第96話 俺、はじめての顔
愉快な一行と空の旅を終えた俺は今ドバイともまた違った様子の厩舎におさまっています。
「久しぶりだな元気にしてたか?」
「あぁ、君か、もちろんそっちは?」
「見ての通りそれに最近は任される範囲も増えて来てね」
「へぇ、あの親父さんが?」
「少しは認めてきてくれている……と信じてる、俺も色々と経験を重ねてるしな」
「それは、丸くなったか?」
「どこかの薄情者が日本に渡ってずいぶんと経ってるからね、多少は丸くもなる」
「なかなかの言い草だ」
「心当たりは?」
「ないといえば嘘になる」
「ないといってたら今すぐ外に連れ出してた」
「それは刺激的な提案を受けるところだったな」
「それくらいする権利があると思ってるね」
もしゃもしゃとご飯を食べる俺の前で話す外国人男性2人。
1人はお馴染み俺の主戦を務めるロメロ、フランスでも鞍上変わらずだ!……とは思ったものの、出発した日本の気温やらを考えるとレースにはまだしばらくあると思うが、早くない?真夏にG1はないといっても他の重賞はもちろん平場だってあるだろうに、そういえば毎年放牧されている牧場に来てたな……ロメロ夏休み取るタイプ?
そしてもう1人はこれまた大変よろしいお顔立ちをしたロメロと同年代と思われる男……ロメロはフランス出身だったのか?少なくとも過去競馬を通じて縁があったって感じの話をしている、薄情者が気になるところだ、ロメロってむしろ情に厚いというか、結構感情的だろ俺がこけた時とか凄かったぜ……感情的なのと薄情者はまた別か。
「それで?この子が今回の……?」
「あぁ、相棒のタカネノハナ、日本の現役最強馬さ!」
「ティトゥスは去年で引退だったか、日本現役最強ね……我らが妖精に勝てるかな?」
「フォレッタか、確かに凄いなあの馬は」
「そうだろう?親父の管理して来た中でも5本の指に入るだろうさ」
『フォレッタの厩舎の人間なのか!?』
プフヒュン
「どうしたんだい私の美しい華、食事が足りない?やはり味?」
「ロメロお前……その感じ相変わらずなのか」
思わぬ情報に鳴き声を漏らす俺、めったに食事中顔をあげない俺が顔をあげることに食事の不満があるのかと問い掛けて来るロメロ……ロメロもたいがい俺のことを食いしん坊キャラだと思ってるな?間違ってないけど!
そしてもう1人の言葉的にロメロは昔から馬に対してこんな接し方だったのか、さぞやキャーキャーされて来たことだろう、いや普通の馬には言葉通じないけどな?それでもなんとなくどういう心情で接しているのかとか、この人間は自分好みの世話をしてくれるかどうかとか、そういったことは俺以外の馬にも伝わる、実際そういった話で盛り上がることもあるし。
『いや、なんでもねぇから俺のことは気にせずどうぞ』
飼葉入れに顔を突っ込んで飼葉を食み、顔を上げてもしゃもしゃと食べる俺を前に再び話し始める2人。
それにしてもフォレッタの厩舎の人間がなんでここに?まさか同じ厩舎でお世話に……!?とは思わない、あいつがいたらさすがに空気で気付く、それだけ圧倒的な存在感を持つ馬だ。
ロメロたちが話題にあげた親父さんがどんな人かは知らないがきっと名伯楽と呼ばれるような人なんだろうな、なにせあの馬が今までで一番!ではなく5本の指だ、どれだけ化け物揃いの歴代所属馬たちなのか。
「休暇はこっちで過ごすんだろ?家に来いよ」
「君の女神が機嫌を損ねないか?」
「我が女神はお前なら大歓迎だろ、ただうちの天使たちを誑かしたらすぐ叩き出すからな!」
「お互い何歳だと思ってるんだ」
軽口を叩き合う2人。
……。
いや、別に?ロメロが日本じゃ見ない表情してるなー、とか?気になってないけど?
言語の違いや気質の違い、そもそも同じ国内だって親しい友人がいる地元とそれ以外じゃ違うことだってあるし?本当、気にしてないけど?
「そろそろ自分の厩舎に帰ったほうがいいんじゃないか?」
「あぁ、そうだなつい話すのが楽しくて長居した」
「続きは食事の時に」
「そうしよう、そうだ親父にも顔を見せろよ」
「もちろん、……休暇が終わったらな!」
「こいつ、じゃあまた」
「また」
やはりこの厩舎の人間ではなかったらしい男が去っていく。
「私の美しい華ご飯は終わったかい?」
『まあな』
ブヒュ
「うん、残さず食べてるね……ただ、満足していない?不満?」
『べっつにー、ドバイともまた違う味だし日本の方が俺の口には合うけど、仕方ないってのも理解してるしよ』
プヒューンブルルル
ご機嫌といった様子ではないことを察したらしいロメロ、本当に察しが良い男だ、だからこそ日本でうまくやれているのかもしれない。
「今度許可が貰えたらクッキーを焼いて来よう」
『マジで!?』
ブヒュフ
クッキー!!!!!!!!!!!
いや、本当、こういうところがうまくやれている理由だろうな!
クッキー、クッキー、クッキー。
……。
いつかロメロの昔の話も聞いてみたいな。