第90話 俺、いつかの苛立ち
香港の新たなる短距離王、公式レースで初めてマルに敗北をつきつけた馬、俺よりも先を行く逃げ馬。
あれは初めての負けでマルの機嫌が俺の知る中でもっとも悪くなったあの日からそう経ってはいない、けれど話題に出すだけでもご機嫌ナナメになることはなくなったころのことだ。
『なあマル』
『なにー?』
『お前が香港で一緒に走ったのってどんな馬だった?』
『えー……うーん、ちょっとなれなれしい』
『なれなれしい……いやそういうことじゃなくて走りをだな?』
『走り?ハナは僕に勝ったやつのことが気になる?』
『マルうんぬんは抜いても速いやつは気になるだろ!?』
『あんまり思い出したくないんだけどなー』
『そういわず』
『……ハナもあんまり聞いて良い気しないと思うよー?』
『俺が?』
『ハナが』
『とりあえずいってみ?怒んねぇから』
『ハナより速い逃げ馬』
『ア゛ァ?』
『だから良い気しないって言ったのに』
『ンンンン!悪い、つい、うっかり、こう溢れる思いが……逃げ馬だったのか?』
『うん』
『……くわしく』
『えー』
『詳しく!』
『仕方ないなー、隣だったけどゲートの反応はハナと同じくらいだった、それに加えて初速がハナより速いんだと思う一気に先頭に立ってたよ』
『初速』
『他にも逃げ馬はいたけどどの馬より力強かったし、ハナとずっと走ってたからこそ言い切れる、ハナより道中が速かったよ……もちろん距離の違いとかもあると思うけどねー』
『マルとは今まで本気のレースで走ったことないだろ!』
『それを考えても、だよ?まあ信じられないならこれ以上僕からいえることはないかなあ』
『ぐっ……』
『考えてよハナ、僕より前でゴールしたんだよ?』
『は?それはどういう意味で?』
『ハナより僕の方が速いんだから、ハナより速いのは当たり前』
『テメェ今すぐ負かしてやらぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
……。
うん、回想終了。
この後?……負けたがなにか?
いろんな意味で消し去りたいと思ってしまったんだよ俺は、そうかこいつがあの時マルのいってた。
……。
『ハナ』
確かにスタート直後から俺より速かった、その代わり落ちて行ったが……そういえばコーナーを出て坂を上るころっていえばスタートしてから距離でいえば1200mあたり、か?
……。
『ねえハナ!』
あまりに適性に適合し過ぎてないか!?
いやマルはマルで似たところあるけど!アイツの場合やる気とかそこら辺だけど!
短距離を主戦場にしている強い馬ってもしかしてこんなやつばっか……?
『ハナってば!!!!!!!!!!』
ヒヒィィィン
『うっわ!なんだよそんな大きな声出して』
『ワタシはさっきからずっと声掛けてるんですけど!?』
『え、マジ?ごめん、考え事してた』
『もー……結局なんなんですこいつ』
『べつに俺が紹介するほどの縁は『ハナ?』ハイ』
『えーっと、香港で短距離王として君臨してるやつ?』
『疑問形?』
『いやだって俺もマルからの聞きかじりで、名前とか聞いてないし』
『オレの名前も伝わってねぇの!?オレこれでも結構有名だと思ってたんだけど、自惚れ?きちー』
『いやまあ俺らは路線違うし』
『そんなもん?それにしたってマルから聞いてないとか寂しいわ』
『マルと仲良いのか?』
『そりゃもう!初めて会った時から親友よ親友』
……マルの方には一切その気なさそうだったことは黙っておいた方がいいか、武士の情け。
『オレってトントン拍子で先輩方に勝っちまったし?他が相手にならなくなるし、走っててもオレって独りーみたいな気分になるんだけど、マルだけは最後にガーッと来てくれるからさ、楽しいんだよな』
あのマルをガーッと来て嬉しいと評するのは世界広しと言えどお前くらいだと思う。
『だから今回日本に来てマルと走れるって楽しみにしてたのにいないじゃん、もう文句言いまくったよな』
だからあんなチャカチャカチャカチャカしてたのか。
『でも現状変わらないから仕方なしに全力で走ってやってさー』
全力だよなやっぱり。
『まさかオレについてこれるなんて、さすがマルが言ってたメスだよな』
『え』
『また走ろうぜハナ』
『え』
『今度は短距離でな!』
『走らんが!?』
『えー』
『えー、じゃない!』
マルの野郎!俺を厄介ごとに巻き込むな!!!!!!!!!!!!!