第18話 俺、新馬戦に挑む
俺タカネノハナ、今ゲートの中にいるの。
また飛んだなとか思うだろ?俺も思ってる、俺としたことが緊張のあまり本馬場入場したあたりから記憶が吹っ飛んでいるんだ……元人間だって緊張するんだよ!この一戦が全てってわけではもちろんないが勝つに越したことはないしとか考えてたら、こう。
記憶ないけど俺変なことしてないよな、返し馬とか輪乗りとかでアレがタカネノハナ?前評判ほどじゃないなとかナメられるような感じだったら遺憾の意だぜ本当、自分のせいだけど!前評判がよさそうだなってのはひょろさんだったり担当の兄ちゃんだったり周りの言葉や雰囲気でなんとなくそう思ってる。
「可愛い私の蕾もうすぐ最後の馬が入るよ、集中」
俺の気が散ってるのに気付いたのかロメロがそう声を掛けてくる、そうだ過ぎたことをどうすることもできないし今は集中が大事。
集中、集中、集中、しゅう、ちゅう!!!
ゲートが開いた瞬間飛び出る俺、人間の知能に馬の動体視力、つまり俺は他の馬よりゲートが開く瞬間を明確に理解できる。ゲート試験を楽々クリアしたのは当然としてスタートがとても上手いとロメロもひょろさんも言ってくれているしな。
誰よりも速く躍り出てそのまま先頭に立つこれが大前提、鍛えた脚力で地を蹴りグンッと前へ。
『いやああだあああああああ』
嘶きが聞こえたと同時にざわめきも、後ろで誰か暴れて落馬でもしたか?それでも俺には関係ない、というよりこういう時逃げ馬の俺は被害を受けにくくていいな。
そう逃げ馬、俺は牧場にいたころから先頭が好きだった、それは最後に勝っていたいという意味はもちろん単純に走る時自分より前に他の馬がいるというのが不愉快なのだ。ひょろさんは俺のその性質をしっかり汲み取ってくれる調教師でそれに加えてスタートの良さ、調教の負荷をあげても問題ないスタミナとタフさ、何より優秀でビューティーホースな俺の唯一の弱点と言っても過言ではない超一級品には足りないキレのことも考え作戦を逃げで行くと決めた。
それにしても本番で一層感じるロメロの騎乗の上手さ、ひょろさんでも牧場で乗せていた人達よりは軽いと感じたがロメロはそれより上、初めて乗せて走った時は驚き過ぎて本当に乗ってるか?落としてないか?とその場でグルグル回ってしまった。
もちろん人を乗せている以上重さを感じないなんてことはないがなんというか一体感が凄いんだ、自分の体の一部のように不快感が少ない、そして指示を出す時も軽やかで走っている邪魔にならない、こういうところが牝馬に好かれる要因なのかもな。
俺たち馬は本来人を乗せる必要などない、自由に走るなら当然人が乗っていない方がいい、だが競馬となると話は別。
コースは決められたもので天候、馬場状態、その日のレース展開、様々な俺ではわからない情報が必要な競走、それらを知識として蓄え駆使して指示をくれる騎手という存在、あの出会いの日それはコイツがいいと俺は決めた。
『頼むぜロメロ!』
何度も共に走ったように細やかな指示をくれるロメロ、最初は自由に差が開いたら緩やかに、カーブを曲がる時はこの速度、今日走るなら芝の良いところはここ、声のない声に操られるように俺は走る。
1コーナー、2コーナーを越えバックストレッチ半ばを過ぎる頃には後ろと大きな差……とは行かない、視界の端かすかに見える特徴的なまだら模様、ティトゥスだ。
最初のいざこざで落ちてくれたら楽な勝負だったかもしれないがそうは問屋が卸さないらしい、コーナーで距離を縮めてきたと思ったら俺の後ろにピッタリとついてくる、やれやれ俺みたいなビューティーホースを風除けにしようなんて困った牡馬と騎手だ、まぁ俺は前走られるの好きじゃないからいいけどな!
それより後ろはいくら馬の視界が広いと言えどわからない、ただ群れで走った経験からすると間は開いてるだろうな耳に届く蹄の音は自分ともう一頭がいいところというもの、俺が、そしてティトゥスが感じていた通りこのレースでの相手は互いのみってか。
俺が後ろに気を取られていることに気付いたのか、それともロメロ自身が意識を向けているからこそか、最終コーナーに入る直前トンッと首に指が当たる感覚、偶然なんてことは有り得ないよなおそらく前だけに集中しろって言ってんだろ、ならティトゥスのことは任せたからな!
位置関係が変わらないまま最終コーナーを過ぎ直線へ、あとは死ぬ気で走るのみ!俺たちが新馬戦を迎えるより前に行われたレースで荒れた芝その中でも整っている道はロメロが教えてくれる、ひとつふたつと俺に鞭が入るようにティトゥスの方からもべチンべチンと音が聞こえる。
視界の端俺の後ろにいたまだら模様がスルリと位置取りを変える、そのまま下げられた頭と一完歩で詰められる距離にゾクリと背筋の震えを感じた、纏う圧倒的オーラはマルと同じ、いやそれ以上かもしれない。
『俺が!一番!だああああああああああああ!!!』
敗北の足音にとらわれないように、自分を鼓舞するように、俺は地を蹴る。今日勝たなくても終わりじゃない、だがこの勝負には絶対に負けられないと俺の本能がそう訴えかけている、酸素を取り込め脚を回せ、ここに来るまでの努力を証明しろ!
鞍上のロメロが手綱をしごいて後押しをしてくれる、頭の上げ下げで勝敗が決まるなんてさせねぇけどいざって時はしっかり頼むぜ。
ティトゥス、お前がどれだけの才能を持っているかは知らないが俺だって負けてないんだ!
流れる景色が最高速に至ったと同時にゴール板を通り過ぎる、1馬身とまでは行かないが隣を走るティトゥスより確実に半馬身は俺が前にいた!勝ちだ!
『ハァッ、ハァッ、やっぱりハナは強いオンナだったな』
『そう言いながらきっちり付いて来ただろ』
『まぁ…な、ハァハァ』
『そんな息上がってるようじゃ次はもっと』
1着をとれた確信と歓喜でレース中の怖気など忘れゴール後スピードを落として行きながらティトゥスと会話をする。
やけに呼吸が荒いティトゥスにもしかしてコイツはスタミナがないのか?と思い立ち止まり発汗したまだら模様の馬体を見た俺。
ぶらーん、ぶらーん。
『ぎゃあああああああああああああああああああああ』
なんでレース直後に馬っ気ビンビンなんだよ!!!!!!!!!