第32話 俺、ハナは華
シャクシャクシャクシャク
うめ、うめ、スイカ、うめ。
「おいしそうに食べて、本当に差し入れしがいある子だな」
オッチャンがせっせと届けてくれるので馬になっても四季折々の果物その他を味わう系牝馬タカネノハナです、今日はオッチャン手ずからスイカをいただいてる、食べるの難しいけどおいしいんだこれが。
マル?アイツなら随分と前に旅立ったぜ、どうやら次の大目標はスプリンターズステークスらしい、そうなると優先出走権をとるためにどこか走ったりするのか、勝ち鞍の賞金的に走る必要はないのか……うーん、俺にはそこまでの知識はない。
ただ短距離路線ってなると早々に古馬とやり合うことになるのは知っている、マルは一足先に古馬戦線への殴り込みか、……アイツの場合脚質自体気性が原因みたいなもんだし数走らせるならそれだけでやる気がなくなりそうだよな、そこら辺大丈夫か?
それにしても短距離かー、マルはどんな距離だろうと最終直線の大外一気に違いない、短距離で追込みとか俺なら馬券買えないぞ。
ただでさえ短距離なんてちょっとしたミスで勝敗が決まってしまうような戦場だ、そこで追込み、本当俺とは真逆な馬だぜマルのヤツ、俺は逃げでよかった……まあ俺が馬券を買ってた時逃げは逃げでよく飛んでたけどな!ガハハ!
「ほら、追加だ」
プヒーン!
シャク、うめ、シャク、うめ!
「よーしよし本当にいい子だなタカネノハナは……、ちょっとおっさんの話に付き合ってくれるか?って馬になに聞いて話すのかって感じだよな」
『そんなことないぜ俺はわかるしな、なんだよ俺とオッチャンの仲だろ遠慮せず話せよ』
ブフーンブフブルルル
俺の気持ちが伝わったのかは別としてぽつぽつとオッチャンが俺を撫でながら語り始めた。
「あー……俺のカミさんの名前が華さんって言ってな、病気をしてもうこの世にはいないんだけどよ……初めてお前に会った時感じるもんがあって取引できるよう努力した、したがまさかこんな、三冠が目前と迫るほど走るなんて思ってなかった……」
「いやまあそこそこに、自分の餌代くらいくわえて帰って来てくれたらありがたいなとは思ったよ?でも1番は健康に引退まで走ってお前の母ちゃんのパトラみたいに元気な子供産んでくれたら嬉しいなってのが夢で……」
「……、秋華賞ってなぁ、カミさんの名前と同じ華って漢字が入ってるんだ、まあだからなんだ……」
「三冠ってのはそりゃすばらしいもんさ、馬主をそれなりに長いことやってるがクラシック勝利まして所有馬が三冠馬になるかもしれないなんてそんな機会が巡ってくると思ってなかった。でも俺はそれより華さんにうちの子が秋華賞を取ってくれたぞ!って、……そう報告できたら嬉しいと思うんだよなぁ」
…………。
そんな話聞いたら泣いてまうやろ!!!!!!!
思わずエセ関西弁も出る、いや俺もさ結構な頻度で会いに来てくれるし競馬場にも来てくれるのにオッチャンと年齢の釣り合いが取れそうな女の人いないな?とは思ってたんだよ、息子さん見るまで独身だと思ってた最たる理由がそれだし。
けど馬主なんて赤字で当然、湯水のように金は掛かるのにそれが戻ってくることはほとんどなくて、中央馬主ともなればビルのひとつやふたつ泡になって消えていてもおかしくないって聞いたことがある。
いくら交友関係で重要うんぬんといってもそんな趣味を奥さんがよく思わないなんてのは当たり前で、だからそういうタイプの人なのか?とか思っていた。
違ったんだ、オッチャンの奥さんは亡くなったから一緒にはいなくて、きっとオッチャンは今でも奥さんが大好きなんだろう。
だって馬名にハナを入れるのもきっとそういうことだろ?まだ奥さんが生きていたころは一緒に競馬場へ行って2人で所有馬を応援していたのかもしれない。
前にジイサンが言ってたんだよな先達の珍名重賞馬や俺に入っている【ハナ】は冠名じゃないけどオッチャンは馬名に【ハナ】か【マル】を入れてるって、牡馬は【ハナ】と【マル】どちらかを入れるけど牝馬には必ず【ハナ】を入れるんだってさ。
ジイサンももっとしっかり話してくれてたらよかったのによ、いやまあジイサンやオッチャンみたいに馬相手にそもそも話さないだろっていうのはそうなんだけど、それにそれを聞いたからって俺の今までの走りの何が変わってたってわけでもない、ないが心構えができていたら俺はこんな……こんな……。
プヒュフーン
情けない鳴き声をあげる俺、泣いちまいそうな精神にきっと引っ張られてる、オッチャンの撫でる手をハムハムすると笑ってくれた。
「やっぱり怪我なく完走してくれるのが1番だ、無理せずな?」
絶対取るぞ秋華賞!!!!!!!!!!!
だが繫殖入りは断固拒否する!!!!!!!!!!!!!!!