34.リリスの三役
数日後、ガーベラに招かれたシオンが大公邸へとやって来た。
「大公夫人、この度はお招きありがとうございます」
お茶会らしい軽やかな正装で現れたシオンはガーベラに恭しく挨拶をした。
「お元気な姿でお会いできて光栄です」
「堅苦しくしなくてよいぞ。お前には感謝している」
「私は何もしていませんよ」
「お前がリリスを信じていなければ、わたくしは今ここにいなかったのだ。我が家への訪問はあの男を出し抜くような行為でもあったし、よく実行してくれたと思う。礼を言う」
「お言葉は頂戴しておきます」
ガーベラが頷き、シオンはリリスの方を向いた。
「リリス嬢、本日はご一緒できて嬉しいです」
ガーベラへの畏まった表情とは打って変わってシオンがとろりと優しく微笑む。
(…………あれ、なんか優しくない? こんな感じだったっけ?)
驚くリリス。
シオンが自分に向ける目は、警戒するような硬い眼差しが多かったと思うのだが、いつの間にこんなに優しい目になっていたのだろう。
胸がドキドキしてくる。
少し前に、気にされてるのかも、と変に思い上がったせいで意識もしてしまう。
「こ、こちらこそ、嬉しいです」
リリスはどもりながら返事を返した。
お茶の席ではおそらくシオンの隣になるのにどうしようと焦る。
(落ち着け、落ち着こう。思い出してリリス、友人認定されてたでしょ。きっと友人としての態度だから)
胸に手をあてて深呼吸する。
友人だと納得した時に、なぜか、つくんと胸は痛んだが落ち着くことには成功した。
テラスに用意されたお茶席に三人で座る。ガーベラの後ろにはサイラスも控えていて「子猫ちゃん、元気そうだね」と挨拶された。
「城では夫人の話題で持ちきりですよ」
シオンが紅茶に口を付けてから言う。
城には既にガーベラが生きていたことが報告され、皇太后によって貴族達への周知があったのだ。
「そうであろうな」
「大公閣下は対応に追われています」
「わたくしは死んだことになっていたからな。関係各所への説明や事務処理に、済んでしまった相続のやり直し、わたくしの祖国への連絡もあって大忙しだと聞いている」
因みに、ガーベラは監禁されていた塔で呪いを受けて四年間眠ったままだったということになっている。
ランスロットの懸命な看護の結果、やっと目を覚ましたという設定だ。
人形であったことを知っているリリスとシオン、それにいきなりガーベラが帰ってきたことを知っている大公家の使用人達には、口止めがなされた。
「閣下はとても生き生きされてますけどね。お帰りも以前に比べると驚くほど早いです」
仕事に復帰したランスロットは、夕食の時間にはきちきち帰ってきている。
前は帰宅は深夜が多く、泊まり込むことも多かったようなので劇的な変化だ。
「それにしても休日も城へ出向くのだぞ。各所への挨拶はわたくしが行くと言っているのに、頑として拒む。確かに社交は四年ぶりであるが少々過保護ではないか?」
「いきなりガー様が来たら、相手はびっくりしちゃいますよ」
「皇太后と王太子に会われるのが先ですしね」
リリスとシオンの突っ込みに、む、と唸るガーベラ。
「閣下は手続きが全部終わってちゃんと土台ができてから、少しずつ復帰してほしいんですよ。あと、何よりガー様を独り占めしたいんだろうなあ、と思います」
リリスの付け足しに再びガーベラが唸るが、その耳は赤い。
ランスロットは屋敷に帰るとずっとガーベラにべったりだし、隙あらばすぐに部屋へと引っ張り込んでしまうので、心当たりはしっかりあるのだ。
「ふ、ふん! だが待っているのも飽きた」
ガーベラはぐいっと紅茶を飲むと、得意気にこう続けた。
「だからわたくしは既に動き出している」
「「動き出している?」」
少々物騒な言葉に、リリスとシオンの声が揃う。
「ふはは、お前達には特別に教えてやろう。一ヶ月後、わたくしは大公家の庭で大規模なガーデンパーティーを開く予定だ」
「「ええっ!?」」
「王都中の貴族を招待してやるのだ。だな、サイラス」
ガーベラが後ろに控える侍従を振り返ると、銀髪の美形はにっこりする。
「はい。本日、招待状を送ったので明日には王都中の貴族の家に届きますよ。お嬢」
「ええっ、もう招待状まで送ってるの!? 閣下は知ってるんですか?」
リリスが聞くと、ガーベラは嬉しそうにニヤリとした。
「今晩、教えてやるつもりだ」
「知らないんじゃないですか」
「言うと止められるからな。規模も小さくされる。花や料理は既に手配済みなのだぞ。横やりが入っては困る」
「横やりって……そりゃ、もちろん止めますよ。復帰直後にそんな大きなイベントするなんて無茶です。しかもガー様は主役なんですよ」
リリスの言葉にシオンも頷いてくれる。
ガーベラは四年間、人形だったのだ。社交は最新の情報と積み重ねた付き合いが大切なのである。いきなりの大舞台は難しいのではないだろうか。
「案ずるな。困れば、病み上がりだから容赦しろと言えばいい。そしてリリス、他人事のようにわたくしが主役だと言うが、お前も主役なのだぞ」
「うん?」
リリスは本気で首を傾げた。
未だかつて、夜会やパーティーで主役となったことはない。いつでも地味な壁の花なのである。そんな自分が主役とはどういうことだろう。
