冴子の笑みが、わずかに揺らいだ。



 そして──午前二時半。

 佐伯が立ち上がった。

 「ママ、今夜はこの店を本気で祝いたい。かりなに乾杯だ」

 彼が指を鳴らすと、部下たちが次々とシャンパンケースを運び込む。

 タワーが立ち上がり、シャンパンが滝のように流れ落ちた。

 店内は歓声に包まれた。


 冴子の顔が引きつった。

 「ふざけないで……!」

 彼女も負けじと客を煽り、さらにボトルを積ませた。

 両者の戦いは、夜が明けるまで続いた。



 午前四時。

 ママが最終結果を読み上げた。

 「今月のナンバーワン──かりな!」


 店内が揺れるほどの歓声に包まれた。

 かりなは涙を浮かべ、深く頭を下げた。

 その姿は、もう陰キャの少女ではなかった。

 すすきのを代表するトップキャストとしての光を放っていた。



 冴子は震える手でグラスを握り、鏡に映る自分を睨んだ。

 「……終わりじゃない。必ず取り返す」

 その目に宿る執念は、敗北でさえ燃料に変える炎だった。


 夜の街は勝敗で終わらない。

 女たちの戦いは、終わりなき連鎖として続く。



 その日から、すすきのは語った。

 “枕営業をせずにナンバーワンになった女がいる”と。

 名前は──かりな。

 彼女の伝説は、この街のネオンに刻まれ、やがてもっと大きな舞台へと広がっていくのだった。


エピローグ ネオンの向こうへ


 すすきのの街は、春の気配を帯びていた。

 雪解け水が路地に流れ、ネオンの光がその上で揺れる。

 その夜、ルミエールのナンバーワン席に座っていたのは、かりなだった。


 十八歳の少女はもういない。

 視線を逸らしていた陰キャの影も消えた。

 そこにいるのは、誠実さを武器に夜を制した女──すすきのの新しい“女王”だった。


 「おめでとう、かりなちゃん」

 同僚の拍手、客の祝福。

 かりなは静かに頭を下げ、笑顔を返した。

 だが、胸の奥ではまだ冷たい炎が燃えていた。


 ──ここで終わる気はない。

 ──私の輝きは、もっと先にある。



 その夜、控室の鏡にふと映った自分の顔を見つめながら、かりなは小さく呟いた。

 「私はまだ、始まったばかりなんだ」


 外に出ると、夜明け前のすすきのは静まり返っていた。

 だが遠く、別のクラブのネオンが灯るのが見えた。

 そこにも、また別の女王がいる。

 札幌の街、東京、全国──戦場は無限に広がっている。


 そして背後では、冴子が静かにグラスを傾けていた。

 敗北を飲み干すその瞳には、まだ消えない炎が宿っている。



 夜の街に女王は一人しかいない。

 だが、女たちの戦いに終わりはない。


 すすきのの女王・かりなの物語は、ここで一度幕を下ろす。

 ──だが、ネオンの向こうで、新たな戦いの幕がすでに上がっていた。


夜の街は、華やかに見えて残酷だ。

誰もが光を求め、誰かが落ちる。

かりなの物語は、弱さを抱えたまま強さへと変えていく過程だった。

誠実さで客を掴み、枕営業に頼らずに女王の座に上り詰めた。

だが、すすきのの戦場は終わらない。

女たちの執念、嫉妬、欲望は、次の夜にも必ず燃え上がる。

──もし、ネオンの街角で新たな伝説の始まりを見たなら、それは再びかりなの物語が動き出した証かもしれない。

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