暗黒童話書 (4)
「母は風邪を引いてて、私に移さないよう『お休み』も言わせず、使用人が用意した薬も飲まなかった。もう寝るはずだったのに、いつ、なぜ屋根裏に行ったの? 行った後で何に遭遇して、なぜ心臓発作で…?理解できない。それに事件後、父が全使用人を解雇した理由も。使用人たちと何の関係が? わからないけど、父には聞けなくて…」
ここまで言うと、シオンの体が不意に震え始めた。
「ずっと頭から離れないの。怖くて…」
ガノンは彼女の恐怖を察し、彼女の体を優しく腕の中に抱き込んだ。そっと彼女の髪を撫でながら——その母と同じ赤く波打つ長髪を。
「ごめんね、僕も詳しいことは分からないんだ。知ってるのは君と同じくらいさ…ただ、君を安心させて、不安を和らげることしかできない。君の父と僕の叔父が最善の方法で解決してくれてると信じよう…」
「ガノン!」シオンが彼の顔を見上げた。「なぜ父が突然あなたを連れてきて、私たちを結婚させたのか知ってる?父が何か話してくれた?」
「僕もよく分からない。実は君と同じで、叔父の決定には従うだけなんだ。疑問を挟んではいけないと、小さい頃から言い聞かされてきた」
「あの日、叔父さんが言うには、君のお父様と話している時に僕のことが話題に上ったらしい。すると君のお父様が僕に会いたがっているというんだ。それで君のお父様にお目通りしたんだよ」
「お父様は僕を見るなり、年齢や経歴、趣味を尋ね、『心に寄せる女性はいるか?』と。いないと答えると、『我が屋敷に来て、娘と婚姻を結んでくれぬか?』と言われた」
「意味も理解できなかった。なぜ突然僕が選ばれたのかも。でも横にいた叔父さんが『問題ない』と言い、期待に満ちた眼差しで僕の返事を待っていた…」
「それで承諾したの?」
「『おっしゃる通りにいたします』と答えたら、君の父に『すぐ荷物をまとめてついて来い』と言われたんだ」
結局、シオンはガノンから有益な情報を聞き出せず、二人は会話を終えて明かりを消した。
しかし、普段は寝つきが良く夢も見ないシオンが、その夜だけは奇妙な夢を見た。
夢の中で、部屋の外に物音がした。階段で誰かがのろのろと歩く音のようだった。
隣にガノンがいないことに気づくが、その足音は彼のものではなかった。彼女はガッパを羽織り、寝室を出る。
廊下は漆黒の闇に包まれ、何も見えない。
「最近母のことで疲れているからかな…」首を振りながら振り返ったその時、視界の端で白い何かが廊下の突き当たりをふわっと漂っていくのが見えた。
「…あれは?」
シオンの鼓動が止まりかけた。おずおずと忍び足で数歩進むと——廊下の突き当たりは壁で、巨大な絵画が掛けられ、反対側は父の寝室だ!
その時、眠りにつく前の父が咳き込んでいた光景を思い出した。父も病に?まさか…母と同じ病なのか?その病が心臓発作を引き起こすというのか?
慌てて廊下を駆け抜け、父の寝室の前へ。だが父は夜鍵をかける癖がある。扉の隙間から光は漏れず、明らかに就寝中だ。今騒ぎ立てるべきか?
そう迷っていると、廊下の反対側——自室の扉の方からガノンの声がした。
「シオン、そこで何を?」
その声に飛び上がるほど驚き、振り返って「夜中なんだから静かに」と言おうとした瞬間、暗い廊下の彼方に白いドレスを纏い、赤く波打つ髪の女性の影が立っているのを見た。影はシオンに背を向け、壁に向かって佇んでいた。
「母様…?」シオンは思わず漏らした声。
だが違う——今聞こえたのは確かにガノンの声だ!彼はどこ?廊下を見下ろし、暗い広間を探るが誰もいない。
まさか寝室に?
震える足取りで壁に向かう女性に近づき、細い声で問う。
「母様…私と同年の男の子を見かけましたか?彼は…」
すると女がゆっくりと振り返った。ガノンと瓜二つの声で言う。
「男の子は…この子のこと?」
真紅の唇、血まみれの顔、陰気な笑みを浮かべ、女の両手で抱えているのは——ガノンの生首だ!
「あっ!!!」
シオンは飛び起きるようにして夢から覚めた。必死に息をした心臓が喉元で暴れ出すようだ。落ち着いて左を見ると——ガノンの姿が消えていた!
「…トイレに?」
さっきの悪夢が頭をよぎり、シオンはガノンを案じてたまらなくなった。上着を羽織り寝室を出ると、廊下は相変わらず深い暗がり。でも白い影なんても浮かんではいない。
「夢よ、ただの夢…」
シオンは胸を押さえながら自分に言い聞かせる。怖がる必要はない、ガノンを見つければそれでいい。
しかしトイレまで来てもガノンの姿はなく、中はがらんどうの闇。
だがなぜか窓が大きく開けっ放しだ。寝る前には閉めたはず——ガノンか父が用足しに来て開けたのか?
トイレを出たシオンは考え込んだ。
屋根裏に行ったの? まさか明日の朝、あの母のように心臓発作で倒れているなんてことだけは…
不安に駆られ階段へ向かおうとしたその時、父の寝室の扉の隙間から漏れる光に気づいた!
「まさか…まだ起きている? 今までかつてないわ!」
シオンは忍び足で父の寝室の前に近づいた。
父は今何を?まさかこんな時間でまだ寝床で読書?
「もう遅いから休むようっと伝えようか?『夜中に目が覚めてトイレにいって、明かりが見えたから』と説明すれば…」
そう決めると、シオンがそっとノックしようと手を上げた瞬間、扉には鍵がかかっていないことに気づいた!しかも——
触れただけで、扉が静かに押し開かれた!
(つづく)