6-3話「静寂の下で、剣が舞う」
― 6-3話「静寂の下で、剣が舞う」
村の外れ――草に埋もれた丘陵の一角に、それは口を開けていた。
崩れかけた石階段。苔に覆われたアーチ。だが、その構造は不自然に滑らかで、素材も一般の石造建築とは明らかに異質だった。
「……これが“遺跡”ってやつか。ずいぶん、妙な空気してやがる」
ハルグが石の壁を軽く叩く。音は詰まり、深く、響かない。
「建築様式も古いわね。いや、古いというより、“馴染まない”……」
メイリアが眉をひそめる。魔法を扱う者として、何か理屈に合わないものを感じ取っていた。
レオは何も言わず、入口の上部に彫られた模様をじっと見ていた。
円と直線が織りなす奇妙な図形。それは、魔法陣でも宗教紋様でもなかった。
それでも、どこか既視感があった。
ガルドは階段の上に座り、じっと内部の空気を嗅いでいた。
鼻を鳴らし、一度、小さく唸る。
「……何か、変か?」
レオが訊いたが、ガルドは何も言わず、ただ静かに立ち上がった。
3人と1匹は、ランタンの明かりを手に、地下へと足を踏み入れた。
***
中は、静かすぎた。
壁は滑らかな灰色で、ところどころに奇妙な金属の帯が埋め込まれている。
その帯が、何かの文字――もしくは回路のようにも見えたが、読める者はいなかった。
「魔法……でも、ない。なのに、空間が妙に保たれてる」
メイリアが呟く。
「こんな地下、崩れずに残るわけねぇだろ。どうなってんだ」
ハルグが小声で言いながら、斧を構える。
そのとき、かすかな音が響いた。
――カン……カン……
金属が落ちるような、乾いた音。奥から、何かが這いずる気配があった。
レオが剣を抜き、ハルグが前に出る。
次の瞬間――
壁の隙間から、狼のような魔物が飛び出した。
濁った目。だが動きは素早く、狙いが正確だ。
「来るぞ!」
魔物は1体、2体ではなかった。奥から次々と出現する。
レオが一体を斬り伏せ、メイリアが火球を放つが、通路が狭く、動きが制限される。
「っ……まずいな、囲まれる!」
ハルグが背中合わせで構えたとき――
通路の逆側、暗がりの中で、剣の音が走った。
――シャッ、シュッ――
魔物たちが、声も上げずに斬り伏せられていく。
「……また、会ったわね」
銀の髪。赤い目。漆黒のマント。
通路の奥から、セリアが姿を現した。
彼女は言葉少なに双剣を振るい、数秒のうちに魔物を一掃した。
やがて静寂が戻る。レオは剣を下ろし、ひとつ息を吐いた。
「……まさか、またここで会うとは」
「偶然よ。私もこの遺跡に興味があっただけ」
セリアはあくまで自然に言った。
ハルグとメイリアは少し警戒の色を残していたが、敵意までは抱いていなかった。
「お前も、ギルドの依頼で?」
レオが訊くと、セリアはかすかに首を横に振った。
「いいえ。私は……この遺跡が、普通じゃないと感じて来ただけ」
「普通じゃない、ね……」
レオは改めて壁を見た。
その表面の滑らかさ、奇妙な文様――そして、ここだけ空気が違うことに、言葉にできない違和感を覚えていた。
ガルドが、セリアに近づき、鼻を鳴らした。
セリアはしゃがんで、その頭を撫でた。
「君は、やっぱり覚えてるのね」
その声に、レオの目がわずかに揺れる。
「……知り合い、なのか?」
ハルグが問うが、セリアはただ微笑み、答えない。
「この遺跡、あなたたちは依頼の範囲だけ調べるのよね?」
「ああ。奥は範囲外だ。深入りはしない」
レオが答える。
セリアは一度、壁の文様に指を沿わせた。
「この奥に……“記録”があるかもしれない。私、もう少し探ってみる」
それだけ言って、彼女は再び双剣を背に、奥へと消えていった。
誰も、それを止めなかった。
***
レオたちは遺跡の入り口付近で撤退準備を整えていた。
「なあ……あれ、やっぱりただの剣士じゃねえよな?」
ハルグがぽつりと呟く。
「確かに、何か知ってるような雰囲気だった」
メイリアが同意する。
「けど、別に悪意はなかった。……たぶん」
レオは小さく呟いた。
彼は最後に、もう一度だけ振り返った。
遺跡の奥、光の届かない先を。
――あの場所には、何が眠っている?
そんな疑問だけが、静かに心に残った。
足元でガルドが座り、目を細めていた。
まるで「まだ、答えを急ぐな」と言っているかのように。