第四章:獣の直感、剣の匂い
第四章:獣の直感、剣の匂い
街の喧騒から離れた森道は、鳥のさえずりと風に揺れる枝葉の音だけが支配していた。
陽光は若葉の隙間からこぼれ、地面に淡い斑模様を描いている。
レオは冒険者として受けた初依頼――「森道の巡回と魔物の確認」の任務のため、ガルドとともに街を出たばかりだった。
「……こうやって依頼をこなしていけば、腕も磨けるし、情報も仲間も集まる……って話だけど」
片手に地図、もう片手には鞘に収めた剣。
ぼそっとこぼした独り言に、ガルドは反応もせず、先を歩く。
今は小動物サイズ。が、動きには気を抜いた瞬間が一切ない。耳を動かし、風向きを読んでいる。
レオも気を引き締めた。依頼とはいえ、街を出れば何が出るかわからないのがこの世界だった。
――カサッ。
不意に、足を止めたガルドの耳がぴくりと跳ねる。
「……ん?」
その直後、藪の向こうから何かが飛び出してきた。
レオは即座に剣の柄に手をかけ――止まった。
それは魔物ではなかった。一人の少女だった。
細身の体を長めのマントで覆い、兜の下から流れる灰銀の髪。
顔の半分は布で覆われていたが、ちらりと覗いた赤い瞳は、獣のような鋭さと冷静さを宿していた。
少女はレオたちを一瞥するなり、すぐに背後を振り返った。
その視線の先――木々の陰から、小さな魔物たちが姿を現した。
「ツノウサギ……!」
レオが呟く。
ゴブリンよりも小柄ながら俊敏で、凶暴性の高い魔物。角を突き立てて獲物を仕留める群れの動きは、連携というより“暴走”に近い。
「下がってて」
少女が短く言った。
その声は低く、だが確かな重みがあった。
腰にかけていた双剣を、一瞬で抜く。
そのまま茂みに向かって踏み込み――ひと振り。
刃が空気を裂く音の直後、魔物の一体が地に崩れる。
二体目、三体目。
彼女の動きは流れるように滑らかで、すべての無駄をそぎ落としたような殺意を帯びていた。
まるで、斬ることが呼吸であるかのように。
やがて、すべての魔物が沈黙した。少女は剣を納め、何事もなかったように振り返る。
「……助かった。ありがとう」
レオがそう言うと、少女は一歩だけ近づいた。
「名は?」
「レオ。君は?」
「……セリア」
それだけ言って、セリアは再び森道の奥へと向かおうとする。
ガルドが立ち上がり、彼女の背を睨むように目を細めた。
「なあ、どこへ行くんだ?」
レオが呼びかける。
セリアは足を止め、少しだけ振り返った。
その瞳には微かな笑み――あるいは、苦笑のようなものが宿っていた。
「このあたり、しばらく魔物の動きが活発みたい。気をつけて」
そう言って、彼女は木々の間に消えていった。
レオはその姿を見送りながら、ガルドの横に並んだ。
「……妙な圧を感じたな。あの人、只者じゃない」
ガルドはレオの言葉に応えるように、軽く鼻を鳴らし、地面に爪を立てた。
レオは、あの赤い瞳の奥に何か得体の知れない“孤独”のようなものを感じていた。
またどこかで会う気がして、ほんの少しだけ背筋がぞくりとした。
森の風は静かに、しかし確かに、何かを告げていた。