23.恋はしてないし、呪いではありません
「シ、シオン様。こんなところで何を?」
いきなり現れたシオンにびっくりしながらリリスは聞いた。
聞きながらよく見ると、シオンは庭を歩き回っていたようでせっかくの正装のズボンには葉っぱが付き、靴が土で汚れていた。
額にはじんわりと汗もかいている。
「何かお探しものですか?」
重ねて聞くと、ぎろりと睨まれた。
「あなたを探していたんです」
「私!?」
「ふらふらと庭に出ていったでしょう? 危ないではないですか!」
「それは……すみません」
どうやらけっこう必死にリリスを探してくれたようだ。会場を出る時の自分はかなり気落ちはしていたから、危なっかしかったのだろう。
申し訳なくなる。
「しかもこんな人気のない所で泣いてるなんて、何を考えているんですか。こういう場所は逢引に使われますし、酒に酔った人も来ます、間違いが起こったらどうするんですか」
「そういうのには……」
巻き込まれない体質なので大丈夫ですよ、地味で気配薄いんで、と軽く言おうとしたリリスだったが、シオンが本気で心配しているようなのでぐっと堪えた。
「…………そうかもしれませんでしたね。心配してくれてありがとうございます」
礼を言うと、すっとハンカチが差し出された。
「これで涙をお拭きなさい」
「えっ、あ、いえ、自分ので」
「いいから、使ってください」
「は、はい」
再び睨みをきかされてリリスはハンカチを受け取った。
糊が効いているのか、ぱりっとしてきちんと折り目がついた几帳面なハンカチ。
本格的に泣いてぼろぼろになりつつあった目元をそっと押さえると、爽やかなシトラスの香りがした。
(いい匂い。シトラス好きそうだな……ムスクとかは嫌いそう)
そんなことを考えているとシオンもベンチに座る。図書館でもそうだったが、やはり気安いと思う。しっかり友人認定されているらしい。
「…………」
「…………」
「少しは落ち着きましたか?」
しばし無言の時が流れ、リリスの涙が乾いてきた頃にシオンが口を開いた。
「はい」
「そうですか」
「もう大丈夫です。会場に戻っていただいて構いませんよ」
「聞いてましたか? こういう場所は危ないんです。一人だけで置いていけるわけがないでしょう。一緒に戻りますよ」
「でも、私はこんな顔では戻れません。もう少し火照りを冷ましてから戻ります」
「待ちます」
シオンにきっぱりと言い切られてリリスは慌てた。
「夜会はまだ半分くらいありますよ? シオン様の社交とか都合は」
「それよりも、あなたの方が重要でしょう」
「じゅ……」
重要って何だろう。友人的な意味だろうか。
戸惑っていると、シオンは言いにくそうに続けた。
「傷ついたあなたを放ってはおけません。閣下は……誰にでもあんな感じです。仕事の付き合いがある方にはそれなりに丁寧ですが、そうでない方だと、相手が好意的であってもいつも素っ気ないです」
慰めてくれているようだ。
そしてランスロットの態度に言及しているということは、リリスが玉砕した場面を見ていたらしい。
「私が無視されるのを見てましたか?」
あの情けない場面を見られていたのは恥ずかしい。
リリスが恐る恐る聞くと、シオンは気まずそうに目を逸らした。
「あー…………ほら、あなたは私の友人で、友人の恋ですし、気になって……決して野次馬根性的なやつじゃなくてですね、見守っていたというか、えーと、」
「見てたんですね」
「…………はい、すみません。それで心配になって探していました。もちろん、し、下心とかはなく、あなたに何かあってはいけないと」
しどろもどろになるシオンが可笑しくてリリスは吹き出した。
「ふっ、ふふっ、シオン様。大丈夫ですよ。私が閣下に失恋したと気にかけてくれているなら、失恋はしてないんです」
「へっ? えっ、ああ、そうですね! そうでした。振られたわけではないですから。閣下は独身ですし、まだまだチャンスは」
とんちんかんな方向に軌道修正してくるシオンがますます可笑しい。
リリスはわざとおどけて言ってやった。
「違いますうー、そもそも私は閣下に恋はしてないんですう」
「…………」
リリスの態度と言葉にシオンが目を見開く。
「閣下に、恋は、してない?」
「してませんよ」
固まるシオン。
「…………………………………………ええっ」
たっぷり固まった後でシオンは上ずった声を上げた。
「ほ、本当に?」
