全話
あいつは突然やって来た。
勉強嫌いではあったけれど、机に向かって過ごす時間は多い。引き出しを開けると、気が付けばその部屋にあいつがいた。
あいつの事をあいつ呼ばわりするのはどうかと思うけれど、今となってはあいつはあいつでしかないんだ。当時はその名前を呼んでいたけれど、今ではもう過去の事。恥ずかしくて呼べはしない。
とはいえ、あいつが来てからの毎日はとても楽しかった。夜は押入れに篭るあいつだけれど、僕の未来が変わっていく感覚を味わえたのは奇跡のようでもある。
そもそも僕はあいつと出会う前から未来を感じていた。その結果は、きっと変わらない。それでも、別の未来を感じるのは楽しい。
幼馴染に虐められていた僕だけれど、それは愛ある虐めで、悔しい気持ちがあっても嫌いにはなれなかった。その度に大好きだったあの子が優しくしてくれたから、特別嫌な記憶でもない。別の誰かに虐められそうになると、その相手が年上でも身体が大きくても必ず助けてくれる。勇敢でいい奴だっていうのが、最終的な感想だ。
大好きだったあの子は、誰にでも優しい。僕にだけ優しくして欲しいと思った事が幾度となくある。それは無理なんだ。あの子は差別も区別もしないから。宇宙人だけでなく、犯罪者にさえ優しい。
僕はずっと好きだったし、その想いは伝わっていたと思う。
あの子にはお似合いの相手が一人いた。学校一のハンサムで、優等生だ。そいつはあの子の事が好きだったし、あの子もまんざらではなかった。そんな風に当時の僕には見えていた。だからこそ尚更あの子を好きになっていたのだと思う。
いじめっ子はもう一人いて、お金持ちを理由に威張っていたけれど、羨ましく感じる事は少ない。あいつがいると、お金がなくても充分に楽しめる。最終的にはあいつの力によって逆にいじめっ子の方に羨ましがれていた。
あいつが来てからも虐めは止まないけれど、学校生活での楽しさは変わらないし、家での時間は楽しくなった。相変わらずお母さんに怒られるのは当然として、色々な遊び道具で楽しませてくれる。あいつはいつだって、未来と過去を繋いでいた。
あいつの目的は、僕とあの子を結婚させる事らしい。それは凄く嬉しけれど、今では違和感しかない。僕の未来は、僕が決めるんだ。例え親族の使いでも、その権利はない。
とはいえ僕は、その提案を受け入れた。
あいつがいる皆との日々は楽しかった。あっという間に過ぎていく時間は、まるで映画のようでもある。
未来の僕は、いじめっ子の妹と結婚する筈だった。それはそれでいいし、その現実は変えようがない。未来は決して変わらない。それが時間の法則だ。
色々な噂はあるけれど、僕の方から妹を好きになった。その見た目とは違う中身に惚れたんだ。あいつが言うにはだけれど、僕と結婚しない方が妹は幸せだったようだ。
妹には夢があり、僕の告白により、僕を好きになった事によってその夢が消えてしまった。そんなの嘘だよ。確かに一時的に夢を諦めたかも知れないけれど、子育てが落ち着いてからは再開し、無事に大成している。
僕は妹を選んだ事に自信も誇りも感じている。いじめっ子と義理の兄弟になった事も、幼い頃の約束を果たした事になる。
僕のモノは一生いじめっ子のモノだけれど、それは同時に僕のモノでもあるって事だったんだ。
当のいじめっ子は今では大きなスーパーの社長であり、仕事に失敗した僕を助けてくれた恩人でもある。僕は今。そのスーパーで働いている。当然、コキなんて使われていない。社長と対等に会話が出来るのは僕だけだ。
お金持ちのもう一人は、今でもお金持ちで、少し嫌味だけれど友達だ。彼女はいっぱいいるのに結婚しないのは、その性格のせいかも知れない。
ずっと好きだったあの子は、お似合い相手と結婚した。これは人伝に聞いた事で真否は分からないけれど、僕の事が好きで、僕に振られた勢いで彼に告白されて受け入れたらしい。
彼は優等生でハンサムではあっても、変わり者である事に違いはない。その思考を否定はしないけれど、僕とはちょっと違う。
お似合い相手の彼は、自分を女性だと思っていながら女性が好きでボーイハントも趣味だという。まぁ、お互いが認め合って寄り添っているのなら問題はない。
週末にはあの子も彼と一緒にボーイハントを楽しんでいるらしい。
そんな未来をあいつは知る由もなく、ただ単純に主人である僕の子孫の言う事を聞いて、あの子と結婚させようとしていた。
けれどあいつは、少し間が抜けている。あいつの任務は僕を幸せにする事で過去を変える事だったようだけれど、そもそも僕は不幸なんかじゃなかった。勝手な思い違いはよしてほしい。僕が妹と結婚して不幸なわけがない。子孫に残した借金は、実はあいつが僕達を楽しませる為に買った道具の代金なんだよ。未来から過去にまで借金をしていたんだ。だからこそ僕達は様々な冒険が出来たってわけだから、文句は言っていない。
あいつがやって来て一年が過ぎた頃、僕は幸せを感じ、あいつはもう自分の存在意義がなくなり元の世界に帰る事になった。逸話としてはその後もなんだかんだで居続けた事になっているけれど、それはただの空想だと思う。
あいつは予定通り帰る事になった。
その日はあいつの身体が認識して確定していた。
そしてあいつはその日、ポケットから何処にでも行けるというドアを取り出し、日付けダイヤルで望みの日時に旅立った。
ドアが閉まるとすぐ、ドアそのものが消えていく。
さようならと僕が言うと、どうもこちらこそなんて言葉が聞こえたけれど、あいつは所詮犯罪者だ。過去と未来を変える時間犯罪は、きっと罪が重い事だろう。自らその罪を裁きに帰ったあいつを、僕は恨まない。