第36話 俺、元気です
『だっりー、マジだりー、これはもう角砂糖とか貰えないと元気になんないなー!』
プヒーンプヒュフーン
どうも馬生2度目のコズミを診断された三冠牝馬タカネノハナです。
俺は今馬房の中で横たわり様子見をしているひょろさんと兄ちゃんにアピール中である、見事三冠をいただいた憐れで大切なビューティーホースには甘いもの!甘いもので労りを!兄ちゃんが持ってることは既にバレている素直に出せば1個で我慢してやるぞ!!!
まあ筋肉痛になるのは予想してたけどな、ただでさえ坂があり負担の掛かる京都競馬場であのお惚気牝馬がノンストップでガンガン逃げやがって、逃げのマナーがなってない!遺憾の意!とは思うがきっとしっかり考えた末の作戦だったんだろう。
あそこまで走れることとゲートの出の良さを考えたらお惚気牝馬は元から逃げ馬、そこに立ちふさがる二冠達成破竹の勢いである逃げ馬、同じようにただ逃げては勝機は薄いならばと大勝負に打って出たってわけだ。
『アイツら大丈夫かね』
ブフフン
俺はスタミナだけでなく頑丈さにもかなりの自信がある、牧場でも走ってばかりいたし調教だってひょろさんはじめ厩舎の人らが抑えないと余計にやると話し合うくらいだが怪我なし、経験のある不調は阪神JFの時と今回のコズミのみだからな。
だが他の馬はそうじゃない、そもそもサラブレッドは繊細な生き物、俺だからこの程度で済んでると思ってる以上他の馬は大丈夫か?ってなるわけだ。
俺たちは基本的に走るのが好きだし放牧されたら好き勝手走っている、ただそれはレースとは全く別物で負荷が違う、そんな負荷が高まる中で一般的なペースより速く、しかも休むタイミングをろくに取れず走ったらどうなるか……レースを棄権となる馬が出なくてよかったよなと思うレベルだろう。
レース全体のペースが速い、馬場がよくない状態でもペースが上がる、他にもあるがそういった通常と異なるレースは無事完走してもその後複数の馬の故障が発覚して休養入り、深刻な場合はそのまま引退なんてことも往々にしてある、だからこそ今回一緒に走った馬たちが元気であったらいいなとそう思わずにはいられない。
楽しかったしな、アイツらと走るの。
「さすがにしんどそうだね」
「コズミの診断ですけど他にもなにかないかって心配で、しばらくはいつも以上に見ておきます」
「よろしくね……ハナサンに勝とうと思ったら考えうる作戦だから当然責めることはできない、できないけどああいうレースにはあまり付き合わせたくないよ」
「自分も見たくないです……」
『ひょろさん……兄ちゃん…………』
プフン
ひょろさんと兄ちゃんからの愛を感じる、その愛情ついでに甘いもの、いかがですか?多分甘いものあったら元気になるよ俺。
めげずに甘いものアピールするため起き上がることなくブフブフいっている俺に笑いながら馬房に入って来た兄ちゃんが首を撫でてくれる。
「けど晴れてハナサンは三冠牝馬、今後レースで無理をさせることなく無事引退させて繫殖入りが望ましいかな」
「気が早い人たちはもう配合予想したりしてるでしょうね」
『げ!』
「もともと丸井さんとは秋華賞後はマイルチャンピオンシップへ、って話してたけどこの様子だと年内休養も考えたほうがいいかな」
「ですぬわぁ!」
『なんだって!?』
次走予定がなくなりそうになっていることを知った俺はムクリと起き上がった、人からしたら巨体の俺が急に立ったので兄ちゃんは慌ててのけぞっている、スマン、でもこれは聞き逃せない!
ただでさえ無事引退して繫殖入り=リスクを減らす=出走数を減らす=引退自体も早めるなんて式が成り立ちそうな話を聞いたばかり、その上ちょっと甘いもの欲しさで大袈裟に疲労感をかもしだしているせいでオッチャンがもっと走らせたくなるような強い馬の証である勝ち鞍をみすみす逃すなんて出来るわけもなく。
『はー!元気元気!これなら年内あと2回くらい走れちゃいそうだなー!』
プフーンブルルル
兄ちゃんを踏んづけないように気を付けながらパッパカ足踏みして実はなんてことないですアピールを改めてするが……どうだ?
「急にどうしたんだハナサン」
「うーん……自分は元気だって言ってるのかな?」
「いや、まさか!きっとこれ持ってるのバレてくれって言ってるのかな、ほらハナサンちょっとだけだぞ」
そう言いながら隠し持っていた角砂糖を俺に差し出す兄ちゃん、通じて欲しい時に通じてないけど貰えたからヨシ!
うめ、うめ、砂糖の塊、うめ。
『……いややっぱちょっとつらい、でもいける!マイルCSはいけるから!!!』
兄ちゃんにもらった角砂糖を味わいながらも事実筋肉痛であり疲労も抜けきっていない俺は再び馬房の中で身を横たえる、それでも主張はやめない。
「まあ様子を見ながら丸井さんと話し合いかな」
頼むぜひょろさん!!!!!!!!!!!




