第74話 俺、知らないということ
『なんでハナと全然一緒になれないわけ!?意味わかんないですけどぉ』
『カワイ子ちゃんには俺ちゃんがいるじゃーん』
『だからワタシとハナの邪魔するのやめてくれませーん?』
『お前ら今日も元気な』
なんだかデジャヴを感じる会話である、そう俺は現在ロッカやナンパ馬たちと一緒にいる。
また唐突に空の上である!というわけではなく単純にひょろさんたちが話し合って一緒に走らせようぜって感じ……だと思う、どういう流れで一緒になったかまでは俺にはわからないしな、べつに説明されるわけでもないし。
『ハナまたデブってたけど痩せたぁ?』
『デブじゃねぇよ!過酷な環境に備えて蓄えてただけだから、ひょろさんが色々手を回してくれてスッキリビューティーボディだっての』
『俺ちゃんは太めな女の子も好きー!』
『アンタの好みとか誰も聞いてませーん』
『言わなくてもわかるか!俺ちゃんの今の一番の好みはカワイ子ちゃんだし!!!!!!』
それにしても相変わらず心強いなこのナンパ馬、そのメンタルに免じて名前で呼……こいつの名前なんだっけ?
いやいや、だってコイツ初めて会った時名乗らなかったし!……多分、途中から聞き流してたからその時言われてたら正直わからん、すまんとは思うがあまりにしつこかったから自業自得と思ってほしい。
ゼッケンもなー、視界には入っていたから名前は見たはずなんだがなんせ今の俺の脳味噌は馬、正直なところ昔の思い出とかは人間だったころほど鮮明ではなかったりする。
俺がナンパ馬をじっと見つめているとロッカとナンパ馬がそれぞれ耳を動かす、ロッカは後ろへナンパ馬はピンとこちらへ。
『え、なになにどうしたの美人サン、もしかして俺ちゃんのこと気になっちゃう感じ!?』
『ハナァ?』
『うーん……』
『美人サンには悪いけど俺ちゃんは前にも言った通りこう見えて一筋だから!カワイ子ちゃんしか今は見えないっていうか……』
『エウテアモは勝手なこと言わないでくれません!?ハナがアンタにとかありえませんしぃ』
『ひゅー!カワイ子ちゃんが久しぶりに名前呼んでくれて俺ちゃん超ハッピー!』
あ、予想しない展開で名前判明、エウテアモ……何語だ?ティアモとか確か欧州のどこかの国の愛の言葉だったよな、フランスはジュテームだったと覚えてるがティアモ……俺が知ってるくらいだからスペインとかイタリア?ドイツはもっとかたそうな言葉のイメージがあるしイギリスは当然英語なわけで、その他はそこまで知識がない。
それにしても語感が似てるってことは意味も似てる可能性が高い、推定愛の名前を持ったナンパ馬……あまりにお似合いである、というか何気に馬の名前ってその馬のイメージに合うよな、いやその名前を持ってるからそういうイメージを持つだけ?卵が先か鶏が先か問題。
『いやお前の名前すっかり覚えてなくてよ、エウテアモか、スッキリした!』
『なーんだそういうことかぁ』
『ん……?そういえば俺ちゃん名乗ってなかった気する!そうそう俺ちゃんの名前はエウテアモ、趣味はカワイ子ちゃんウォッチング、得意なことはカワイ子ちゃんの名前を覚えること!好きに呼んでくれちゃっていいぜー』
ご機嫌に自己紹介を始めるエウテアモとご機嫌が直ったロッカ、それにしても得意なことと言ってるわりに名前で呼んで来ないな?ロッカはカワイ子ちゃんだし俺は美人サンだ、なにかエウテアモなりのルールがあるのだろうか。
俺にはどうでもいいけど!
しばしの談話を楽しんだあとは2頭を引き連れてそれぞれの相棒を背に乗せながら走り始める。
食事に関していえば俺の口には旨味が足りなく感じるがコースは申し分がないんだよな、しっかり手入れがされていて走っていて気持ちがいい、そのおかげか始めは色々と不満が口に出ていた他の馬たちも順応し今では落ち着いている。
そうして一通りの調教を終え引き上げる俺たち、しかし不意に神経を直接触れられるような強い不快感を覚えその原因であろう圧を出している存在の方へと顔を向ける、ロッカとエウテアモも耳を倒し体を強張らせながらそちらを見ていた。
『なんだ……アイツ』
『知りませんけどぉ、ちょっと無理』
『いやー、俺ちゃん守備範囲は広いつもりだけどさすがにダメかなー!』
俺たちが注目するその先には他の馬を引き連れた黒い馬体を持った見知らぬ馬がいた。
路線や所属が違えば会うことがないこともあるとはいえ俺たち3頭ともとなると可能性は低い、なによりあんな存在感を持った馬日本にいるなら間違いなく知っているはずだ。
つまり俺たちが知らない海外馬、周りの馬は同じ国の馬か?そこまではわからないが、あの馬にすっかり頭が上がらないというか、完全に群れのボスといった感じが見て取れる。
アイツと走る可能性もあるのか、気合入れ直さないとな……。