31.不覚にも
ガーベラの居場所が判り、ランスロットは王都に帰った翌日にはアンドリューの小さな屋敷へと踏み込んだ。
サイラスと大公家の私兵も連れている。リリスもガー様を抱えて一緒に屋敷に向かった。
踏み込むにあたって、昨日中にサイラスの見つけた手紙を元に四年前の王太子への毒殺未遂で城への届け出はしてあった。
前国王が絡んでいることもあり、屋敷の制圧とアンドリューの確保は秘密裏に運ばれることとなっていた。
朝一番で踏み込み、屋敷を制圧したのだが、それは制圧したというほどのものでもなかった。
アンドリューの屋敷は通いのメイドと庭師がいるくらいで、護衛も何もいなかったのだ。
彼らは城からの書状を見せると、驚愕してすぐに指示に従った。
物音を聞いて玄関へ出てきたアンドリューは、やって来たランスロットを見るなり、ガーベラを取り返しに来たと察したのだろう。罵詈雑言を叫んで襲いかかってきたが、サイラスがあっさりと意識を落とす。
『この男……本当に全く知らんぞ。なぜわたくしに想いを寄せていたのだ? わたくしというより石像に一目ぼれしたのではないか?』
のびたアンドリューを見てガー様は心底不思議そうだ。
「一ミリも知らないですか?」
サイラスがなぜか呆れた様子で聞いてくる。
『一ミリも知らん』
「はあー、お嬢。言うつもりはなかったんですけど、俺はこいつを知ってますよ。夜会で何度かお嬢に変な視線を送ってきてました。俺、何回か忠告しましたよ、殺気を向けてる奴がいるって。その度にお嬢はあれは恋情だって言ってましたけどね。恋にしては暗かった」
『む、覚えはないな』
「お嬢、モテるからなー」
『仕方あるまい。お前ほどではないがわたくしも美しい』
自信満々のガー様。
訳しながらリリスは照れた。
「まあ、全く覚えられてないのはいい気味ですけどね。この顔もすぐに忘れてください」
のびてるアンドリューを蹴りつけるサイラス。石像とはいえ、ガーベラを寝室においていたことが許せないらしい。
「サイラス、無用に傷つけるな。城に引き渡すし、どうせそいつは終わりだ。それよりガーベラの元へ案内しろ」
ランスロットの指示に、サイラスが蹴るのを止めてアンドリューの寝室へと向かい出す。
階段を上り、二階に並んだ部屋の一つを開ける。中を覗いたサイラスは扉を大きく開くと、自分は脇へとどいた。
「どうぞ、閣下」
サイラスにとってガーベラは一番大切な主だ。そしてランスロットはその主が愛している人である。
対面はランスロットが最初であるべきのなのだろう。
ランスロットが部屋に足を踏み入れる。
「ガーベラ、グレイシー嬢も一緒に」
一歩入ってからそう言われ、ガー様を抱えたリリスも続いた。
広めの寝室。ベットとは反対側の窓の前に立派な絨毯が敷かれ、その中央に乙女の石像が鎮座していた。
石像は片膝をたててしゃがみ、両手は祈るように胸の前で組まれている。着ているのは簡素な寝間着のようだ。
顔にはアンドリューが被せたらしい花嫁のベールのようなものがのっていてよく見えない。ランスロットは忌々しげにそれを取り払った。
ベールの下から現れたのは、月の光の下で見た土人形にそっくりの乙女だった。リリスの腕の中のガー様がふるりと震える。
ランスロットは跪いて石像と目線を合わせた。
それから慈しむようにその顔を見つめ、片手を後頭部に沿わすとそっとキスをした。
ぱあっと石像が光に包まれる。
同時にリリスの腕の中のガー様も光りだした。
リリスはガー様が少し軽くなった気がした。
眩い光が収まると、ランスロットの前には生身のガーベラが現れていた。
木綿らしい寝間着の袖から白い腕がのぞき、黒い髪がはらりと肩から落ちる。
ゆっくりと動きを確かめるようにその瞼が上がり、藍色の瞳がのぞいた。
綺麗な色だとリリスは思った。深い海の色だ。
ガーベラは一度まばたきをした後、ランスロットを見て、リリスを見た。それからリリスの腕の中のガー様を見てその口角が上がる。
ガーベラは目線を再びランスロットへと戻すと、思い出したように組んでいた手をほどいた。
「四年ぶりであるな」
ランスロットへの言葉が空気を震わす。
相変わらずの低く力強い声。
「…………」
ランスロットの唇が揺れるが声は出ない。
「また呆けているのか?」
「…………ガーベラ、会いたかった」
吐き出すように告げると、ランスロットはガーベラの後頭部に回した手で髪を柔らかく掴み、もう片方の手でその頬をなぞった。
「それは人形の身の時に既に聞いた」
「あいたかった」
拙く繰り返すランスロット。ガーベラの頬の感触を確かめるように手を動かす。
「あいたかった」
「おい、それはもう聞いたと」
「あいたかったんだ」
「…………」
再び繰り返された言葉にガーベラは沈黙し、それからそっぽを向いて答えた。
「人形の身でも、いちおう伝えたのだが……………………その、なんだ、わたくしもだ。けっこう焦がれたのだぞ、不覚にも」
ふっとランスロットが笑う。
ランスロットは腕をガーベラの腰と肩に回すとしゃがんだままガーベラをきつく抱きしめた。
「おいっ」
体勢を崩して慌てるガーベラだったが、ランスロットは構わずに抱きしめ続ける。
「倒れるぞ」
「倒れない」
ほぼ浮いているガーベラをランスロットは離さない。
「…………」
やがて、ガーベラは仕方ないなというように自身の腕をランスロットに回した。
「ハッピーエンドだね、子猫ちゃん」
今度こその感動の再会にはらはらと泣いていたリリスの側にサイラスがやって来る。
「はいぃ、よかった。よかったよおぉぉお」
リリスは涙でべしょべしょになった。




