6.出した手紙とリリスの趣味
『リリス、そろそろ返事が来るのではないか?』
そわそわと、ガー様が本日10回目くらいの質問をしてくる。
「来ませんよ、ガー様、そもそも返事は来ないですよ」
リリスは素っ気なく答えた。
古道具屋で購入した美しい人形に、四年前に非業の死を遂げているはずの大公夫人が入っているらしい事を知って、三日経つ。
美しい人形のガー様が言うには、大公夫人たるガー様は亡くなっておらず、ガー様は大公夫人の魂そのものである、との事。
でもリリスは、もしかしたらひょっとしたらガー様は大公夫人の幽霊とか怨念の残渣で、この美しい人形は当初の予想通り呪いの人形だったりするんじゃないのかなあ、なんて考えている。
本当は死んでしまっているけど、本人は気付いてない的な?
しかし今の所、リリスには呪いの人形の側にいる影響は出ていない。
意識はしっかりしているし、初日以降、体の不調もない。
なので、たとえガー様が呪いの産物であったとしてもいいか、とリリスは思っている。
今はガー様のお願いを出来るだけ聞いてあげて、もし、ガー様が呪いの何かであったとしても、願いが叶って成仏的なことができるといいな、と思えてきていた。
リリスはけっこうガー様が好きになっているのだ。
魔力の質が同じだからというのもあるかもしれないが、動かぬ人形のガー様から満ち溢れる自信や強い輝きは自分にはないもので、憧れるし、惹かれている。
そんなガー様のお願い。
それは、ランスロット・ドミニク大公閣下に会うことである。
『わたくしの正体にも納得したようだし、早速だが頼みがある、リリス』
ガー様と言葉を交わした初日に、ガー様はすぐにそう切り出した。
『あの男に会いたいのだ』
と。
「あの男とは、えーと、大公閣下ですか?」
『無論だ』
「おおー」
ドキドキしてくるリリス。
(そうだよね、み、操を立ててるんだものね。生涯この人、と決めて愛してるのよね)
うわあ、と顔が火照る。
こんなに偉そうなガー様が一人の男への愛を誓ってるなんて、何だか、うわあ、だ。
『リリス、何を赤くなっているんだ?』
「こほん、いえ、大丈夫です」
『早急に会いたいんだ、わたくしのこの状態を解決できるのは、あの男だけだ』
「ん? 解決?」
(あら? 愛しているから会いたいんじゃないのかしら?)
リリスのドキドキが萎む。
『ああ、この魂が元に戻るには、あの男の口付けが要る』
「へっ、く、口付け?」
おっと、急展開ではないか。
ドキドキが復活するリリス。
そして、続くガー様の言葉にリリスのときめきは最高潮となった。
『わたくしは自分に呪いをかけて肉体と魂を分けた、解呪方法も設定してある。呪いを解くには愛する者の口付けが必要だ』
「うわあ」
声に出して、真っ赤になるリリス。
なんてこと、やっぱり愛だった。
こんなに高飛車なのに、ガー様ってば、なんという乙女チックな呪いの解き方にしてるんだろう。
ランスロットのことは基本 “あの男” 呼びだが、しっかり好きみたいだ。
(ええー、なにそれ可愛い。ガー様ってば可愛い。やだ、可愛い)
『リリス? どうした』
悶えるリリスにガー様は怪訝そうだ。
「あ、いえ、ちょっと、ギャップに萌えまして」
『ギャップ? まあいい、とにかく会う必要があるんだ。あの男にわたくしの声は聞こえないだろうが、この人形はわたくしの嫁入りで持参したもの、すぐに何か気付くであろう。後はリリスがわたくしの言葉を伝えてくれればよい』
「なるほど、でもガー様、問題があります」
リリスはそっと片手を上げて、異議をとなえた。
『なんだ?』
「会わせてあげたいのは山々なんですけど、私ではガー様を大公閣下に会わせるのは難しいかと」
『なぜだ? 面会の申し込みをすればよい』
「うーむ、えーと、ですね」
リリス・グレイシーは子爵令嬢だ。
そしてグレイシー子爵家はとても平凡な家である。うなるような財力はないし、実は有力貴族と血縁関係がある訳でもない。領地は大きな問題はないがこれといった旨味もなく目を引くような特産品もない。
つまり貴族界隈での地位は低い。
社交的な母や長姉の友人に伯爵夫人くらいならいるし、次姉の嫁ぎ先はまあまあ稼ぎのある子爵家だけれども、強力なコネと言えるほどのものではない。
そんな吹けば飛ぶような家のしかも三女。もはや何者でもないリリスの面会の申し込みなど、ランスロットが受けるわけがない。
