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私が購入したのは大公夫人のようです  作者: ユタニ


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30.兄の憎悪


馬車旅は順調に進み、きっちり五日後にリリスたちは国境の砦に着いた。


さっそく鍵を開けて、ガー様が幽閉されていた塔へと登る。鍵はランスロットが権力を使って手に入れていた。さすが魔法塔長官、ここは素直に権力に感謝する。


「じめっとしてますね……」

入って早々にカビの臭いが鼻をつく。

砦は防衛の拠点としての役割はなくなっており、長らく無人だったようだがそれにしても湿っぽい。元々湿気がこもる場所なのだろう。


こんな所に大公夫人がいたなんて、とリリスが顔を曇らせていると、ランスロットとサイラスの雰囲気もピリピリしだした。


「あー、あの野郎、もっと残酷な方法で」

『サイラス、やめろ』

「サイラス。グレイシー嬢の前だ」

サイラスの呟きはぴったり揃ったランスロットとガーベラによって止められた。


「どうしましたか?」

「何でもないよー、子猫ちゃん。お嬢はなんて?」

にっこりする銀髪の美形。


「この二階に幽閉されていた部屋があって、そこに隠し部屋があるのを見つけたらしいです。せっかく見つけたから隠し部屋で石化したって言ってます」

「ガーベラ。見つけてもらう前提なら隠さないでくれ」

ランスロットの小言。


『これくらい見つけられなくてどうする』

むっとするガー様。


「はいはい、喧嘩しませんよ。これから感動の再会なんですからね」

ちょっと慣れてきたリリス。


四人は目的の部屋に着くと、ガー様の指示に従って隠し部屋への入り口となる棚の細工を動かそうとした。


「…………」

細工に手をかけたランスロットが動きを止める。

「サイラス」

「うーん、最近動かした後があるね」

呼ばれた元暗部の男が頷く。


「えっ、誰か入ったんですか?」

「ここ、動く部分だけ埃が取れてる。床も棚を動かして擦れた跡がある。そんなに前じゃないね。俺が先頭で行こう。子猫ちゃんは、真ん中かな」

「誰か中に居るかもってことですか?」

気味が悪くてリリスは腰が引けた。


「どうだろうね。出入りしている様子はないからいないとは思うけど念の為」

「…………」

「ここに残るのは残るので、危険でしょ」

確かに一人残される方が怖い。リリスは付いていくことにした。


棚が動かされ、暗い空間が口を開ける。そこには下へと続く階段があった。

慎重に階段を降りると狭い部屋へと行き当たる。階段下のスペースを利用した部屋で、壁伝いの細い隙間が塔の最上部まで繋がっており真っ暗ではない。おそらく一階部分のどこかの裏側なのだろう。


隠し部屋にはしかし、ガーベラはおらず古びた木箱が幾つかあるだけだった。


『ここにいたはずなのだがな……』

「うそ、失くなってるんですか!?」

リリスは絶望の声をあげるが、ランスロットとサイラスは冷静だった。


床に手をつき、周囲を調べる。

「ここも動かした跡がある……重くて風魔法も使ったかな? 壁際にゴミが寄ってるね」

「ガーベラ、石化したあなたの重さはどれくらいだ?」

『元の重さと同じだ。水にも浮くし、強度はあるという優れものだ』

得意気なガー様。


「なら、一人でも持ち運べないことはないな。残っている足跡は一人のようだ」

「痕跡を隠しもしてないから、プロでもないね」

「辿るのは簡単かもしれないな、行こう」

「えっ、えっ、もう?」

展開の早さに付いていけないリリス。まだガー様本体がいなかったショックから抜けきれてないのだ。


『リリス、わたくしは盗まれているようだ』

「盗むって誰がですか?」

『それを戻って調べるのだ、行くぞ!』


ガーベラを盗んだらしい者の見当はすぐに着いた。最寄りの町の宿で聞き込むと、春に砦の結界魔法の点検で城の魔法使いが二人訪れていたのだ。


砦にも塔にも無理やりこじ開けた跡はなかったので、犯人はきちんと鍵を開けて入っている。正規のルートで入った者のはずなので、おそらくその魔法使いのどちらかがガーベラを盗んだのだろう。


「報告書の一覧に目を通したのは覚えているな。帰れば来た者の名前は分かる」

ランスロットが言い、来たばかりだがすぐに帰ることが決まる。

砦の魔法の点検に来た魔法使いがなぜ、それなりに重い乙女の像を盗んでいったのかは謎だが目星はついた。


帰りはサイラスが先行して帰ることにもなる。

「一人なら三日かからないから、報告書見て盗んだ奴とお嬢を探しておくよ」

ひらひらと手を振ったサイラスはすぐに姿を消した。



そうしてとんぼ帰りした王都で、サイラスはあっさり犯人とガーベラ本体の場所を突き止めていた。


「砦に派遣されたのは二名の魔法使いで、実際に点検したのはその内の一名。名前はアンドリュー・テンダ。知ってる?」

帰って早々に待ち構えていたサイラスがランスロットに聞く。


「名前だけなら知っているな」

「うん。魔法塔での勤務歴もけっこう長いよ。出世はしてないけど大きなミスもないね。テンダ伯爵家の次男なんだけど、四年前に結婚はしないと宣言して家を出てる。その際に財産分与を行って、それで王都の小さな屋敷を買って一人で暮らしてるんだけど、こいつが真っ黒だったねー」

