第一章 ジャバウォックの唄
やっと更新できました。
しょっぱなからアリスが災難に見舞われます。
周りの景色を眺めながら歩いていると、不意に足元の地面がなくなった。
いや、足元にぽっかりと大きな穴が空いていたという方が正しいかもしれない。
「え…にぎゃああああああああああああああああ!!!!!」
下を見ると、そこにはただ闇が広がっていた。
底が見えないほど暗く、深い穴。
私はその中を悲鳴を上げながら落ちていく。
不思議な歌と景色に囲まれながら。
そして周りが暗くなり、私の意識は途絶えた。
Welcome home, Alice...
We waited for you for a long time.
We love you.
Please never return.
Please be beside of us forever...
…頭が痛い…。
ふっと意識が戻り、私は起き上がった。
さっきの…夢だったのかな。
そう思い、辺りを見回してみるも、さっきまで私がいた場所とは全く違う。
大きなキノコが生えてるわ不思議な植物が生い茂っているわ、しまいには目玉が飛び出しそうな顔の変な鳥まで空を飛び回っていた。
「な…何ここ!」
ばっと立ち上がり、警戒しながら辺りにある武器になりそうな物を探す。
どんな変態が潜んでいるか分からないしね。
姉の忠告を聞いておいて良かったと思うよ、うん。
すると、鋭い小枝が足元に転がっているのを見つけた。
私はそれを拾い、慎重に森の中を進んでいく。
―☆―☆―☆―☆―☆―
黒薔薇で飾られた庭園の中に大きな屋敷がある。
最上階の窓からは、煎れたての紅茶のいい香りが漂っていた。
その窓の奥には小さなテーブルと椅子が並べられ、そこに一人の男が座っていた。
「………?」
窓辺で優雅なティータイムを楽しんでいた彼は、この世界にやってきた「ある人」の気配に気付き、立ち上がる。
窓の外を覗くと、ちょうどタルジイの森の真ん中に一人の少女が落ちていく最中だった。
「あらあら…また派手な登場だねぇ、アリス。」
彼は口元に笑みを浮かべ、隣に置いてあるシルクハットを被る。
そして窓辺に足をかけ、呟いた。
「今、迎えにいくよ〜」
その言葉を最後に、彼は窓枠に足をかけ、かなりの高さであろうそこから飛び出した。
―☆―☆―☆―☆―☆―
私は今、危機的状況に置かれている。
何故かって?
いや、それはもちろん…
「グオォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!」
「ぎゃああああああああああああああ!!!!!!!!!」
巨大ドラゴンみたいのに追いかけられているからでございます。
めちゃくちゃ怖い!
だって、尻尾踏んだぐらいでこんなに怒るとは思わなかったんだもん。
そう。
さっき森の中歩いてたら間違って尻尾踏んじゃったんだよ。ムギュって。
そしたら、いきなり暴れ出して…現在に至る。
「ちょっと!そんなに吠えないで!耳があぁ!」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」
…さっきよりもデカい声で吠えられた。
あー…そろそろ限界だわ。
何か、息も上がってるし、足痛い。
でも死にたくない!
すると、いきなり背後で音が止んだ。
後ろを振り返ると…さっきまで怒涛の勢いで私を追いかけていた巨大ドラゴンみたいなのが止まっている。
しかし、振り返ったのがいけなかった。
足元に注意を払っていなかった私は木の根っこのようなそれにつっかえ、地面に転がる。
次の瞬間、頭に感じた衝撃と共に私の意識は途絶えた。
―☆―☆―☆―☆―☆―
「ねぇ、ジャバウォック。アリスが死んだらどうしてくれるの?」
ズレたシルクハットを直しながら、男は言った。
「オレの知ったことじゃねぇよ。コイツ、オレの尻尾踏みやがったんだ。」
ジャバウォックと呼ばれたドラゴンが答えると、男は鋭い視線をジャバウォックに向ける。
「それだけ?たったそれだけで、アリスを殺そうとしたわけ?」
「他に理由なんかあるかよ!」
ジャバウォックが答えると、男はいきなり剣を抜き、ドラゴンの喉に突きつけた。
「そ。じゃあ、今すぐ全身の皮剥ぎ取って帽子の材料にしてあげるよ。骨も使うから安心して。」
「じょ…冗談じゃねえ!やるかテメエ!」
喧嘩をふっかける不良のようなセリフを口にして、ジャバウォックは翼を広げる。
ただでさえ恐ろしい容姿のこのドラゴンが翼を広げた姿はさらに威圧感があるだろうに、男は怯えるどころか逆に笑ってみせた。
「私と殺り合って勝てる自信があるんだったらね。」
男の態度に激し、目に怒りの炎を宿したジャバウォックが何か言いかけたその時、男の目の色が変わった。
「戻れ。」
彼は地面に剣を突き刺し、こう言い放った。
だが、ドラゴンの方は頑固でその場から動こうとはしない。
本心では恐怖を感じているだろうに、本人はそれを認めようとしないのだ。
「戻れ…だとぉ?誰が戻るかよ!まずはその女を始末す…」
「戻れと言っているのが聞こえないのか、貴様!!!」
男の口調が、変わった。
今までの軽薄な雰囲気が消え、とてつもない殺気がジャバウォックを襲う。
「……!!!」
それが、最終的にジャバウォックを退かせるきっかけになった。
心に恐怖を植え付けられたまま、ドラゴンは森の中心へと飛んでいく。
「やっぱり後で材料にしようかなぁ〜。」
先程とはうって変わった呑気な声で、彼は逃げていくジャバウォックを眺めていた。
そしてアリスの傍に膝をつき、彼女を抱き上げる。
「さ、お家に帰ろうねぇ〜♪久しぶりの、二人だけのお茶会を開こうよ。」
腕の中でまだ意識を失ったままのアリスに彼はニコリと笑いかけ、その場を去った。
夕火の刻
粘滑なるトーヴ
遥場にありて回儀い
錐穿つ
総て弱ぼらしきはボロゴーヴ
かくて郷遠しラースのうずめき叫ばん
『我が息子よ、ジャバウォックに用心あれ!
喰らいつく顎、引き掴む鈎爪!
ジャブジャブ鳥にも心配るべし、そして努
燻り狂えるバンダースナッチの傍に寄るべからず!』
ヴォーパルの剣ぞ手に取りて
尾揃しき物探すこと永き渉れり
憩う傍らにあるはタムタムの樹
物想いに耽りて足を休めぬ
かくて暴なる想いに立ち止まりしその折
両の眼を炯々と燃やしたるジャバウォック
よそよそとタルジイの森移ろい抜けて
怒めきずりつつもそこに迫り来たらん!
一、二!
一、二!
貫きて尚も貫く
ヴォーパルの剣が刻み刈り獲らん!
ジャバウォックからは命を、勇者へは首を
彼は意気踏々たる凱旋のギャロップを踏む
『さてもジャバウォックの討ち倒されしは真なりや?
我が腕に来れ、赤射の男子よ!
おお、芳晴らしき日よ!
花柳かな!
華麗かな!』
父は喜びにクスクスと鼻を鳴らせり。
夕火の刻
粘滑なるトーヴ
遥場にありて回儀い
錐穿つ
総て弱ぼらしきはボロゴーヴ
かくて郷遠しラースのうずめき叫ばん
次回、ティータイムを楽しんでいた彼が登場します。
一番最後の詩はルイス=キャロルが作った「ジャバウォックの唄」です。
ジャバウォックという正体不明の怪物が主人公に退治されるという物語です。
ナンセンスな詩と言われているそうです。
詳しくはWikipediaで調べると出てきますよ。