第87話 俺、予感と注目
『そもそもお前今日見なきゃいけないのは俺だけじゃないだろ』
『ワタシにとってはハナといることが重要なんですけど!?』
『いやだからそういうことじゃなくてな!?』
『わかってますよぉ、やたら威圧感出しまくってるアイツ……見慣れないし、誰なんですアレ』
『俺も知らないな、俺が出てない路線は一応ないしそもそも安田記念に出るってなると会ったことないはずがないんだよ、なによりあの感じだろ?知らない意味がわかんねー……海外馬か?』
一応は落ち着いたロッカを引き連れてパドックの周回に混ざって行く俺たちが注目するのは見慣れない鹿毛の馬。
何事もなく、……物理的には何事もなく落ち着きを取り戻して歩きだすロッカにいわくお世話係の人間はほっと一息、兄ちゃんはなれたものと軽く笑って俺の引き綱を持って歩く、厩務員って大変だよな。
俺がいうことじゃないって?
それは、そう。
それより今は話題に上がった馬だ、安田記念といえばマイルを主戦場とする馬たちにとっては大目標、それに出場するほどとなれば面識があって当然……あえていうなら俺は去年のマイルチャンピオンシップには出てないし出会ったことのない1つ下の世代という可能性もあるが、あの佇まいはどう考えても年下じゃない、あんな化け物みたいな年下は嫌だ。
まず間違いなく今日のレースで競り合うことになるであろう馬の1頭だろう。
しかしフォレッタといいまだ俺がしらない強者っていうのは存在するな……まあ当たり前か、日本国外で走ったのは前回のドバイが初めてだったし、まだヨーロッパ、アメリカだってある……香港にオーストラリア?それはまあマルに任せた、サウジ?俺はダート馬じゃありません、G1以外は走らないだろうし。
ドバイはドバイでも来年はドバイシーマかドバイターフに出たいなー。
俺は当然来年も現役です、な!オッチャン!
『引き綱持ってる人間的に……安田記念に来るってなると香港あたりの馬か?いやでもスタッフは外国から人受け入れてやって貰ってることもあるしわかんねぇか』
『ハナって人間の事情に詳しいですよねぇ』
『ま、まあな!』
ヒュゥン
人間だったころの知識と馬として生まれ育った環境で学んだことを照らし合わせた呟きをロッカに拾われて声が裏返る。
……ところで当然みたいな顔で俺の横歩いてるけど俺とロッカの枠番を考えると本来はもっと離れているというか、むしろ真反対にいても可笑しくないというか、それが正位置のはず、なんでこいつはこんなにも堂々としているのだろう。
世話係は悟ったような目をしてロッカの引き綱を握っている、なんか申し訳ない……。
『そうだロッカ、お前ちゃんと前より強くなったか?調教では走ったけど、しょせん調教は調教だからな』
『なんですそのナメた言い方ぁ、やっぱりハナはちょっと調子乗ってませーん?』
『乗るだけの実績が俺にはあるし?』
『そこら辺のザァコと一緒にしないでくださーい、前ハナと走った時より確実にワタシは強くなってるんでぇ』
『けどドバイターフはエウテアモの勝ちだよな?』
『んぐぐうぅ!?』
『美人サンカワイ子ちゃんがいい反応するからってあんまからかうなってー、カワイ子ちゃんは直前までルンルンだったのに美人サンがいないって知って調子が『だからエウテアモは混ざって来ないでくれますぅ!?』フォローしてたのに!俺ちゃん泣いちゃう!』
からかおうとしたのがバレたか……と思ったがエウテアモ、それはフォローってより余計にからかうネタを提供してないか?いいけど。
『今日のワタシはあの日とは違うからエウテアモにも負けませんし!』
『俺がいるから?』
『そ、そういうこといってるんじゃないんですけど!?』
『ヒュー!カワイ子ちゃん今日もサイコーにかわいいー!』
『黙らないと蹴りますよ!?』
ヒンヒンとはしゃぎながら回るパドック、顔馴染みとこうして過ごすのもいいよな、なんてレース前にしては気の抜けたことを考える俺。
それにしてもあの鹿毛やけにチャカチャカしてんな、大丈夫か?