うっそりと笑うサイラス。


「ガーベラがいたのか?」

「いたよー、窓越しに確認できた。アンドリューの寝室にいた」

リリスはびきっと青筋の立つ音を聞いた気がした。

ランスロットから殺気を感じる。サイラスの笑みも怖いほうへと深まった。


『わたくしをオブジェとして気に入ったということか?』

二人に比べるとのんびりとしたガー様。でもリリスもこちら寄りだ。

リリス達にとってその石像はまごうことなきガーベラ本人だが、アンドリューからすれば、仕事で訪れた砦に打ち捨てられていた乙女の石像である。持ち帰ったのはいただけないが、罪というほどでもない。


「お嬢、気に入ったとかじゃないです。四年前に社交デビューしていた奴らの中にお嬢を知らない奴なんていない。アンドリューもそうです。もちろん本体だとは気付いてないですけど、アンドリューは石像をしっかりお嬢と認識して、お嬢として扱っています。名前も呼んでる」

『それは……気持ち悪いな。だが、石像であるし何もできんぞ?』

リリスが訳すとサイラスは頭を抱えた。


「危機感がないです。石像相手にだってやろうと思えばいろいろ出来ますよ? 舐めるとかかけ」

「サイラス、やめろ」

ランスロットが遮る。


サイラスの“舐める”にリリスの顔は強張った。

それはかなり気持ち悪い。

幸いなことに、舐めるの続きの言葉はよく聞こえなかったし、聞こえてもきっとリリスに意味は分からなかった。


「まあ恋慕というより崇拝っぽいから、崇めてるだけなんだけどさ。服の裾に口付けて語ってるくらい」

『それはそれで嫌であるが……それにしても恋慕? 崇拝? サイラス、わたくしはテンダ家は知っているがアンドリューという男は知らんぞ』

「お嬢は話したこともない奴ですよ。ただの一方的で偏執的な気持ちです。名前も今すぐ忘れてもらって構いません」

『ふうむ。では、砦の点検でたまたまわたくしの石像を見つけて、衝動的に盗んだということか。それなら穏便に済ませてやればよいではないか』


「見つけたのは偶然だったようですけど、盗んだのは確信犯です。大体、人妻を寝室に連れ込んでる時点でアウトでしょ。ひねり殺そうかと思いました。しかもまだあるんだ。そもそもの元凶がこいつだった」

そこでサイラスは一通の手紙を取り出した。


「アンドリューの執務室の机を漁ったら出てきた。指示通り燃やせばいいのにね。いざとなったらこれで言い逃れするつもりだったのかな」

ランスロットがそれを広げ、リリスとガー様が覗き込んで一緒に中身を読む。


「………………」

手紙を呼んだリリスは、ランスロットの気配がしぼみ、ガー様からものすごい量の怒りが立ちあがるのを感じた。


その手紙は前国王からのものだった。


そこには王太子の食事に毒を盛ったのがアンドリューであることと、それが王太子ではなくランスロットを狙っていたものなのを自分は把握しているとあった。

毒の入手経路や混入は杜撰で、すぐに判ったと。


その上で、前国王は証拠は全て潰すから口を閉ざせと命じていた。

手紙にはアンドリューのガーベラへの思慕に同情する箇所もあり、ことが全てうまくいけばガーベラをアンドリューに渡すことも可能だと書いてある。最後にこの手紙は燃やせとあった。


ぞっとする内容だった。

アンドリューが話したこともないガーベラへの恋慕で、ランスロットに毒を盛ろうとしたこともそうだが、それよりもリリスは前国王にぞっとした。


手紙からは実の弟への憎悪が溢れている。兄は全てを知った上で弟の大切な人を幽閉したのだ。

前国王のランスロットへの嫌がらせは有名だったが、ここまでとは、とリリスは唖然として目の前が暗くなるようだった。


ガー様の目が爛々と赤く光る。

『こうなると死んでくれていてよかったな、戻ったわたくしはまともな挨拶も出来なかったであろうよ』

静かに低くガー様が言う。


リリスがランスロットを見ると、ランスロットは呆然と佇んでいた。その顔は暗闇に怯える子供のようだ。兄からの嫌がらせはトラウマになっているのだろう。

リリスはかける言葉が見つからなかった。


『おい、腑抜けている場合か。お前にはわたくしがいるのだぞ。何も案ずることはない』

ランスロットの様子をものともしないガー様。

その声は相変わらず力強い。

だが訳したリリスの声は震えてしまった。


リリスの震えに気付いたランスロットがリリスを見る。眉を下げて困った顔になった後、ランスロットはリリスに言った。


「乗り越えたつもりだったんだが、久しぶりに触れるとダメだな。グレイシー嬢にまで心配をかけた。すまない」

それから「大丈夫だ」と優しく笑う。


ほっとしたリリスに、すかさずガー様のお言葉が飛んできた。


『リリス! 決して思い上がるでないぞ!』


こんな場面なのに、リリスは思わず笑ってしまった。





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― 新着の感想 ―
えー、思い上がりたーい。分かっていてもドキっとしちゃうなぁ。ガー様の鋭い牽制が無いとヤバい。早くシオン君に来てもらわないと。
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