第2話 俺、立ち上がる
俺の意識の浮上は唐突なものだった、それまでとてもあたたかくて安心できる空間にいたのに全身を締め付けられるような感じがしばらく続いたと思ったら寒さを認識した、この時まだ痛みを認識できなかったのはきっと不幸中の幸いだし俺をこうした"ナニカ"のちっぽけな良心だったのかもしれない。
とにもかくにも俺は寒さと共に自分が自分でありながら自分でないことに気付いたのだ、なにせ目なんてろくすっぽ見えないし、動こうと思っても自分の手足のはずが言うことを聞いてくれない、ブフンブフフンという荒い息をBGMに寝ている場所は絶対にベッドではないと確信を持てるゴワゴワ具合、俺は一体どうしたんだここはどこだこれからどうしたらいい?少しでも自分の思い通りに動かそうと手足をバタつかせながら俺は悩んでいた。
「お前今産まれたのか、よかったなーほれがんばれがんばれ自分で立って母ちゃんの乳吸わねぇと」
そんな声が聞こえたのはその時だった、お前が俺を指しているというのはなぜかわかったそしてどうやら俺はこれから立ち上がって乳を吸わないといけないらしい。
日本男児として乳を吸うのはやぶさかではないしどちらかというと好きである、ただ母ちゃんか……俺はどうやら産まれたてベイビーとなったようだ、だからこんなに体が言うことを聞かないのか、いやそもそも人間だった俺が何かしらの動物として産まれたんだから感覚も違うしなこれが人間だったらまだもうちょっとどうにかなったかもしれない。
人以外に産まれたことを、そしていわゆる転生をしたことを、やけにすんなりと受け入れている俺クールに決めるぜなどと後から思えば異常事態にやけに冷静だったのは正常性バイアスだろうか。
「パトラよくがんばったなちょーっと拭くから大人しくしとけよー」
よく見えないし感覚も鈍いが何か、おそらくタオルを掛けられてワシワシと撫で、いや拭かれる俺ぐわんぐわんと体が揺れされるがままである。
いいのか母ちゃんかわいいベイビー俺がいいようにされてるぞと思うがきっとこの声の主と信頼関係があるのだろう。
それが終わると声、おそらくそれなりに年配の男性はがんばれがんばれと応援してくる、応援されるとなんとなくよーし頑張っちゃうぞ!となる俺は生前もお調子者として周りに愛されて、いたらよかったのにな悲しい過去は忘れたことにして俺は再び立ち上がろうと手足を動かし始めた。
ジタバタ
『かわいいベイビー立ってお乳はここよ』
むっくり、ばたん
「その調子だぞー」
むくっ、ふらふら、ぺたん
『ああもう危ないわ!もっと脚に力を込めて』
むくり、ぐら、ふんぬうううう!
「よーしよしいいぞ、がんばれあと少しだ」
ふら、ふら、くんくん
『そうこっちよおいしいお乳はこっち!』
ごく、ごくごく
「こりゃあ凄い早さだ」
俺、初授乳!見付けるまで少々手間取ったが一度場所がわかってしまえばこちらのもの、乳大好きっこの俺はそれが例え人以外のものであろうと絶対にこの乳を逃してなるものかと四肢に力を込めて全力で吸い付いた。
ちなみに母ちゃんの乳はうまかった。
「母ちゃんに似て美人だし、能力もしっかり継いだらいい繫殖牝馬になるだろうなぁ。しっかしこうも雌ばっか産まれるとそろそろ雄もって贅沢な心も持っちまう」
ふぁ!?
『俺雌なの!?!!????!!!???????』
「ハッハッハッ元気なとねっこだ」
拝啓前世の両親、俺は馬に生まれ変わったそうです、そして何より牝馬、雌、♀、かわいい息子とはもう二度と会えないようです、二重の意味で。
とか言ってる場合じゃねぇよ!牝馬って!元気な子供いっぱい産むぞ♡とかはさすがに言えねぇから!勘弁してくれ!!!