プロローグ
『美しき魂よ、汝は耳を閉じよ。
神の調べ、我が声に心を預けよ。』
神聖なる句が響き渡る神殿。周りは重厚な石造りの壁に囲まれ、天井は遥か高く、漆黒の空間を天の星々のような無数の小さな光が瞬かせている。
『そこに開かれし門がある。
死と再生の狭間、真理の扉を。』
信者達の正面にある壁には淡い青白い光を放つ水晶が門の形に埋め込まれ、冷たく幽玄な輝きを放つ。
『我が声は天より降りし刃にして、
運命を断ち切り、縛る糸なり。
汝らは我が掌の糸に踊る者。
人形にして、戯れの焔。』
門の真下に鎮座するのは大理石の大きな円形の台に紋章が刻まれた銀色に輝く祭壇。その上に生贄を象徴する刻印が刻まれた小さな聖具を握った少年が座り込んでいた。
『響け、永遠の調べよ。
大地も空も、我が旋律に震えよ。
時空を超え、魂を織り成す調和。
我が声は創造と破壊の剣なり。』
その祭壇の前には、男も女も、老いも若きも、祈りの膝まずく信者たちが整然と列をなし、深い声で反復する祈りを唱えている。彼らの目は虜のように閉じられ、口元には狂信的な微笑みが浮かんでいた。
『されど、我が心の奥底に秘められしは、
汝の震える声の中に宿る光。
狂気と純粋の狭間に揺れる魂よ、
我が調律はその煌めきを掬い取らん。』
門の突き出した場所の上。そこに大きな一枚の布で身体を包んだ女が腰をかけていた。それを見た信者達が唱える句の声が更に大きくなった。
『汝の瞳に映るは、我が冷徹なる姿。
慈悲なき女神、終わりなき遊戯の主。
されどおまえの願いは我に届く。
命を捧げる歓喜、それは崇高なる捧げ物。』
それまで唱えていた信者達が唱えるのを止め、それまで沈黙を保っていた祭壇の上にいる少年だけが声を上げて唱え始めた。
『汝は求める、我に破壊されることを。
燃え上がる狂信の炎に身を焦がし、
我が掌の中で、歓喜の叫びを上げよ。
それは我が血肉、永遠に続く調和なり。』
『汝らの叫びはわが魂を震わせ、
狂気の歌を紡ぎ出す。
悲哀と歓喜の交錯の中に、
真の信仰は生まれ、燃え盛る。』
『忘れるなかれ、我は慈悲を持たぬ。
母に非ず、友に非ず、冷徹なる主。
終わりなき遊戯の統べ者なり。
すべては我が掌中にあり。』
時折、祈りの合間に熱狂のうめき声が漏れ、祭壇の冷気を震わせていた。
神殿の空気は凍てつくほど冷たく、それでいて燃え上がる熱情を内包し、信者の狂信的な敬虔さと女神への渇望を映し出していた。その句が終わり、信者達全員で次の句を唱えた。
『我が調律に耳を傾けよ。
美しき魂よ、今こそ耳を閉じよ。
我が音に溶けて、永遠の門を開け。』
正面の門の水晶が光り輝き神殿が静寂に包まれた。一秒、二秒と経ち最後の句が紡がれた。
『汝の運命は、我が調律の中にあり。
狂気と光が織り成す世界にて、
我らは永遠に踊らん。』
前の句より引き継いだ大きな一枚の布で身体を包んだ女…女神がそう唱えた。
女神の声は、その深淵のような空間に響き渡り、信者たちの心を震わせた。
「いい子達ねぇ。」