第10話 俺、セット販売はしない
そっちの子とは、と思うが早いか俺の後方で不機嫌そうにブフンと主張してくる……そうクソマイペース野郎マルである。
お前俺がモモとシロと駆けっこしてた時寝てたよな?いつ起きた?起きたとしてなんでこっちに来た?かわいいベイビーと言い難い俺たちの中で一番立派な体躯してるお前が来たら俺のベイビー比しなやかボディな俺が目立たなくなっちゃうだろ空気読めよ!
「なんだマル来ちまったのか」
「はは、なんだこっちはきれいに丸い大星だ、だからマルか」
『オイマル俺今大事なところだからあっち行ってこいって、ほら、モモとシロも構って欲しそうに見てるし』
やはり興味を持たれてしまった、オッチャンの意識を自分に戻すため手をハムハムしながらマルを遠くへ誘導しようとするが聞くはずもなくマルは俺の首をハムハムし始めた。
俺はオッチャンをハムハム、マルは俺をハムハム、なんだこの連結。
「ありゃあ、嫉妬深いのはモテねえぞー」
「二頭は仲がいいんですか?」
「ご覧の通りで一緒にいることが多いですね、今は馬房も一緒で」
「ああ離乳の……これは、別々にしたら恨まれそうだな」
苦笑いのジイサンと困ったようなオッチャン俺を挟んでマルのヤツは知らん顔である。
庭先取引の相場は知らない、知らないがおそらく俺は母ちゃんや姉たちの実績のおかげでそれなりのお値段がつくであろうことは想像に易い、サラリーマン数人の年収は軽く飛んでいくんじゃないか?オッチャンの財力はわからないがそんなお高い馬と同時に他もとなるのか、元庶民俺はマルを断固拒否する所存!嫌でござる!セット限定販売みたいな扱い嫌でござる!俺だけで買ってよオッチャン!
「ずいぶん立派だけど今回話がなかったのは他の人に?」
「ああ、いやそうじゃなくマルは初年度産駒なもんで」
「初年度産駒、その上この毛色っていうともしかして……」
「ご想像の通りで、だからハナと違ってオススメできるほどの要素はないんですよ、自分は走ると思うんですけどねぇ」
ジイサンとオッチャンがアレコレと言葉を交わしている、マルは新種牡馬の産駒だったのか、あと真っ黒な毛は父からの遺伝らしい。俺の父は母ちゃんがあの様子だったしいまだにさっぱりわからないのに先にマルの父馬の情報を得ちまったぜ。
しかしジイサンの言葉の感じだと俺の父馬は実績がある種牡馬なんだろうな、それはそうか牝馬ばかりだが順調に勝ち上がる複数の子を持つ母ちゃんにわざわざどうなるかわからない種牡馬をつける理由がないし、そうなると俺の父馬と姉たちの父馬も同じ可能性があるか。
……母ちゃんの腹の中の父馬も同じじゃないかって?記憶にございません。
母ちゃんのことは母ちゃん本人から聞いたりジイサンから聞けたので得意な距離や脚質なんかもわかっている、俺が成長する上で父馬のそういった情報も欲しいんだけど近いうちにぽろっと聞けたりしないかな、いくら親と子は別物と言っても競馬はブラッドスポーツ、遺伝は重大な要素でもちろん父母だけじゃなくご先祖様まで影響あるわけで一概にこの血統だからこう!なんてものはないが指針としてはわかりやすく試しやすい。
まあそういったものがなくたって元人間である俺にかかれば特訓はできちゃうけどね!これは効率の問題だ。
ジイサンとオッチャンが話している間改めて自分の聡明さと将来の明るさに酔い痴れる俺、きっとこの自意識の大変よろしいところは母ちゃんからの遺伝だな、これを裏打ちするためにも俺は母ちゃん以上に努力して母ちゃんが取れていないG1を優勝してみせよう。
「まあそんな感じなもんで、マルは1歳でセール出そうかって」
「うーん、二頭まとめてで話持っていけそう?なんだか縁感じちゃってさ」
俺、セット買いされそうでござる。