第16話 俺、鞍上との出会い
あれからも俺はひょろさんに乗られ……ということは当然なく、どうやらひょろさんが面倒を見ているらしいいがぐり坊主を乗せたり、助手の兄ちゃんを乗せたりしながら順調に訓練が進んでいる。
俺が特に好きなのは坂路調教である、傾斜のある坂を駆けている時負荷が掛かっているというのが感じられてそれがうおおおお!俺はもっと鍛えるぜええええええ!みたいなテンションになるんだよな、もちろん一番好きなのは好きに走ってヨシされることなのは言うまでもない。
「ハナサン、ハナサン」
ひょろさんが呼ぶ声になんだなんだとそっちを向くとひょろさんの横に見知らぬ外国人がいた。
背はひょろさんより低いな、体型は逆にちょっとがっちり感がある、顔面は当然のようにハッキリとした目鼻立ちで金髪碧眼の女がキャーキャー言いそうな大変整ったものを持っている、特に理由はないが俺コイツ好きではない。
『ひょろさんなにコイツ』
「ようやく調整がついてね、ハナサンの主戦になるロメロ騎手だよ」
「ヨロシクですねハナサン」
遺憾の意!特に理由はないが、遺憾の意!
『えー、コイツが?いがぐり坊主でもよくない?アイツ新人だろ?斤量も軽くなるしさー』
ブフフンと鳴いてひょろさんに不満アピールをする俺、そもそもロメロってなんだよロミオかよ、牝馬は全員僕のジュリエットさ!とか言いそうじゃん、ヤダヤダ、俺は自分だけ大切にしてくれるヤツがいいよ、なあひょろさん考え直そうぜ。
「よしよし、ロメロ騎手は牝馬のロメロなんて言われるくらい上手に乗ってくれる人なんだよ、丸井さんがハナサンのために頑張ってくれたんだよ」
『オッチャンがぁ?なら仕方ないか……』
ほらな牝馬のとか言われてるってことは相当乗って実績積んでるんだろ、いや実績積むのはいいけどそれが牝馬のってつくってことはやっぱコイツ誑しに違いないんだよ、俺はそこら辺の牝馬みたいにチョロくないから?大丈夫ですけど?でもやっぱり誰でもより俺だけのがさー。
仕方ないと言いながらも不満たっぷりの俺は耳を後ろに倒しながらロメロ騎手の方へと頭を向ける、しかたないから初めましてのなでなでしていいぞ。
「なんだかワタシ嫌われてる?でも撫でてイイ?」
「ハナサンはちょっと不思議な子だから」
戸惑いながらも俺を撫でる手付きは……まあまあだな、いがぐり坊主よりは上手いがジイサンには遠く及ばないぜ!精進しろよ!
というかだ、俺は今この牝馬誑しの騎手と出会ったことでとある事実にたどり着いてしまった、今までもあれー?と思うことはたまにあったんだよ、けど確信は持てなくて気のせいかって受け流していたところでもある。
俺、異世界転生したってよ!
いや、こういうのは異世界じゃなくて平行世界?
前世は人として死んで普通にその世界に馬として生まれ変わったと思っていたわけだが今日それは違うと至った、だって俺はロメロなんて騎手知らないんだ、西暦はカレンダーを見たことがあるしジイサンが口にしているのも聞いたことがあるから知っている、俺が生きていた西暦と差異はなく死んですぐ馬として誕生したか?程度の認識だった。
牧場で耳にした種牡馬と思われる馬名は聞いたことがあるものはなかった、産まれた牧場のことも規模が大きそうなわりに知らなかった、ただそれは俺がそこまで深く競馬の知識があるわけではなかったからかと思っていた、けれど騎手となると話は別だ。
外国人騎手の数は少ない、短期免許で乗りに来る人たちはそれなりにいた記憶があるがひょろさんはロメロが主戦、つまりこれからアクシデントやよほど手が合わないなどがない限り俺に乗り続けると言っていたので短期免許ではない。
そして牝馬のと言われるほどに実績を積んだということはつまりその分長く多く乗っているということだろう、そんな騎手を知らないというのはいくらにわかの俺でもあり得ないと自信を持って言える、そこから導き出せる答えはそう、この世界は俺が生きていた世界とよく似ているが異なる世界ということだ。
ま、だからと言ってなにが変わるわけでもないけど!
「ハナサン今日から乗れる時はロメロ騎手が乗ってくれるからね」
『えー』
「デビューに向けてガンバルですよハナサン」
デビュー、そうか、ひょろさんに預けられたから当然と言えば当然だけど俺デビューが近いんだよな、ロメロのことは特に理由もなくあまり好きではないがオッチャンが手配してくれたわけだし実績もあるみたいだし仕方ないので受け入れて共に訓練してやろう。
突然やる気満々になった俺をなだめながら調教に向かうロメロ、見守るひょろさんは朗らかに笑っている。
そうして今日もまた俺の一日が始まり、終わる。
『べ、別に明日も来て乗って良いんだからな!勘違いすんなよ!勝つためなんだからな!』