あちらは大公閣下で、しかも城の魔法塔の長官でもある優れた魔法使いである。世界が違いすぎる。
そもそも強力な紹介状もなしの子爵令嬢の申し込みの手紙はランスロット本人に届きすらしないだろう、使用人によって処分されるだけだ。
リリスはそういった事情を説明したが、ガー様は腑に落ちない様子になった。
『手紙を中身も見ずに捨てはしないだろう』
「するんですよ、ガー様」
『重要なものが紛れていたらどうするのだ? わたくしは全てに目を通していたぞ』
「……」
それは、執事さんとか侍従さんによって振り分けられた後の分だと思う。
「お城や大公家になんて、星の数ほど面会やお願いの手紙が来るんです。そんなの本人が全て確認は無理です。差出人である程度選別しているはずですよ」
どうやらお姫様だったガー様はちょっと感覚がずれているようだ。
何だかお姉さんになったような気分になるリリス。ガー様に対して不思議な庇護欲も湧いてきてしまう。
この後も手紙は出しても読まれない、と説明はしたのだが、ガー様は全然納得してくれなかった。リリスは仕方なく、先日ドミニク大公宛で面会をしたい旨をしたためた手紙を送ったのだ。
そして本日もガー様は朝からその返事を気にしている。
「返事は難しいと思いますよ。万が一、来たとしても断りの返事です」
『急ぎ会いたい、と書いたのであろう?』
「書きましたよ、書きはしましたけどね。そもそも読まれないんですってば……まあいいか、ガー様、来ない返事を気にしてても時間の無駄です。ささ、こっちに集中してください」
リリスは、そわそわするガー様を無視して、その前に手のひらの大きさほどの小さなドレスを三着並べた。
「新しいドレスはどれがいいですか?」
聞きながらニマニマしてしまう。
我ながら、どれも可愛く出来ていると思うのだ。
この三着の小さなドレス達は全てリリスの手作りである。どれもたっぷりとフリルやレース、リボンが使われている。襟ぐりは首もとまで詰まっていて袖はパフスリーブ、スカートはボリュームが大きくてたっぷりと広がるデザインだ。
『……ここから選ぶのか?デザインが古くないか?』
「染みだらけのドレスは嫌なんでしょう?」
ガー様が元々来ていたドレスは、洗っても取れない染みがたくさんあり、ガー様が苦言を呈されたのは今朝のことだ。
では、私が作りましょう。人形サイズなら作れると思います。サンプルがありますよ、とリリスが引き出しから取り出したのが自信作のこの三着。
この小さなドレス作りはリリスの唯一の趣味だ。
小さい頃に母の娘時代のふりふりのドレスを見て以来、とにかく少女趣味でロマンチックなドレスが大好きになった。
昨今のドレスの流行は“カッティングの美しさで魅せる”、“シンプルで上質な生地感を楽しむ”、“さりげないダーツやチラ見せのレース”等々なのだが、リリスからすればそんなものくそ食らえだ。
フリル万歳! レース万歳! リボン万歳! 装飾過多万歳! なリリスである。
ドレスはふりふり一択だし、扇子や日傘にもたくさんのレースは必須だと思う。
帽子もツバが広くて花飾りやリボンなんかが付いてなくては、もはや帽子じゃないとリリスは考えている。
これらの趣味は完全に時代遅れなので外では言ってないし、母と姉達にも公にはしていない。
そして、そんな時代遅れのドレスは既製品では売っていない。
でも、ふりふりのドレスが欲しい、売ってないなら作ろう、とリリスは決意する。
さすがに本物を作る技術はなかったので、こうして小さなドレスを趣味で作っては鬱憤を晴らしているのだ。
母や姉達は何も言わないけれど、ふりふりなミニチュアドレスを作っているのはバレていると思う。
リリスが隠しているのも知っていて、そっとしておいてくれているのは優しさだ。
『それしかないなら仕方あるまい、ではその白と水色のものにしてくれ』
ガー様が渋々選ぶ。
「さすがガー様、お目が高いですね。これは母の若い時のドレスを真似てて、私の作品第一号です。ふふふ、じゃあ、これでガー様サイズを作りますね!」
リリスの顔が弛む、自分の作ったドレスを人に着てもらえるなんて夢みたいだ(ガー様はリリスにとって、もはや人である)。
腕が鳴るではないか。
リリスはうきうきと棚からレースやらリボンやらを引っ張り出した。