第5章:断崖の出会い
第5章:断崖の出会い(深掘り版)
切り立った山道。崖沿いに延びる獣道の先、空気が突き刺すように冷たかった。
街からの依頼――「北東断崖での魔物目撃調査」は、単なる巡回のはずだった。
レオは、ガルドと並んで岩肌を歩きながら、嫌な感覚を拭えずにいた。
「……やけに静かだな」
風の音すら控えめで、鳥も鳴いていない。
耳を立てるガルドの毛並みが、風に逆らって波立っていた。
そのときだった。
「うわあああっ! くそ、来るなあああ!!」
怒号が谷間に響き渡る。
「……!」
反射的に走り出すレオ。斜面を回り込むようにして崖を見下ろすと、岩場に巨大な影がいた。
全身を甲殻で覆った異形の魔物――六脚の地を這う巨躯。紫色の目が不気味に光り、重々しい咆哮が空気を震わせた。
それと対峙していたのは、二人の冒険者。
一人は大男。肩幅が異様に広く、鉄塊のような斧を振るっている。
もう一人は女性。崖際に陣取り、淡く光る結界を展開していた。
だが彼らの動きには疲労が滲んでいた。あと一撃で崩れそうな紙一重の均衡。
「ガルド!」
レオは駆け出す。
ガルドは何も言わず、だがその脚が先に動いていた。
岩を跳ね、斜面を滑る。レオは足元の石を踏み外しそうになりながら、間一髪で谷底に着地した。
「……何だァ!? ガキじゃねえか、おい!」
斧を振り回していた男が叫んだ。
レオは反応せず、魔物の脚の間に滑り込む。
狙うは腹部――甲殻の隙間だ。
がっ!
剣が跳ね返される。予想以上の硬さに舌打ちしかけたその時――
バシュッ!
魔物の後脚に、ガルドが喰らいついた。鋭い牙が肉を裂き、巨体がぐらりと揺れる。
「今だ……!」
レオは二撃目を叩き込み、甲殻にひびが走る。
そこへ、大男が吼えながら突っ込んできた。
「どけええええッッ!!」
鉄斧が振り下ろされ、甲殻の裂け目を砕く。
断末魔を上げ、魔物はその場に崩れ落ちた。
――静寂。
息を詰めるような沈黙のあと、レオはゆっくり剣を下ろした。
「……助かったぜ、坊主」
斧の男が肩で息をしながら言った。
「坊主じゃない。レオだ」
「レオ、な。俺はハルグ。筋肉と勢いでなんとかなる、って信じてる馬鹿だ」
ガルドがレオの隣に戻り、尾をふわりと揺らす。
「――で、そっちの小さい方は?」
ハルグが目を細めると、背後から控えめな足音が近づいた。
「“小さい方”は傷の処理中。静かに」
現れたのは、小柄なローブの女。紫の魔力を帯びた手で、結界を回収しながら歩いてくる。
「メイリアです。こっちは、いつもこうなの。怒鳴る、斬る、壊す……まあ、助けてくれて感謝してるわ。的確だった」
「礼を言うのは俺の方だよ」
レオは肩の力を抜いて笑った。自分でも、こんなに自然に誰かと会話できたのが意外だった。
「それ、薬草?」
「ああ、これ。血止めと毒消しになる……と思う。効かなかったら、怒ってくれ」
メイリアは一瞬だけ笑って、それから黙って傷口に薬草をあてた。
「なぁ、レオ」
ハルグが近寄ってきて、急に真面目な声を出す。
「お前、どこかの隊の所属か?」
「……いや、独りだ。最近ギルドに登録したばかり」
「そうか。だったらさ、次の街まで一緒にどうだ? どうせ同じ方向だろ」
メイリアがちらとハルグを見る。「また勝手に――」
「いいと思うよ」
レオが先に口を開いた。
「この辺、魔物も変に多い。情報も欲しいし、信頼できそうな人たちなら助かる」
「“信頼できそう”……?」
メイリアが少しだけ目を細めた。
「さっき、後ろを気にしてたでしょ。仲間が増えたときの位置取り。咄嗟に隙間を埋める動き。多分、長く組んでるんだろうなって。あれ、真似できるもんじゃない」
ハルグはがははと笑い出した。メイリアは苦笑しながら、ローブの裾を整える。
「……じゃあ、仮の同行ってことで」
こうして、一時的ながら、四人の旅路が始まった。
彼らはまだ知らない。
この出会いが、やがて世界の“深部”へと繋がる鍵のひとつになることを。