第80話 俺、噂と実体
無事メンタルリフレッシュを終えて軽い足取りで帰る俺はついでに新鮮な草でも食んで行こうかといつもの整えられた一画へと向かったのだがいつもなら数頭いるであろう状況にも関わらず今はただ1頭しかいなかった。
おそらく他の馬はこの馬に遠慮をしてさっさと馬房に帰ったのだろう。
夜の闇に……といっても建物からの明かりやらなんやらがあるからそこまでじゃないけどな、だからこそ余計際立つ黒というべき俺にも勝るとも劣らない鍛え上げられた馬体を持つ馬、いつの日か遠目に見ただけで他と異なる存在と理解した黒馬がそこにいる。
つい先ほどまでは「ご飯の用意はしっかりしてあるぞ?」なんていいながらも特別引き留める様子のなかった兄ちゃんが引き綱を軽く引き「ハナサン今帰ったらデザートもつく」なんて言いながら俺を帰らそうとしているが俺はそれに反して芝の方へと向かう。
デザートなに!?ってすごい勢いで後ろ髪ならぬタテガミを引かれる気持ちだが俺の本能がそちらへ行け行かなければ負けだといっているのだ。
黒馬はこちらを真っ直ぐ見据えている、その引き綱を持った西洋人はなにやら面白そうに俺と黒馬を見比べている。
『視線が煩ぇんだが?俺になにか用か』
『お嬢さん、なぜ走らなかった……?』
『走らなかった?いやついさっき走ってきたけど』
『さっき?』
『そう、この体見たらわかるだろドバイワールドカップってヤツ、ダートだな』
『ダート……?芝馬ではない?』
『いや、俺は芝馬のつもりなんだけどな?』
『なぜ……?』
『俺も聞きたい、けど結局俺たちが走れるのなんて決められた場所だしな』
『……、お嬢さんと走りたかった』
『え、初対面だろ』
『ティトゥスが言っていた最高の牝、タカネノハナ』
『ティトゥスが!?いや、それ……あのアホが!』
『アホ?違う、お嬢さんは強そうだ』
『そんなことは……あるけど!』
『次はどこを?』
『どうだろうな、普通に芝なのか、しばらくダートなのか、オッチャンの考えることはさっぱりだ』
『共に走りたい』
『それは光栄なことだけどわからねぇよ』
『フランスの地で待っている』
『いやだからわから『そこで格の違いをわからせる』アァン!?』
『待っている、タカネノハナ』
『お前今オイ!待て!言うだけ言って満足すんな!待てって!!!!!!!!!』
ブヒュフーンヒヒィィン
「ハナサンさっきまで大人しかったのに!落ち着いて!!!!!!」
急に興奮した様子を見せる俺に兄ちゃんが慌てて宥めようとする「やっぱり出来る限り会わせるべきじゃないって先生の判断間違いじゃなかったかー!」とも言っている、どうりでなんとなく存在を感じることはあっても直接顔を合わせることはなかったわけだ。
つーかなんで俺盛大に喧嘩売られた!?こういうことわりとあるけど!!!!!!!!!!!!
まあ今回の原因はわかってる、ティトゥスのアホだ、おそらく凱旋門賞でティトゥスをくだした馬があの黒馬なのだろう。
ティトゥスが言っていたというからには交遊がありそこで俺のことを知った、そして今回俺がアイツに気付いたようにアイツも俺の存在を認知し直接走れると思っていたのにいざレースに出てみたら俺がいないことに気付き……それでも急に喧嘩売る理由はわからねぇけどな!?
そもそも俺にいわれたところで馬である俺にレース決定権はないんだが!?なんだ、黒馬にはあるのか……?そんなわけない。
それにしても凱旋門、凱旋門か……さすがにキツくね?
いやでも距離はイケるな、問題はロンシャンの芝適性、スタミナ自慢でパワーは今回ドバイワールドカップで2着という実績をしっかり残している俺になにか?であるし、……あるか?いやダートと芝は違うけど。
俺がいくら考えても結局出走レースを決めるのはオッチャンとひょろさんだ、ドバイワールドカップ出て同年に凱旋門ってどうなん、そもそもどういうローテーション想定の今年初戦ドバイワールドカップなのか。
大前提として俺がドバイワールドカップに出てるのだいぶおかしいからな!?
オッチャンは何を求めて俺をダートへと走らせようと至ったのか……ひょろさんの方が提案したっていうのはさすがにないよな?俺はオッチャンが言い出したと思ってるんだが、ひょろさんなら余計謎……やっぱり俺が気付いていない脚部不安とか?
うーん……さっぱりわからん!!!!!!!!!!
わからないがオッチャンにしろひょろさんにしろ凱旋門賞、考えてくれないかな。
元々走りたかった!とかではないがあんな風にいわれて出走しなかったら不戦敗みたいな感じがしちまうだろ、それは誠に遺憾の意である。
なにより俺、売られた喧嘩は買うタイプなんだよ。
つまりアレだ、アイツに俺が格の違いをわからせてやるよ!!!!!!!!!!!!!!
って気持ちなわけ……ところでアイツの名前なに?