第89話 俺、レースの後にはまた一難
俺たちが最終コーナーを回る頃後ろの馬群も慌ただしく動いていた。
通常よりはるかに速く緩まることのないペース、情報の少ない海外馬、はたしてこれがどういう結果を生み出すのか……。
コーナーを出て最後の直線に入れば出迎えるのは坂、散々ハイペースで走り息を入れる余裕すらなかった俺たちに高低差2mが牙をむいて来る。
『コナクソオオオオオオ……お?お??????』
坂を意地で競い上り切るべく脚を動かす俺。
隣で最中突如としてペースを落とす鹿毛の馬。
思わず間の抜けた声が漏れた。
『バッカ!あぶねぇだろ!!!!!!!!』
『邪魔よ退きなさい!!!!!!!!!』
『そのライン俺ちゃんの勝利の道筋だったんですけどおおおおおおおおお』
『外行け外!』
『外は俺の道だ邪魔すんな!!!!!!!!』
そしてその鹿毛の馬の影響で上がる声を後ろに俺は唐突に独走状態になった。
最後の勝負、闘争心剝き出しになる馬たちの中下がって行ったあいつは果たして……あまりに唐突な、あっけない幕切れ、どこか故障でもしたのか?急な減速に心配する気持ちも生まれるが今はこの後方からやって来る勝利に餓えた獣たちを退けなければならない。
『悪いが勝利は俺がいただく!』
いち早く上り切り駆けるゴール前、残り300、鹿毛の馬は一切緩めることなく走っていた、当然俺も脚を休ませる余裕はない、そうはいってもこれは安田記念1600m俺の能力ならごり押しができる!
原因不明だが鹿毛の馬が垂れたことで何頭かの馬は理想のコース取りにはならなかったはず、なによりこのハイペースじゃ後続馬だってろくに足をためる余裕もなかっただろう、なんならキレ勝負の馬たちへの重荷としての役目すらはたしてくれたかもしれない。
『待てやこの牝がああああああああ』
『待つわけねぇだろバアアアアアアアアアアカ!』
俺の周りにはいなかった少々ガラがよろしくない声と圧が後方から迫るのを感じるがそれはもうゴール目前のこと、俺は他の馬と間近の競り合いとなることなくただ1頭先頭でゴール板を駆け抜けた。
『っしゃあ!完勝!!!!!!!!』
『クソが!あと100ありゃ行けたぞ!気合入れんのが遅ぇんだよテメェ!』
2着として入ったであろう馬がスピードを緩める最中暴れだし騎手を振り落とす……ヤダ、あそこだけ治安が悪い。
無事に走り切った俺だがひとつの気掛かり、あの鹿毛の馬はどうしたのかと緩めた脚を後続へと向ける。
『あそこで落ちて来るとか本当ありえないんですけど!?』
するとそこには無事完走はしたらしい鹿毛の馬に絡むロッカの姿、そういえば聞こえたなロッカの声……進路妨害レベルで影響があったのか?なにぶん後ろの詳しい状況は俺にはわからない、ただ少なからず影響が出たことは間違いないと見ていいだろう。
他の馬もロッカほどではないにしろ意味ありげな視線を鹿毛の馬へ向けている。
『オイ、ロッカ落ち着けよ、お前なんともなかったのか?』
『ハナはこのザァコのこと庇うんですぅ?』
『いやそういうわけじゃないし……あと雑魚ではな『はぁ?』いや、うん、今回は結果が振るわなかったかもしれないけど』
ここは勝者として仲裁でも、と思ったがロッカはなかなか手厳しい、辺りに争いが始まる直前のピリピリとした空気が漂う。
騎手たちも何かを察しているのか、それとも人間同士もまた似ようなものがあるのか馬同士の距離を取るように動きいつものレース後とは異なる妙に間の開いた空間が出来上がる。
そんな中での出来事。
『いやー、負けた負けたやーっぱオレ長く走るの好きじゃないんだよ、人間もわかってくれねぇかな』
お前、この空気であっけらかんと……自分のせいで不利を受けたやつがいるってこと理解してないのか?それともそれをわかった上で歯牙にもかけないだけなのか、ただ多かれ少なかれ影響があった馬の神経を逆撫ですることは間違いない。
『ア゛ァ?』
ロッカが聞いたことのない声出してる……。
お、俺ウイニングランしないとなー!
そろそろとその場を離れようとする俺、情けない?バカ言え、戦略的撤退も時には大切なんだよ。
『あ、そういえばオマエがハナだよな?日本の強いメス』
に げ ら れ な い !!!!!!!!
『ハナァ?』
『いやいやいや俺知らない!知らないから!俺はハナだけどそいつとは関係ねぇよ!』
『お、当たり?1番強い匂いしたもんなー、ま、オレにはオスだメスだは関係ねぇけど』
『へ?』
『アレ?オレのことマルから聞いてないか?』
ドバイでのティトゥスに続いて今度の原因はお前かマル!!!!!!!!!!!!!!!!!
つーかマルから聞いたことのある強い逃げ馬……?
あ。
『お前香港の!?』
『そうそう、なんだ聞いてんじゃんオレからの一方通行かと思って焦ったー』
『ハナ?説明は?』
『ええー……俺そんな関係ねぇのに』
こいつの説明なー。
……とりあえずちょっと嫌な記憶だから存在ごと封じてたってことは秘密にしておこう。