第三章:石の街と獣の影
「……さて、どうしたもんかな」
丘の上で足を止め、レオは眼下の街――〈バルグラム〉の門を見下ろした。
堅牢な石造りの外壁に囲まれ、門前には兵士と出入りを待つ人々の列ができている。
問題は、横にいる存在だった。
「お前、そのままじゃ入れないだろ……」
ガルドは今、馬ほどの大きさ。灰白の毛並みと黄金の瞳が放つ威圧感は、見る者に“魔物”としての本能的な警戒心を抱かせる。
「一応、魔獣登録って制度があるらしいけど……これ、通るか?」
レオがぼやいたとき、ふいに横で風が巻いた。
ガルドの体が、音もなく縮んでいく。
レオは思わず固まった。
数秒後、彼の足元にいたのは、膝ほどの高さの、犬とも猫ともつかないふわふわの小動物。鋭い金の瞳と、立った耳、そしてふさふさの尾だけが“彼らしさ”を残していた。
「……マジかよ、お前」
ガルドはつん、と鼻を鳴らし、レオの脛に軽く頭を押しつけた。まるで「問題ない」とでも言うように。
「今まで言えって、そういうことは……まあ、助かるけどさ」
レオは肩をすくめ、列の最後尾に並んだ。
***
街に入ると、思っていたより静かだった。表面上は平和そうに見えるものの、どこか妙に緊張した空気が流れている。
「……空気が変だな」
レオが呟くと、ガルドはぴたりと足を止め、鼻先を少し上げた。耳を左右に動かし、周囲の音を探る仕草。
しばらくして、静かにレオの足元に戻ると、低く喉を鳴らした。
「……何かいるのか? 人じゃない……?」
レオの問いに、ガルドは応えるようにレオの裾を軽く噛み、前方――街の奥を睨む。
「気になるなら、先にギルドだな。情報が集まる場所に行こう」
レオは頷き、足を早めた。
***
ギルドでの登録手続きと、初めての“冒険者”としての立場の獲得はスムーズに終わった。
だが、掲示板の前で依頼を選ぶレオの背後で、誰かの視線がぴたりと止まる。
ふさふさの小動物に見えるガルドも、ほんのわずかに耳を傾け、尾を静かに立てた。
その視線の主――いや、“気配”の正体が何であるかは、この時点ではまだ誰にもわからなかった。
けれど、確かに何かが動き始めていた。