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私が購入したのは大公夫人のようです  作者: ユタニ


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20.不毛な恋


シオンが辛そうなのは、自分を憐れんでいるからだろうか。憐れんで、可哀想にと心を砕いているのだろうか。


(閣下への叶わぬ恋に、夫人と同じ土魔法を使えるようにになりたいなんて、あり得ない願い……うーん、不憫だろうな)

納得である。リリスはシオンをこれ以上気遣いをさせまいと、にっこりと笑顔を作った。


「大丈夫です。そんなこと知ってますよ。私なんかが夫人に並べるなんてことはないですし、そもそも閣下へ恋は」

「ご自分を貶めるのは止めなさい」

シオンがリリスの言葉を遮る。その顔はぎゅっと眉が寄せられて更に辛そうだ。作り笑顔は逆効果だったかもしれない。


「あなたには、あなたの良さがあります。素朴で可愛らしいですし、行動力もある。好きなものに打ち込める集中力もあるでしょう? 誰かになる必要はないと思います」

シオンは真剣な面持ちで続けた。

アメジストの目がリリスの焦げ茶の瞳を深く覗き込んでくる。


「……ありがとうございます」

男性にこんなにも真摯に見つめられたのは初めてで、胸がドキドキしてしまう。リリスは礼を言って、どうしたらいいのか解らずに俯いた。


「こちらは片付けますね」

俯くリリスの横で、シオンは土魔法関連の本をさっとまとめると自分の方へと下げてしまった。


「あ、あのー、気になる魔法があるのは本当なんですけど」

「どんな魔法ですか? これでも魔法塔勤務です。使うのは土ではなく水ですが、それなりにお答えできるかと思います」

シオンは本達を更に遠ざけて、リリスから隠すように横向きになる。

本を隠すことで、リリスのランスロットへの想いを断ち切る、とでもいうような強い態度だ。

どうやらリリスのことをとても不憫に感じているらしい。


(えーと、断ち切ってもらわなくてもいいんだけどな。そもそも恋、してないよ?)

戸惑うリリスだが、これはこれで肉体と魂を分ける魔法についてガー様以外の意見が聞ける貴重な機会だ。

リリスは開き直ってシオンに聞いてみることにした。


「では、お聞きしたいのですが、ラズロ様は」

「シオンでけっこうです」

「え?」

「何度かご縁もありましたし、私達は友人ということでいいでしょう」

「そうかな? いえ、そうでしょうか……?まあ、ラズ……シオン様がそう言ってくれるならお言葉に甘えます」

“ラズロ様”と言いそうになったのをシオンに睨まれてリリスは言い直す。


「じゃあ、シオン様。私のこともリリスでいいですよ」

「分かりました、リリス嬢」

家族以外の男性から名前で呼ばれるのはくすぐったい。しかも大切そうに呼ばれた気がする。リリスはむずむずしながら本題に入った。


「肉体と魂を分ける魔法なんて、あるんでしょうか?」

ぴくりとシオンの眉が上がる。


「物騒な質問ですね」

「物騒?」

そんな魔法はない、と言われなかったのにはホッとしたが物騒とは不穏である。


「土魔法なのかは分かりませんが、大昔、他国にそういう処刑方があったと」

「処刑? えっ、死に至らしめるような魔法なんですか?」

「分けた魂を仮初めの器に入れて、朽ちていく己の体を見せたらしいですよ。魂の抜けた体は何も出来ず、静かに死んでいくしかない。それをただ見せられては精神も崩壊するでしょう。刑罰とはいえ、人とは思えない行為で今は行われていないと聞きます」

「…………」

そんなまさか、とリリスは血の気が引いた。


「リリス嬢? 顔色が悪いですが大丈夫ですか?」

「…………はい。大丈夫、きっと、そこは、大丈夫だと思います」

「そこは?」

「そういうポカはしない人だよね……いや、ちょっと危ういな…………ううん、大丈夫、前に細工したとか言ってたもん。うん、リリス、気をしっかり持って。朽ちたりなんかしてないよ。怖い想像は止めよう」

