36.お礼SS 大公家に戻った夜
久しぶりの投稿です。
ガーベラ視点。体に戻った日の出来事。
四年ぶりだ。
四年ぶりに生身の体に戻ったガーベラはランスロットにお姫様抱っこされた状態で、大公家に帰ってきた。
女主人の帰還だというのに抱っこされてなんて格好悪いが仕方ない。生身の体が久しぶりすぎて歩くのはまだ足元が覚束ないのだ。
だが、ホールに居並ぶ使用人達の前である。立つくらいはしたい。
「おい、もう降ろせ。これでは示しがつかない」
ガーベラがそう訴えると、ランスロットはため息を吐いてガーベラに頬ずりをしてからそっと降ろしてくれた。
(今の頬ずり必要だったか?)
出迎えの使用人達に頬ずりを見られたのはちょっと恥ずかしかったので、ガーベラはほんの少しだけ頬を赤く染めた。
それから彼らに向き直り堂々と告げる。
「今、戻った」
「「「…………」」」
使用人達は口をあんぐり開けてガーベラを見ていた。
「む?」
ここは一斉に“おかえりなさいませ”ではないだろうか。
大公家の使用人が何たる態度だと注意しようとすると執事が口を開く。
「お、おお奥様?」
「そうだ」
「えっ、奥様? ま、まことに奥様ですか? 旦那様、これは」
老獪な執事が狼狽えている。この執事がこんなに慌てるのは非常に珍しい。初めて見たんじゃないだろうか。少々小気味よくなるガーベラ。
(ふむ、わたくしは死んだことになっていたし驚くのも無理はないか)
ガーベラは寛大な心で執事を咎めたりはせずにランスロットを見上げた。ここは自分が何か言うよりこの男から伝えた方が混乱が少ないだろう。
ランスロットが穏やかな笑顔を執事に向ける。その笑顔に目を見開く執事と使用人達。
ランスロットのこんな笑顔も実に四年ぶりなのである。
「正真正銘、妻のガーベラだ。事情があって取り戻すのに時間がかかった」
端的すぎるランスロットの説明だが、主の言葉が少ないのに慣れている執事は突っ込んだりはしなかった。
「左様でございましたか。最近、サイラス様とグレイシー嬢とともに忙しくされていたのはこのためですか?」
「そうだ。手間をかけたな」
柔らかな声で労いの言葉がかけられる。
ランスロットのこういう声も四年ぶりなのだろう。執事は一瞬目を潤ませてからすぐに居住まいを正した。
「とんでもございません。奥様、大変失礼いたしました。おかえりなさいませ」
そう言って顔をあげた執事はいつもの沈着冷静な様子に戻っていた。彼は後ろの侍女達を振り返ってさっそく注意をする。
「何をしているのですか? 奥様はお疲れです。すぐに湯あみとお着替えを」
「「「……はっ」」」
執事の声に弾かれたように我に返る侍女達。だがこちらはとてもじゃないが冷静ではいられなかったようだ。
「お、おく、さま!」
「本当に奥様なのですね!」
感激の悲鳴をあげた侍女達は我先にとガーベラに近寄ってくると、ガーベラをもみくちゃにした。
「きゃー、奥様! 奥様!」
「幽霊じゃないの!?」
「うわっ、さわれる!」
「うわーん、あったかい!」
「奥様ぁ、奥様だ! よかった!」
「おいっ、…………」
ガーベラは侍女達を制止しようとしてやめた。
女主人をベタベタ触るなんて大公家の侍女がすることではないが、なにせ四年ぶりなのだ。
それに侍女達の手も声も温かくて喜びに満ちている。水を差すのは無粋だろう。
(…………仕方あるまいな)
ガーベラだって、久しぶりの我が家や侍女達は懐かしくて嬉しい。
「とにかく湯あみですね!」
「すぐに湯を張りますね」
きゃあきゃあとはしゃぐ侍女達はガーベラを胴上げみたいに抱えて運び出した。
どうやら自分はこのまま拉致されるようだ。
「リリス!」
ガーベラは顔だけ後ろに向けてこちらを見守っているリリスへと声をかけた。
「礼は後でゆっくりする」
何とかそれだけ伝え、夫婦の寝室へと運ばれた。すぐにお風呂である。
「少し髪の艶がなくなられていますね」
「お肌も乾燥しています」
「全体的に埃っぽいです」
「くうっ、お労しい。すぐに艶々のピカピカにしますからねっ」
使命感に燃える侍女達にもっちりした泡で洗われ、頭皮のマッサージを受け、髪と全身に香油が塗られた。
それから余分な香油を洗い流し、髪と体を乾して分厚い寝間着に着替える。
鏡を見るとそれなりに艶々ピカピカにはなっていた。
「うむ、ありがとう」
礼を言って侍女を下がらせる。侍女達は名残惜しそうに部屋を出ていった。
「…………つかれた」
一人になったガーベラは広いベッドに体を投げ出して呟く。窓の外ではもう日が落ちていた。
生身に戻ったのは朝だったのだが、押し入った後の処理やなんやかんやで帰ってきたのは夕方だったのだ。
