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私が購入したのは大公夫人のようです  作者: ユタニ


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19.大人の階段を登ったリリスは


『リリス、眠れなかったのか?』

ガー様の夢に同調して泣いてしまった日の朝、リリスはぱんぱんに目を腫らして起きた。

夜明け前にテラスでこっそり泣いた後、冷やしもせずに再び寝たのがよくなかったようだ。


「えーと、頭の中が人形ドレスで一杯で、眠りが浅かったみたいなんですよね」

リリスは咄嗟に誤魔化した。

気持ちまで同調してしまった夢のことは言わない方がいいだろう。

何より、ガー様が昨晩の切ない思いをリリスに打ち明けたことはない。それを無理に暴くのはしてはいけないことだと思う。


『最近のお前はずっとドレス作りに没頭していたからな、あまり根を詰めるなよ』

昨晩の夢なんてなかったみたいに、ガー様はいたっていつも通りだ。リリスの胸がちくりと痛む。


(元王女様だもんね。無意識に弱みは見せないようにしてるんだろうなあ)

気持ちを吐き出させてすらあげられない自分が歯がゆい。人形の身では泣くことすらできないではないか。

リリスはぐっと奥歯を噛み締めた。


「ガー様。私、頑張りますからね」

『聞いていたか? 根を詰めるなよ』

「平気です。何とかしますからね!」

『話が噛み合っていない気はするが……無理はするなよ』

「はい!」


『それにしてもリリス、この一晩で顔立ちが大人っぽくなっていないか? 一晩、悩んだ結果であろうか』

「えっ、うそ、大人っぽく?」

『うむ、しっとりした色気が漂っている、ように見える気もする』

「おおー」

ぼんやりした部分が多いが、それでも嬉しい。“大人っぽい“とか“しっとりした色気”なんてこれまで言われたことがないのだ。欠片でもあるなら喜ばしいことである。


「色気かあ……」

リリスは何となく自分を見回した。色気らしきものは感じられないが、一皮剥けた気はする。

それはガー様の夢を通してその思いに泣き、切ない恋心を体験したからだと思う。


「生まれ変わったのかもしれません」

リリスは“恋とはなんぞや”を知る女となったのだ。たぶん。

胸を張って答えたリリスにガー様は『真摯にドレスに向き合った結果だな』と満足そうだ。


「今日もぬいぐるみのドレスを作りますよー」

リリスは明るく言って朝の身支度にかかった。



数日後、旅行から帰ってきた母や姉にもリリスは「やだ、どうしたの? 雰囲気が変わったわね」と口々に言われる。

リリスは本気の恋ってすごいなあと思った。疑似体験とはいえ、それは乙女を成長させたのだ。





❋❋❋


夏も終わりに近づいたある日、リリスは図書館に来ていた。

本日、ガー様には屋敷でお留守番をしてもらっている。

ガー様はリリスが出かける際に、部屋に一人で置いていかれるのを嫌がったが「乙女には一人の時間も必要なんです」と言うと渋々引き下がってくれた。


今日はガー様には内緒で調べたいことがあるのだ。

リリスは図書館の談話室の隅の机に座り、手当たり次第に取ってきた本を積み上げた。

その背表紙は上から順に『魔法概論』『土魔法入門』『魔法の属性について 〜土〜』『土魔法応用編』と並び『土魔法使い必読奥義の書』『土と世界と私と』へと続く。


(最後のは、なんか違ったかな……)

『土と世界と私と』はどうやらその道を極めた著者の概念的な世界観のようだ。リリスに理解できるとは思えないが、後で挑戦だけしてみよう。


これらは、土魔法について何となく初級から上級にかけてまんべんなく選んでみた本達である。


(肉体と魂を分ける魔法、載ってるといいな)

リリスは本の背表紙を見回しながら思う。

そう、リリスはここへ“肉体と魂を分ける魔法”について調べるためやって来ている。


ガー様が己に使ったらしいその魔法。ガー様は呪いだとも言っていた。

解くにはランスロットの口付けが必要らしいが、果たして本当にそれ以外で解くことは出来ないのだろうか? とリリスは考えたのだ。

ランスロットに全然会えないのなら、他の方法で解けばいいのでは、と。


ガー様に直接聞いてしまってもいいのだが、それだと『口付けしかない』という答えが返ってくると思われる。そうなると、あの自信満々のガー様に対して「他にもあるんじゃないかなあ」なんて言いにくい。

