第93話 俺、放牧と走り
『俺に勝とうなんて5年早いわ!!!!!!!!!』
ヒヒーン
勝利の嘶きをする俺、比較的涼しい時間を選び放牧されている俺たちは約束通り日々特訓という名の楽しい駆けっこに励んでいる。
いやー、マルが帰ってこない時には俺運動量大丈夫か?とか思ったけど心配なかった、これで厩舎に戻ってもひょろさんや兄ちゃんが苦笑いしたりせずに済むことだろう、よく食べよく寝てよく走る、やはりこれが馬に生まれ変わった俺最高の生活。
『チクショオオオオオオ』
『アンタたち毎回よく飽きずに繰り返すわね……』
そして悔しがるアホ殿と勝ち誇る俺を見て呆れているモモ、夢見がちガールであるモモにその態度を取られるのは遺憾の意。
『モモ、お前からもアホ殿にアドバイスしてくれよ、次こいつが走るの長めだし脚質的にもモモの方がわかるだろ』
『アタシが?』
俺は一応区分的には長距離レースである有馬記念を走ったことはあるが菊花賞の距離である3000mをレースとして走ったことはない、その点モモはそれ以上もレースとして走っている長距離巧者、なによりアホ殿は俺と違って逃げ馬ではないのでモモの方が走りとして様々な面で参考になるだろう。
俺は正直逃げ以外のことはさっぱりわからん!!!!!!!!!
いや人間だったころの知識や一緒に走ってる経験でこんな感じなんだろうなー、っていうのはふわっと理解してる、ただそれはあくまで外側から見た話しで具体的にこういう時はどうとかっていうのは馬それぞれ違うといっても脚質の中で共通する項目すら俺はふわっとなのだ、だから走りに直接アレコレはあまりいえない。
アホ殿が逃げだったらいくらでも教えてやった上で姉より優れた弟はいないってことを骨の髄までわからせてやったのに……。
『なるほ……寒気!?』
モモとなにやら話しているアホ殿がこちらを振り返る。
勘の良いガキは嫌いだよ。
母は当然として父も同じ、それでも脚質や最も得意な距離が違う俺たち、そりゃ人間だって苦労する、いくら強い馬を作ろうと思って配合しても期待通りに出ることなんて万分の一だってないのかもしれない。
まあ生命ってそういうものだよな、そこに介入できるとしたら神くらいなもの、それでも傾向を見出し考えた配合で結果を出す人々、人間ってすごい、ちょっとアレな言い方をすれば執念深い。
馬はとてもさっぱりしている、さっぱりしているというか記憶領域がそもそも人間ほどにはない、元々仲がよかった相手だろうと何年も離れていたら顔も……母ちゃんどんな感じだったかな?美人だったのは覚えてる、なんといってもハイパービューティーホース俺の母ちゃんだから、多分アホ殿もぼやっとしてるだろうな母ちゃんの顔。
なんやかんやと話し合い仲良く柵越しに駆け出したモモとアホ殿。
……。
別に?気にしてないし?モモ俺とは今日走ってないのになーとか思ってないし?そもそもジイサンの配置によってモモとは併走できないから仕方ないだけだし!!!!!!!!!!!
『夏ならもっと馬いてよくね?俺たちの放牧地だけちょっと離れてるのなに?嫌がらせか?ジイサンの嫌がらせか!?』
プヒューンフヒフン
俺悲しみの爆走。
今俺の放牧地は通路を挟んで向かい側にアホ殿がいるだけで左右には馬がいなかった。
いつだか会ったクールなあの馬とか、デビュー前一緒に走ってたあの牝馬たちとか、いくらでも候補いるだろ?べつに俺は引退馬だって気にしないぜ?
「ハナ―、暑くなる前に引き上げるぞー」
ただ1頭、広い放牧地でただ1頭!走っていた俺を呼ぶのはこの状況を作り出したジイサンだった。
『ジイサン明日からはちゃんと俺の横にも馬連れて来いよ?みんな帰って来てるんだろ?』
「トノとモモはあとでまた連れに来るからな」
『聞いてんのかジイサン!ジイサンが放牧地の割り振りはもちろん馬房の出し入れの順番とかにも関与してることを俺は知ってるんだぞ!姉ちゃんがいってたからな!!!!!!!!!』
「ほらハナしゃんとしろ、お前もだいぶ歳重ねて姉さんになったなー……あんな小さかったとねっこ……最初からそこまで小さくなかったなハナは」
『スラッとした脚長ビューティーベビーだっただけだが!?』
引き綱をつけられ馬房に戻る俺とジイサン、ジイサンは俺の鳴き声を受け流し好き勝手いっている。
全く、これだからジイサンは。
……なにか俺の主張が他の話で逸らされた気がする。