第71話 俺、降り立つ
決して快適とは言えない空の旅、ただでさえ旅立つ前には輸出検疫もあって普段と異なる環境に置かれた上でこれだ俺はまだいいが神経質な馬の場合かなりの負担だろう。
海外遠征への適正はイコールで図太……器が大きければ大きいほどいいのかもしれない、その点この2頭なんかは適性アリに違いない、輸出検疫の隔離期間の間は馬房が遠くなにやら騒いでるやつらも一緒かと思っていた……まさかこの2頭だったなんてな、どうりで聞き覚えがある声だと。
あれからも飽きもせずあーだこーだと小気味いい会話を続ける2頭は相性が良いんじゃないかと思ったりもする、ロッカは明らかに嫌そうな声だけど!ナンパ馬はご機嫌そうだな!
まあでも結ばれるためにはまず種牡馬になるっていう高いハードルがある、ナンパ馬に出会ったのは俺が3歳の時のマイルチャンピオンシップ、あの時の雰囲気と感覚から同世代ではなく年上、何歳かはわからないが少なくとも早々に種牡馬入りが決定する牡馬ではないことは確か。
そもそもあの時掲示板入り……してたか?3着まではわりと覚えてるんだが掲示板内かどうかって意識してないと忘れるんだよな、なぜなら俺は1着か2着しか取らないから!
……安田記念?あれはほら、違うから、違うんだよ。
去年のことがあり今年も同じ高松宮記念始動の安田記念リベンジか?とか思っていたらまさかの海外とはオッチャンの考えはよくわからないぜ。
俺が牡馬ならわかりやすいんだけどな、国内で通用するのは証明したから海外の環境でも通用するか、適正があればその分価値が上がるだろうし勝ち鞍が増えて悪いことなんてない、ただ俺は牝馬なわけで……ブランドは上がって仔馬の値はつり上がるか?産む気なんてさらさらないけど!
離陸着陸は特にストレスが掛かる、馬になったからか人間として乗った時とも感覚が違う、いやこれはこの詰め込まれてる感と値段を出せば伸び伸びと乗れた座席の違い?
馬運車で運ばれるよりどうしても囲まれている感が強いし視界も悪い、そういった意味では気分転換になるような会話をしていた2頭はストレス軽減に役立っていたかもしれない、顔が見えなくても話せる相手がいるというだけで違うものがある。
飛行機が着陸すると俺たちは空輸用コンテナに詰め込まれたまま陸へと降ろされる、束の間の外界との接触だ。
そしてすぐさま馬運車へと乗せられ移動……疲れる、本当、なんならレースより疲れるかもしれない、もっと飯くれ兄ちゃん、兄ちゃん……そういえば兄ちゃんって来るのか?来るよな、来なかったらちょっといつもの調子、飯があれば大丈夫か。
「気を付けろよ」
「わかってる、何かやらかしたら俺の身ひとつじゃ済まないしな」
「人様より上等なお馬様だからな」
どうもお馬様です、確かに俺らになにかあったら……大変なことだな、過失がないと証明できるならまだしもそうでなければ、恐ろしい。
『自由だああああああああ!!!!』
『ほーんと疲れたんですけどぉ、もっとどうにかなりませーん?』
『俺ちゃんも疲れたけど幸せでもあったぜ!』
ようやく目的地に到着した俺たちはここで初めて自由を実感した、いや全然引き綱つけられてるし自由ではないけどな?
それだけ開放感が凄いし長時間の移動だったんだ、約半日好きに動き回れずやれることと言えばぼーっとする飯を食べる仲間と話す寝る、訓練と言えど運動ができる日々とは大きく異なっている……これ今から運動出来たりする?さすがの俺もさっぱりわからん。
いや元々別に知識豊富ってほどじゃないし、馬だし、わからないものはわからない。
「これが今年の日本の目玉?」
「栗毛が話題になったティトゥスと同世代の女王だってさ」
「へー、きれいな栗毛、アメリカ人が好みそう」
いやー、それほどでも……あるな!!!!!!!!
……うん?