22.知らずの邂逅
本日2話目です。
祝いの夜会らしく華やかな音楽が流れる中、時折人々の楽しげな声が聞こえてくる。
それらにも耳を澄ましながらサイラスは薄暗いクロークルームをゆっくりと歩いていた。
明かり取りの窓から差し込む廊下の光に、その銀髪が光る。
ランスロットの私兵扱いのサイラスは手順さえ踏めばこの部屋に堂々と灯りをつけて入れるのだが、それは面倒なのでしていない。
こうしてひっそりと潜り込んでも目的は達成できるからだ。
季節は秋に入った所で、外套を着込むほどの寒さはない。棚に並ぶ預かり品のほとんどは持ち込み禁止となってしまった魔道具や魔石だ。
護身用やお守り代わりのそれらを、サイラスは一つ一つ手に取る。
今夜の夜会にはランスロットも顔を出す予定なので、念の為に怪しいものが紛れていないか確認しているのである。
サイラスには魔法は使えないし、魔力を感じることも出来ない。なので手に取ったところで何かが分かるわけではないのだが、怪しいものには気づける自信があった。
主であったガーベラにも、天性の第六感があると褒めてもらったことがある。
禍々しい意図があれば手触りで分かるのだ。上手く説明はできないが、そういう物は手にじっとりと嫌な感じで絡みつく。
逆に護身用やお守りは、温かな手触りがした。
「問題なさそうだな……おや」
大体の品を見終わってからサイラスは棚の一番端に座る人形に気付いた。
鳶色の髪の毛に青い瞳の美しい人形。纏うのは白と水色のふりふりドレス。
「あれー、これ、子猫ちゃんの人形じゃん」
それは確かに、春の舞踏会で茶色い髪の令嬢が持っていたものだ。残念ながら令嬢の顔は上手く思い出せないが、この人形は覚えている。
あの時、サイラスはなぜか無性にこの人形が欲しくなったのだ。
「可哀想に没収されちゃったのかあ、魔力がこもってたのかな?」
サイラスは人形を手に取るとそっと抱きしめた。
ふんわりと懐かしいものに包まれる。背すじがぞくりとした。
「これ、何だろうなあ。そういえば子猫ちゃんの髪を触った時もこんな感じしたな」
ほうっと色っぽいため息をついてサイラスは人形の髪を撫でる。
「いいなあ、この手触り、好き」
うっとりしながら、人形の頭頂部に鼻を埋めて匂いを嗅ぐ。
「あー…………分かった、これ、お嬢の手触りだ。お嬢の感じに似てるんだ。はあ、お嬢」
すんすんと匂いを吸い込み、ぎゅうっと人形を抱きしめる。
人形からは小さい頃にベタベタと触りまくったガーベラの感触がした(触ったのは主に頭と腕である)。ガーベラが十代になると「いくらお前がわたくしの犬とはいえ、触るのはもう禁止だ」と言われて触れなくなってしまったのだが、感触は覚えている。
「懐かしいな」
すりすりと頬を寄せる。
至福だ。
「お嬢……会いたいな。もうすぐ会えるよ」
甘い声でサイラスは人形に囁く。
「一週間後の王太子の成人の儀式で、閣下は死ぬんだってさ、それを見届けたら俺も行くね…………ん?」
一瞬、人形から何かが立ち上がった気がしてサイラスは人形から身を離した。探るように見るが変わったところはない。
「気のせいかな? 抱きしめたから怒った? ごめんね、戻してあげるね」
サイラスは優しく微笑むと、そっと人形を棚へと戻した。
❋❋❋
サイラスが知らずにガー様との邂逅を果たしていた時刻より少々後、リリスは夜会に合わせて開放されている庭園の片隅にいた。
「ああぁぁあ」
ベンチに腰掛けたリリスは深く項垂れる。
「一言も話せなかった……」
唸るような独り言の後に、長いため息を吐いた。
一言も話せなかったとは、もちろんランスロットのことだ。
今宵、夜会の会場にはシオンが教えてくれた通り、ランスロットが現れた。
開始時間ギリギリに現れたランスロットは、いつもの黒一色ではなく、藍色の衣装に身を包んでいた。
その頬はこけ、瞳は凪いでいる。やつれている、という程ではないが退廃的な雰囲気を纏い、何かの拍子で壊れてしまいそうだ。
リリスはそんなランスロットを見て胸が苦しくなった。きっとガー様の影響だ。
開始早々に王太子はそんなランスロットを高座へと招き、これまでの自分への忠誠を労った。温かみのある言葉で王太子が本心からそう思っているのが分かる。
ランスロットの表情もほんの少しだが和らいで見えた。
その後はすぐに会場を去ろうとするランスロットに、人々が次々に挨拶へと訪れた。
前国王の時代とは違い、女王と王太子の信が篤い大公。おまけに魔法塔の長官も務めている。近付いておきたい貴族はたくさんいるのだ。
また、妻を亡くして独身となっている大公の妃の座を狙う令嬢もいる。
ランスロットは迷惑そうにしながらも、無下にはできないような高位貴族の声かけにはそれなりに対応していた。
なのでリリスも頑張ってはみたのだ。
なんとか人混みの合間を縫って前まで行き「大公閣下」と呼びかけてはみた。
ランスロットはちらりとリリスを見た。
夢でガー様を優しく見つめていた水色の瞳と目が合う。
目が合った瞬間、その水色の瞳がさっと光った。ランスロットは確かにリリスに興味を示し全身に視線を走らせてきたのだ。
(えっ、もしかして、話せる!?)
勢い込んだリリスは一歩前に出ようとしたのだが、次の瞬間にはランスロットはリリスから興味を失っていた。
ふいと顔をそらされてしまい、リリスは他の令嬢に割り込まれてしまう。足も踏まれた。
「いった、ちょっと」
抗議の声はもちろん無視され、リリスは後方へと押し出された。
それからは大したチャンスもないまま、ランスロットは会場を後にしてしまった。
「…………」
ランスロットのいない夜会に用はない。
リリスはとぼとぼと庭園に出て、あまり人の来ない繁みに隠れたベンチを見つけて座り込んだのだった。
「はあ……ガー様、ごめん。何も出来なかった」
膝に置いた手をぎゅっと握る。
「何も出来なかったよ……ううっ」
ぽたりと拳に涙が落ちた。
「私にもっと、カリスマとかあればよかったのに」
ガー様ほどの眩しさがリリスにもあれば、あの人混みも何とかなったと思うし、ランスロットとも話せたかもしれない。
「こんな地味じゃどうしようもないね」
ぽたぽたと涙は止まらない。
「閣下さあ、暗かったよ。まだ全然悲しそうだった……早く会わないとダメだよ、うっ、ぐすっ、ううっ、うええーん」
情けなくて悲しくて本格的に泣き始めたところで、ガサリと繁みが大きく揺れた。
「ひゃっ」
驚いて泣くのを止め、繁みから遠ざかる。
どうしよう、逃げた方がいいだろうか、とぐっと足に力を入れたところで繁みの間から出てきた男がリリスの方を向く。
「やっと見つけたっ」
息を切らせながらそう言ったのはシオンだった。




