第84話 俺、その名は
『あー……そのだな、そいつの名前、聞いていいか?覚えてるよな?』
『さすがに今回で覚えましたけど……ネフェルテムだったはずです』
『ネフェルテム!!!!!!!!!』
確定!アホ殿確定!!!!!!!!!!!!!
不思議そうにこちらを見ながら引き続きまだ残っている飯を食べているネガティブ野郎、いや飯食うの遅いな!?
まあそれは置いておいてアホ殿のことだ、以前触れたことがあるアホ殿の初勝利、出走したということは当然馬名も決まったわけでアホ殿はアホ殿のくせにネフェルテムなんてちょっといい感じな名前を貰っている、なにやらアラビアンな響きだよな、詳しくは知らんが。
それにしても以前里帰りしている俺と会った時は初勝利のことしか言及していなかったが……ホープフルステークスに出ていたのか、夏の休養期間に出会ったことから考えるとアホ殿の新馬戦の時期は遅かったはずだしそれでホープフルステークスに出るとは、期待されているのかそれとも今年の3歳世代の牡馬は小粒なのか。
なにより、アレだ……あいつさてはホープフルステークスで掲示板すら入ってないな!?
ネガティブ野郎が後ろかその後ろを覚えているってことは3着以内、つまり馬券内に入ってなかったのは当然としてアホ殿の走りを間近で感じたら覚えている……と思う、つまり掲示板内ですらない距離で走っていたことが推測される、なにやってるんだあいつ。
なにやらあった時に相対して速そうと感じたということはレースで会った時そう感じなかったか、そもそも会ってないってことになるしな、いやでもアホ殿ならパドックでも存在感ありそうな気も、いったいどんな状態だったのか。
『……それで?どんな風に絡まれたんだ?』
『はぁ……確か最初は普通に挨拶されて、前のレースのこと話されたんですけど、まぁ自分はアイツのこと覚えてなかったんで……』
『それに気づいた相手が怒ったか?』
『ですね、『俺様のこと忘れたのか!?いや確かにあの日は……、それでも俺様だぜ!?』から始まって』
『負け馬のくせになんだその自信は!』
『いやでも自分それに『お前この前のレースに本当にいたか?』なんて返しまして……』
『お前!』
『お前みたいな速そうなヤツがいたら自分は勝てなかっただろうしって思って言ったんですけど』
『圧倒的な言葉の足らなさ!!!!!!!!あとお前仮に言葉にしても勝ち馬がそれをいうのはただの嫌味な!?』
『自分も振り返って悪かったなと思って……そこからは怒って興奮状態になったアイツを落ち着けようとバタバタしてる中先輩方が来たり結構な騒ぎに』
『あー……』
アー……。
何というかアホ殿はアホ殿で悪いところはあるがコイツはコイツで問題があるというか、自信の塊みたいなアホ殿が負けただけならまだしも覚えられてもいないっていう状況を考えると……少なくとも俺がアホ殿の立場だったらブチ切れて次の直接対決の機会には心をへし折ってやる!くらいの心持になるしキレるアホ殿の気持ちがわからないでもない。
ただそれと実際周りを巻き込んで騒ぎを起こしていいのかってなると話は別。
『悪いな、そのアホ……ネフェルテムって俺の弟なんだよ』
『ボスの……?』
『おう、親が全く同じ正真正銘の姉弟ってやつだな』
『……あぁ、確かに、ボスに似たきれいな顔してた気がします』
『唐突に俺のこと褒めるな?ま、俺がビューティーホースなのは確かだけど!』
『はぁ……』
『あのアホは当然悪いがお前はもう少し周りの目を意識して自分って存在の影響力を考えろって前からいってるだろ』
『すみません……』
『謝るんじゃなく考えてくれ、強者には強者の振る舞いがある、お前が自分をどこに位置付けてるか知らねぇが少なくとも同世代の中でお前は強者なんだよ』
『……はい』
『まあ価値観なんてそれぞれでこれはあくまで俺の考えだけどよ、俺は強いヤツが自分なんてとかほざいてたら蹴ってやろうか?って思うからな、俺たちと走るようになるまでにどうにかしないと俺は真面目にキレるぜ?』
『ボスと走る……?』
『お前らの世代、とくにお前みたいな戦績の馬ならまず間違いなくクラシック三冠、その後に上の世代とってなるだろ……もしかしたら菊花賞は回避して秋天かもしれないけどな、そうなったらやり合う機会はさらに早くなる』
『……上の世代』
『だから、アレだ、俺に蹴られないようにしっかりしろよ!勝つことが俺たちの存在証明だしな』
『……ボスの弟、自分と同じ世代ですけど、自分が勝っていいんですか』
『ア?勝ち負けには色々ある……けど結局強いやつが勝つんだよ、お前が勝つならそれはお前が強かったって話で、そもそもお前が勝たなかったからってあのアホが勝つってわけじゃない、あいつが勝つのはあいつが自分で強者だと示せた時だけだ』
『ですか……、自分しっかり考えてみます』
『そうしてくれ、相談ならいつでも受け付けるし、俺じゃなくても器デカいやつは周りにいるんだからそっちでもいい。あのアホには俺からも会った時に言っておく』
『いえ、自分が悪かった部分もあるので……程々で、世話してくれるおじさん困ってそうでしたから』
『そうかそうか、困ってたかおじさん……任せろ、ほどほど、適度、最適なお叱りしとく』
『あ……自分余計なこと言った?』
『じゃあ飯はきっちり食えよ』
『……ハイ』
さーて、あのアホ殿にはいつ会えるか。
悪い弟はこのパーフェクトビューティーホース俺がしっかり躾けてやろう。
まだまだ躾の足りない弟で、まったく困ったもんだぜ。