21.人生とは、思うままにいかないもの
ランスロットが王太子の成人祝いの夜会に出席すると聞いて、転がるように家へと帰ったリリス。
さっそく父であるグレイシー子爵に直談判した。
「お父様、お願い! 王太子の成人祝いの夜会に行きたいです! 連れて行って!」
グレイシー家は三人の娘がいて、長女と次女は既に結婚している。唯一未婚なのは三女のリリスだけ。当然のことのように子爵はリリスに甘い。
また、リリスが理由にあげた「人形ドレスの参考にする為に、今の流行りを実地で見ておきたいの!」というもっともらしい理由も子爵の胸を打った。
「当日、私は挨拶回りをするから、かまってやれないがいいかい?」
「平気です!」
リリスの返事に子爵はリリスの夜会行きをすぐに了承してくれた。
こうしてランスロットが参加する夜会への切符を手に入れたリリス。今度は自分の部屋へと駆け戻った。
「ガー様!」
ばんっと扉を開け、机の上の人形の元へと向かう。
『リリス、遅かったな』
「ガー様! 閣下に、大公閣下に会えますよっ!」
『なに!?』
「閣下は来月の王太子の成人祝いの夜会に参加されるらしいですっ、私も父が連れて行ってくれるので参加できます! つまり、会えます!」
『ほ、本当か?』
「本当ですっ、やったー! ついに会える。よかったですね、ガー様」
『…………』
喜びに震えるリリスだが、ガー様の返事がない。
「ガー様?」
『……そうか、会えるのか』
呆然と呟くガー様。
弱々しいが、隠しきれない喜びも感じられるそんな声だ。
リリスはどうしようもなく優しい気持ちになって、ガー様の手をそっと握りしめた。
「会えますよ」
そう断言すると、人形の青い瞳が光った気がした。
『リリス、恩に着る』
「やだなあ。いいですよ、そんなの。大公閣下もきっと喜びますね」
『ふん、亡くなったはずの妻だぞ? 煩わしいだけかもしれん』
「そんな訳ありませんよ。閣下はおそらく泣きますね、賭けてもいいですよ」
もー、素直じゃないんだからあ、とリリスはニマニマする。
父と参加するはずだった母も、快く交代を快諾してくれた。
夜会に出るならドレスを考えなくては、となり、ガー様は春の舞踏会でまとっていた白と水色のふりふりを着ていくこととなる。
大公夫人がシーズン中に同じドレスを着るのはいかがなものかとは思うが、今のガー様は人形の身、そのドレスは限られているので仕方ない。
リリスは新規の注文で身動きが取れず、新作を作る暇はない。そして残りの手持ちは普段用ワンピースに黒のドレスしかなく、お祝いに黒は止めようということになったのだ。
そしてリリス。
正直リリスは自分の服なんてどうでも良かったのだが、母とラスティアが黙っていなかった。
「適当なドレスで行く? 何の冗談かしら、リリス」
「王太子殿下とご挨拶する機会があるかもしれないのよ? 下手な格好で行けるわけがないでしょう」
母と姉が圧のある笑顔で迫ってくる。
という訳でグレイシー家はカーラに無理を言って、モード家の持つブティックでリリスのドレスをセミオーダーした。
水色のシンプルなAラインのドレスのスカートのボリュームを増やして袖をパフスリーブにし、全体的にリボンを多めにあしらってもらう。
夜会の数日前に出来上がってきたリリスのドレスは、可愛い中にも品がありとても素敵だった。水色がガー様ともリンクしているし完璧である。
リリスは大満足して、また、やっとガー様をランスロットに会わせられるという大きな安堵もしながら夜会当日を迎えた。
当日、リリスは朝から肌を磨き上げ、髪を整えドレスを纏う(こちらも正直、リリスは自分の出来など、どうでもよかったのだが母と姉が黙っていなかった)。
ガー様のことも乾いた布で丁寧にふいて、髪の毛には櫛を入れた。
夕方、遅刻しないようにと早めに馬車で屋敷を出る。余裕を持って城にも着き、全てが順調だ。
夜会会場の大ホールへ向かいながらリリスの緊張が高まってくる。
今夜こそ、ガー様とランスロットの感動の対面となるはずなのだ。その際には、リリスがランスロットにガー様のことを説明して言葉も伝えなければならない。
大公であるランスロットに対して、きちんと喋れるだろうか。
(落ち着け、落ち着くのよ、リリス。やるのよ、成し遂げるのよ)
ガー様を抱く手に力を入れ、姿勢を正して受付に立ったリリスだったのだが、事態は思わぬ方向へと進んだ。
「レディ、そちらの人形は会場には持ち込めません」
受付係よりかかる非情な一言。
「………………え?」
リリスは最初、これは空耳かと思った。
「その人形はクロークルームでお預かりとなります」
繰り返される事務的な声。
「な、なぜですか?」
驚いて聞き返すリリスに受付係は魔力の測定機を差し出した。そういえばさっきそれが、ピピッと鳴っていたなとリリスは思い出す。
「魔力の量が規定値を超えています。規定値超えの魔道具は会場へは持ち込めません」
「そんな、でもこれは魔道具じゃありません。ただの人形ですよ?」
リリスの抗議に受付係は、困った顔になる。
「調べていただいても構いません。魔道具ではないんです」
リリスがガー様を差し出すと、受付係は丁寧に受け取って観察しだした。
「……確かに、魔石もないし起動の魔法等もかかってはいませんね。人形は相性がよければ情や魔力が溜まりやすいのでそのせいかもしれません」
「じゃあ、」
「ですが、規定の魔力量を超えている以上、お持ち込みはできません。クロークルームでのお預かりとなります」
「人形なんですよ。大切な人形なんです!」
リリスは必死に主張した。
持ち込めなければ、ガー様をランスロットに会わせられない。
リリスだけ会っても仕方ないのだ。大公夫人の形見の人形がなければ、ランスロットはリリスに見向きもしないだろう。話なんて聞いてくれるわけがない。
リリスの声が大きくなり、隣で受付をしていた父が心配そうにやって来た。
「リリス、どうしたんだい?」
「お父様、お人形を持ち込んではダメと言われてしまって……」
グレイシー子爵が受付係に向き合う。
「お連れ様の人形は、魔力量が規定を超えているんです。持ち込みを許可は出来ません。お預かりはきちんと責任を持ってさせていただきます」
受付係の説明に子爵は眉を下げた。
「リリス、仕方ないよ。城のクロークルームだ。大丈夫、人形はちゃんと返ってくるよ」
「…………」
子爵にも優しく諭されて、リリスにはこれ以上の抗議はしようがなかった。
あんまり揉めると夜会に参加できない可能性も出てくる。父に迷惑をかけるわけにはいかない。
「…………分かりました」
唇を噛み締めてリリスは答えた。
断腸の思いで、ガー様を受付へと預ける。
「さあ、リリス、行こうか」
グレイシー子爵と共に煌びやかな会場へと向かうが、全然心は躍らない。
『リリス! 気に病むでないぞ! こうなったら楽しむのだぞ!』
こんな時にも、背後から投げかけられたガー様の声は力強い。
それが逆に辛かった。