体全体に薄い膜が張っているようで気怠い。まだ上手く体に馴染めていないのだろう。
このまま寝てしまおうかとうとうとしていると、ノックがされて返事をする間もなくランスロットが入ってきた。
「…………ガーベラ?」
部屋を見回してベッドに横たわるガーベラを見つけたランスロットが不安げな声で名を呼ぶ。
起き上がって返事をしなくてはと思いながらもまどろんでいると、足音を忍ばせてベットに近づいたランスロットが恐る恐る自分を覗き込む気配がした。
ぱちりと目を開けてやるとランスロットが息を呑み、じっとこちらを見つめてくる。それから何も言わずにそっとガーベラの頰に触れてきた。
その手は震えていた。
「あたたかい」
ぽつりとこぼす夫。
ガーベラはふんっと鼻から息を吐いてやった。
「当たり前であろう」
「ああ、ガーベラ」
くしゃりと顔を歪めるランスロット。今にも泣きそうだ。
「よかった。夢ではなかった」
掠れた声でランスロットは続け、ガーベラの頰を撫でる。
どうやら少しの間離れていただけで、不安が募ったらしい。
大の男が情けないと思わないでもないが、泣きそうな夫の顔に絆されてこちらも注意するのはやめておいた。
(そもそも愛が暗いというか、重い男であるからな)
ガーベラは自分を見つめるランスロットを見つめ返す。ガーベラだってけっこう会いたかったのだ。
ゆっくりと手を伸ばすと、ランスロットがベッドに腰掛けて身を近づけてくれたので、その髪と額に触れた。
「ガーベラ……」
ランスロットがガーベラの背中に手を回し優しく抱き起こす。
ガーベラもその背中に手を回した。こうして慣れた寝室で抱きしめ合うのはとても安心する。
帰ってきたのだな、とガーベラは思った。
ランスロットの手がガーベラの頭をなぞり、耳の下にキスが落とされた。
その手や唇にはまだ甘さはない。
「…………」
まだないがしかし、甘くなる予感がする。ここは早めに伝えておくべきだろうとガーベラは口を開いた。
「今日は閨はしないぞ。本調子ではないのだ」
ぴたりとランスロットの手が止まる。それから身を離し呆れた目をガーベラへと向けてきた。
「あなたは本当に、身も蓋もないな」
「意思の疎通は大切だろう。こういうことは特に」
「そうだが……もう少し言葉を、いや、いい。こんな夜に小言は言いたくない。そして今夜はあなたに手を出すつもりは元々ない」
「なんだそうなのか」
「当たり前だろう。病み上がりのようなものじゃないか。軽い食事を持ってきたが食べられるか」
言われて顔を巡らせると、ベッドサイドにはスープとパンの乗った盆が置かれていた。
食べ物を見ると途端にお腹が空いているような気がしてきた。四年ぶりの体は正常に機能しつつあるようだ。
「いただこう。お前はもう食べたのか?」
「簡単に食べた。グレイシー嬢も今頃、部屋で食べているだろう」
リリスの名前が出てきて、ガーベラの頰が緩む。あの茶髪の乙女はなんだかんだでのんびり過ごしているのだろう。
「名前だけであなたにそんな顔をさせるとは、グレイシー嬢には少々妬けるな」
ガーベラの笑みを見てランスロットがそんなことを言う。ガーベラは鼻で笑って「夫のくせに、懐が狭いぞ」と返してやった。
それから夕食にかかる。用意されていたのは温かなカボチャのスープとレーズン入りの白パンだった。どちらもガーベラの好きなものである。
ガーベラは家に帰ってきたことを再び実感しながら、ゆっくりとパンとスープを味わい、その夜はランスロットに抱きしめられて眠った。
❋❋❋
そうして翌日、昼過ぎに起きたガーベラはすっかり元の調子に戻っていた。
「心配をかけたな、完全に復活したぞ」
「そうか」
「ああ、この手を離せ。もう起きる」
「ガーベラ」
「む、なんだ? あ、おい、手つきがいやらしいぞ」
「知っている」
「なっ……!おい、まっ昼間だぞ!」
「知っている」
「なん」
唇を塞がれるガーベラ。あとは流されて夫婦の甘い時間となった。
お読みいただきありがとうございます!
こちらの作品ですが、富士見L文庫さんより書籍化していただけることになりました。
2026年6月15日発売予定。イラストは縞様。
宣伝用バナーをいただいたので貼ってみたのですが、下にちゃんとあるかな?
すごいなあ、すごいですね。
読んで応援いただいた皆様のおかげです。本当にありがとうございます。
ということで、感謝と宣伝を兼ねてのSSでした。
お楽しみいただけていれば嬉しいな。
また、こちらから公式サイトへもいけるはずです。よろしければ是非覗いてみてください。
https://lbunko.kadokawa.co.jp/product/322512001057.html