塔の中でミイラになっているガー様を想像してしまったが、リリスはそれを無理やり打ち消した。


「リリス嬢、おっしゃっている意味がわからないのですが、」

「シオン様っ、その魔法なんですけど解くにはどうするんですか?」

「解く方法ですか? 処刑なので解く必要がなかったと思われますけど……魔法をかけた魔法使いなら解けたでしょうね」

「かけた人が解けない時はどうするんですか?」

「それは不完全な魔法です。己で制御できない魔法は暴走と同じです。そういう魔法はたちが悪い」

「一生、解けないってことですか?」

また状況が悪くなってしまった。

リリスは再び顔を青くする。


「そうなりますね」

「そんなあ……」

「後は、解く方法を最初から限定していれば、それで解けますよ。そうして魔法を強めるんです。かなり高度な技術になりますけど」

「それだ!」

それが口付けだ。


(よかったー! 結局、口付けは必要だけどよかった!)

振り出しには戻ってしまったが、ひと安心はできた。

どうやら他国だが、歴史上、肉体と魂を分けることは可能だったようだし、ガー様の場合はやっぱり口付けで解けるらしい。

リリスはやれやれと椅子に深く腰掛ける。


「シオン様、ありがとうございます。すっきりしました」

「お役に立てたならよかったです。でも、なぜそんな魔法が気になったんですか?」

「…………ほ、本で読んで、怖いなあ、解けるのかなあって」

「ああ、最近オカルト本みたいなものも流行ってますからね」

咄嗟の言い訳だったが、シオンはあっさりと納得してくれた。


「ねー、流行ってますよね。では、私はこれで」

すっきりもできたし、もう帰ろうとリリスは立ち上がる。

追加の人形ドレスの注文も入っているし、カーラ夫人の提案ついても、前向きに考えている最中なのだ。


「お待ちなさい」

立ち上がったリリスをシオンが止めた。


「どうかしましたか?」

「来月、城で王太子の成人を祝う夜会が開かれるのはご存じですか?」

「もちろん、知ってます」

それはここ最近の一番華やかな話題である。


この夏に15才の成人を迎えられた王太子。それをお祝いして大規模な夜会が開かれるのだ。

新聞には特集コーナーが設けられ、当日の王太子の服装や、提供される料理、楽団が演奏する曲目についてまで様々な予想が書き立てられている。


また、夜会の一週間後には王太子は神殿の聖殿で成人の儀式も行うことになっていて、夜会後もお祝いは続く。

王都のあちこちでお祭りが開かれる予定があり、花火も上がるらしい。もうすでにお祝いに乗じた食べ物やグッズが販売されていて、都中が盛り上がっているのだ。知らないわけがない。


「リリス嬢は夜会には参加しますか?」

「しません。参加できるのは当主とそのパートナーだけですからね。我が家は王太子妃を狙うつもりもありませんし、父と母が参ります」

リリスは首を横に振って答えた。


成人した王太子はいよいよ婚約者を選ぶ時期である。王家の方で候補はあるのだろうが、縁次第では誰に決まるかはまだ分からない。

そんな王太子と少しでもお近づきになろうと、この度の夜会は娘をパートナーとして参加する当主も多いらしい。気合いを入れている令嬢もいると聞く。

だが、リリスはこの夜会に興味はない。


夜会を取り上げた記事に、ランスロットは参加しないとあったからである。

今のリリスの頭の中は、ランスロットに会うことと新作人形ドレスのことしかない。ランスロットの出ない夜会に行く意味はない。


「そうですか……」

シオンは相槌を打ち、黙り込んだ。

それから一度口を開きかけて閉じ、ぐっと唇を噛んでから意を決したように再び口を開く。


「その夜会……王太子が公の場で大公閣下を労いたい、と強く主張しておられます。なので閣下は少しだけ顔を出されると思います」

「ええっ」

リリスは思わず大きな声を出してしまい、口を押さえた。


「大公閣下が参加するんですかっ?」

ひそひそと早口でリリスは聞いた。


「少しの間だけですが。魔法塔に回ってきている警備の業務も、当日は閣下が抜ける前提で調整しています」

「やったー」

リリスは小さくガッツポーズをした。


素晴らしく嬉しいお知らせである。

そういうことなら夜会に出席すればランスロットに会える。会って、ガー様の説明ができる。


(会える! 会えるよ、ガー様!)