「やれやれ、お前も大公家から出ていないから情報に疎いな。リリスよ、最近の自分がどれだけ注目されているか知らないのか。お前は今やあの男の愛人で愛妾で後妻だ」
「あ、愛人で愛妾で後妻?」
リリスは一人なのに役が多い。
「おまけにわたくしが生きていたからな、どろどろの三角関係なのだ」
「ええええ!」
そんな話、初めて聞いた。いや、艶めいた噂をされてるっぽいのは聞いていたが、その三役に三角関係は聞いていない。
(そういえば最近、執事さんは新聞とか雑誌を見せてくれなくなってた……)
さりげなく隠されるからあんまり気にしてなかった。ちらりとシオンを見ると、困った顔で頷かれてしまう。
ばっちり本当らしい。
「そんな……それなら、私はそのガーデンパーティーは欠席します」
見世物にはなりたくない。
力無く宣言するリリスだが、ガーベラはきっぱりと否定してきた。
「阿呆かリリス。逃げてどうする。こういう時こそ堂々と出てやるのだ」
「何言ってるんですか、愛人で愛妾で後妻ですよ。どんな顔して行くんですか」
「誰が愛人で愛妾で後妻として出ろと言った。その疑惑を払拭するのだ。いいか、パーティーでわたくしは己が健在で、あの男との仲が変わらぬことを見せつける。お前は一人のデザイナーとして確固たる地位を築きつつあることを見せつけるのだ」
「…………」
そんなことできるかな? と思ったのはガーベラに伝わったらしい。ガーベラの目に力が入った。
「やるのだ、リリス。お前はただ自信を持って笑っていればよい。後は勝手に周囲が納得する」
「そういうのは苦手なんですけど」
社交の場でリリスが得意なのは気配を消すことと、愛想笑いである。
「いいや、お前なら出来る。わたくしももちろん後押ししよう。パーティーで着るドレスはお前が人形のわたくしに作った黒いドレスにするつもりだ。既にカーラ夫人に注文してある。当日は宣伝しまくるのだ」
「!」
リリスは目を見開いた。
自分の趣味が詰まった人形ドレスが、本物のドレスになるのだ。しかも纏うのはガーベラ。
物凄く嬉しい。
絶対に似合うだろう。
是非、パーティーに参加してそのガーベラを見たい。むくむくと前向きになるリリス。笑ってるだけなら出来そうな気がしてくる。
「カーラ夫人は、リリスのパーティー用ドレスも作らせてくれと言っている。明日にでもわたくしと店に行くぞ」
「えっ、私も作るんですか」
「当たり前だ。ドレスは戦闘服であるぞ。武装して挑むのだ」
「は、はいっ」
「エスコート役も付けるぞ」
「はいっ」
「サイラス!」
「へあっ」
ガーベラが呼んだ名前にリリスの声はひっくり返った。
「はーい。俺が子猫ちゃんをエスコートすればいいってことですね?」
うきうきと寄ってくるサイラス。
「うむ。一通り出来るな?」
「叩き込まれてます。出来ますよ。安心してね、子猫ちゃん」
「え、あの、ちょっと」
(サイラスさんのエスコートは、なんか怖そうなんだけどな。出来ればパスカル義兄さんがいいな)
そう思うリリスを無視して話は進む。
「お前は見た目は文句無しに美しいからな。映えるであろう」
「お任せください」
「当日は謎の貴公子ということでリリスを」
ビシッ。
だがここで、サイラスに指示を出すガーベラの言葉を遮って硬質な音が響いた。
「む?」
ガーベラが音の出た方を見る。リリスもそちらを見ると、シオンの持つカップに大きなひびが入っていた。中の紅茶が凍って割れたようだ。
「シオン様、カップが……手は切れてませんか?」
リリスはびっくりしてシオンの手元を見る。
シオンはなぜか怖い笑顔でにっこりした。
「切れていません。すみません、動転して水魔法が暴走しました」
「ぼ、暴走?」
「リリス嬢。よろしければ、ガーデンパーティーでのエスコート役は私にしてくれませんか?」
迫力あるにっこり笑顔のまま、シオンは流れるようにそう申し出てきた。
「へっ、えっ、もちろんいいですけど」
反射的にリリスは承諾した。
サイラスのエスコートは避けたい。そして反射で同意するくらいにシオンのことは信頼している。
「大公夫人。私はこれでもラズロ伯爵家の嫡男で、魔法塔での実績もそれなりにあります。閣下からの信頼も篤いと自負していますし、社交の経験もある。謎の貴公子より私の方が適任ではないですか?」
シオンはすらすらとガーベラにも自身を売り込む。
「ふむ……」
ガーベラはじろじろとシオンを見た。
思案した後「そうであったか」と独りごちる。
「リリス、お前、なかなかやるではないか」
「えっ? 何をですか?」
リリスには何かをした心当たりはない。
「ええー、お嬢。俺が子猫ちゃんのエスコート役がいいです」
自分のエスコート役がなくなる空気を察したサイラスが不満そうだ。
「諦めろ、サイラス。ラズロ伯爵令息の方が適任だ。リリスも承諾したしな」
「残念だなあ、残念だよ、子猫ちゃん」
「では、エスコート役はラズロ伯爵令息で決まりだな」
「ありがとうございます」
ガーベラの宣言にシオンが礼を言い、リリスのガーデンパーティーでのエスコート役はシオンに決まった。
次話が最終話です。
本日の夜に投稿予定です。