「閣下にそういう気持ちはないです、とお伝えしてたはずなんですけどね」
「じゃあ、なぜ付きまとうようなことを?」
「街で会った時にも言いましたが、人形を閣下に見せたいんです。あれは大公夫人の人形だったんです。人形も閣下に会いたがってます」
“人形も会いたがっている”なんて、普通なら頭がおかしいと思われるだろうけど、シオンは本気で心配してくれていたようだし、ありのままを話す。
それに頭ごなしの否定はされない気もした。
「…………」
「変な女だな、と思ってるでしょ? 変ですよねー。とにかくそういう訳なので、失恋はしてないですよ」
「でも今も、泣いていたではないですか」
「これは人形を閣下に会わせてあげられないのが悔しくて、申し訳なくてです」
「申し訳ない? 人形に?」
「そうです」
「…………」
シオンの顔つきが変わる。纏う雰囲気は落ち着いて冷たいものに変化した。
「ますます変な女だと思って、呆れているでしょう?」
「違います」
「?」
「ところで、今日はその人形は持ってきてはないんですか?」
「受付で持ち込み禁止になったんです。魔力が規定値を越えてしまっていたみたいです」
「人形は魔力を貯め込みやすいですからね、それにしても規定値超え……その人形には魔力を貯めるような機能があるんですか?」
「機能? いえ、ないと思いますよ」
リリスの答えにシオンは、注意深くリリスを見てきた。
「シオン様?」
「顔色は、悪くはなさそうですね。隈もない。窶れてはいないし、瞳には力もある。私の目を見てください……ふむ、しっかり目も合いますね。立ってみてもらってもいいですか?」
「? はい」
突然始まった問診のようなものに驚きながらも、リリスは立ち上がった。
「ふらつきもない。はい、座ってください」
すとんと着席する。
着席してから思う。
もしかして、これは…………
「リリス嬢」
真剣なシオンの声。
「あなたのその人形への思い入れは過度だと思われます。自分の持ち物へ愛着を持つのは自然ですし、よい事ですが、申し訳なくて泣くのは物への愛着の枠を越えている。おまけにその人形はあなたの魔力を吸い取っている可能性まであります。なぜか体への不調は出ていませんが、これから出てくると思われます。リリス嬢は、呪いの道具についてご存知でしょうか? 人の暗い思念が物に宿った禍々しい魔道具です。非常に言いにくいのですが……」
そこでシオンは真っ直ぐにリリスを見て、続けた。
「あなたのあの人形は、呪いの人形だと思われます」
「…………」
リリスは、あちゃー、と頭を抱えた。
「リリス嬢? マズいな。もしかしたら精神を乗っ取られつつあるのか? 俺の説明に呪いが抵抗を」
「違います」
リリスは食い気味にきっぱりと否定した。
「乗っ取られてませんし、呪われてもいません。魔力はまあ、無理のない範囲で取られているようですけど」
「魔力を取られている自覚があるんですね? どういうことですか? 何か弱みでも握られているんでしょうか? そうなると自我を持った呪いの人形ということになるな……これは、もはや俺一人では」
「ちょっと待ってください」
確かにガー様に自我はあるが、シオンが想像しているのはきっと悪くてヤバいバージョンの何かである。
そっちじゃない。
「そういうんじゃないんです」
「そういう?」
「えーとですね……」
リリスは迷った。
ここで全て話すべきだろうか。
ガー様に大公夫人の魂が入っていて、魔法を解くためにランスロットの口付けが必要だということを。
シオンには豊富な魔法の知識がある。
肉体と魂を分ける魔法が存在していたことも知っている。そして、思い上がりでなければリリスのことを友人として大切にしてくれている。
出会ってからの日は浅いが、お互いにそこそこの信用や信頼はあると感じる。もしかしたら、ガー様のことを信じてくれるかもしれない。
シオンが信じて協力してくれたら、ランスロットに会うのは一気に簡単になる。
「…………お話ししたら、全て信じてくださいますか?」
リリスは決意して、じっとシオンの目を覗き込んだ。
「聞く前から、信じると言い切るのは難しいです」
「…………」
それもそうだ。
生真面目な答えに、リリスは微笑した。
少なくともこの人はちゃんと話を聞いてくれるだろう、とも思って力が抜ける。
「私は、あの人形をガー様と呼んでいるんですけど」
リリスはそう切り出して、ガー様についてシオンに説明した。