リリスは有頂天になり、もはやシオンの話は聞いていなかった。


「それで、その、我が伯爵家は当主と嫡男の私も招待を受けているのですが、リリス嬢さえよければ私のパー」

「シオン様、教えてくれてありがとうございます! こうしてはおれませんね、すぐに帰って父に連れて行ってとお願いしなくては! 本当にありがとうございます! では!」

リリスは目をキラキラさせて礼を言うと、転がるように図書館を後にした。





❋❋❋


「トナー……」

残されたシオン。リリスへの夜会のお誘いの続きが虚しく空間に響く。


「…………」

シオンはいそいそと去るリリスを見送った後、長い長いため息を吐いた。

ぐぐっと椅子の手前に体をずらし、足を投げ出す。

がしがしと頭をかいてから、素の言葉遣いでこう言った。


「俺、なにやってんだろ……邪魔したいのか応援したいのか、どっちだよ」

リリスから遠ざけた土魔法の本達を見る。


好きな人の愛した人に近付きたい、というのはいじらしい努力だ。勉強したからといって魔法が使えるようにはならないので無意味だが、悪いことではない。

だからこんな風に本を取り上げたのはシオンの勝手なエゴだ。何なら嫉妬も入っている。


そもそも、ランスロットは今は独身だ。執務エリアや自宅付近をうろつくのはよくないが、普通に頑張るならその恋を応援すべきだと思う。


「……でも、閣下は亡くなった夫人のことしか見てないよ、リリス嬢」

一緒に働いていれば、それがよく分かる。持ち込まれる縁談を全て断っているのも知っている。

だから、その恋は不毛なのだ。


できればリリスの傷つく様子は見たくない。

それくらいには、シオンはリリスのことを想うようになっている。


春の舞踏会での初対面の印象は、ただの自信なさげで怪しい令嬢だった。変な場所で迷っていたので声をかけた、それだけだ。

化粧室まで案内すると、リリスはきちんとお礼を言ってきた。

シオンはそこでなぜかリリスに好感を持つ。


人形を抱えている奇抜な令嬢なのに、言動や所作が意外にも常識的で綺麗だったので、そのギャップにやられたのだろう。

というのが後からシオンが考えた言い訳だ。


そしてランスロットの屋敷付近で二度目に会った時、シオンはリリスのランスロットへの恋に気づいた。

彼女のするアプローチ方法は感心しなかったが、素直に謝る様子に、ランスロットへの気持ち自体は真っすぐなのだと感じた。

ムキになって言い返してくる場面もあり、そういう我を通す一面は意外だったが悪くないとも思う。


必死に恋を隠そうとする様子はいじらしく、優しい気持ちになった。

その後、なぜか放っておけなくて買い物に付き合うことを申し出てしまった。

苦笑した彼女を可愛いと思い、店で真剣にレースを選ぶ顔もいいなと思った。


じんわりと気持ちが大きくなりつつあるのを自覚はしていた。だから今日、図書館で見かけた時は迷った挙げ句に声をかけたのだ。

彼女はなぜか綺麗にもなっていて、浮つくと同時にこの夏に何かあったのかとざわめく。


そこにランスロットに恋をしているリリスを再び目の当たりにした。勝手に辛くなって、その恋から彼女を遠ざけようとした。

自分で考えていたよりも、リリスへの気持ちは大きくなっていたのだ。


そして遠ざけようとしたくせに、王太子の成人を祝う夜会にランスロットが参加するかもしれないことは教えずにはいられなかった。

挙げ句の果てにパートナーとして誘おうともした。


ぐちゃぐちゃである。

自分は一体何がしたいのか。


シオンは、ぐうと喉の奥で唸りながらランスロットに会えるとなった時のリリスの顔を思い出す。


(ものすごく嬉しそうだった……)


「キラキラしてたなー」

投げやりに呟くシオン。


「俺も大概不毛だな」

そう付け足してから、のろのろと本を棚へと戻した。




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― 新着の感想 ―
シオンええやん。かわいいやん
完璧なすれ違いにニヤニヤが止まりません…(ノ∀`)
かわいい~これはいいすれ違いw
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