それに、きちんと自分で調べてみた方が納得もできるだろう。加えてリリスにはガー様には言えない不安もあった。


「魔法とはいえ、肉体と魂なんて分けられるのかな……?」

ずっとあるその不安を小さな声で呟く。


これはガー様に出会った当初からある疑問である。

リリスは確かに魔法は門外漢であるが、そんな魔法は聞いたことがない。本当にそんな魔法が存在するのだろうか。


存在しなかったら……と考えてリリスの背中がすうっと冷えた。

だってその場合、本来のガー様は亡くなっていることになる。ガー様は大公夫人の怨念が産み出した、呪いの人形である可能性が大きくなるのだ。


(いやいや、そんな訳ない。あんな前向きな怨念なんていないもん。眩しいくらいの生気も感じるし、ガー様は絶対に生きてる)

リリスはぶんぶんと頭を振って、嫌な考えを追い払った。ぱちんと軽く頬を叩き、気合を入れる。


(よし! とにかく、読んでみるしかないか)

リリスはとりあえず王都の魔法学校でも新入生が使うという(図書館員のオススメ、なるものに書いてあった)『魔法概論』を手に取ってみた。



ーーーー二時間後。


「ぜんっぜん、はいってこない」

机に突っ伏したリリスは絶望していた。

魔法の大枠を体系的に語ってくれているはずの『魔法概論』なのだが、読んでも読んでもぴんとこない。


ポイントらしき箇所をメモったりもしてみたのだが、そのメモを見返してもさっぱり訳がわからない。


「なにこれ……もしかして、魔力が多くないと読めない仕様なのかな」

そんなわけはないのだが、そういう逃避をしたくなるくらい読みにくい。


「でもこれを理解しないと、進まないよね」

こうなったら、小声で音読でもしてみようかと考えだした時だった。


「何をしているのですか?」

凛とした少し硬い声がリリスへとかかる。

この言葉をかけられるのはおそらく三回目だ。

リリスがゆっくりと身を起こして振り返ると、アメジストの瞳と目が合った。


紫の目には緊張が漂っていて、咎められているようにも感じるがこれも三回目だ。

案外、これがこの人の通常運転なのかな、とリリスは思う。なんだかんだでいつも丁寧であるし怖くはない。


「こんにちは、ラズロ様」

リリスは数冊の本を抱えて立つシオンに挨拶をした。シオンが小さく頷く。ほら、やっぱり丁寧だ。


「こんにちは、グレイシー嬢。今日は何を?」

「調べ物です。ラズロ様はお仕事ですか?」

今日のリリスには何のやましい所もない。のんびりと答えてから聞き返した。


「いえ、今日は休みです」

シオンがそのままリリスの隣に腰を下ろす。


(ん?)

隣に座ったシオンをリリスはまじまじと見た。


(ちょっと気安いような)

休日に図書館で偶然出会って隣に座るなんて、親しい友人とかじゃないとしないと思う。


(もしかして、成り行きとはいえ買い物にも行ったし親しみを持ってくれたのかな……?)

自分はシオンの友人になったのだろうか、と考えてから思い直す。


(違うか。たぶん大公閣下にまた何かするんじゃないかと警戒してるんだろうな。ラズロ様にとって閣下は尊敬する上司だもんね)

そうだ、そうに違いない、と『魔法概論』に戻ろうとしたリリスにシオンが話しかけてきた。


「魔法に興味があるのですか?」

「えっ、はい」

話しかけられたことに驚きつつも、リリスはシオンに向き直る。


「気になる魔法があって調べていたんですけど、入り口でつまづいてます」

リリスが読んでも読んでも頭に入ってこない『魔法概論』を指さすと、シオンが微笑した。


(わっ)

その微笑にリリスはドキッとする。

シオンの笑顔を見たのは初めてだ。さすがはそこそこ人気のある伯爵家嫡男、ちょっと眩しい。おまけに普段笑わないから貴重なのもいい。


(なるほどなあ、こういうのをたまに見せられると、ドキドキするよね。そりゃあ人気もあるわ)

シオンの社交界でのそこそこの人気に納得するリリス。

ぼんやりシオンを眺めていると、その微笑は悪戯っぽいものに変わった。


「その本は魔法学校で最初に学ぶ教本ですが、それを好きな魔法使いはいませんね。独学で読むのは止めておいた方がいいです」

「えっ」

「魔法学校の初代校長が書いたものらしいのですけど、難解です。入門書としては不向きですね」

「ええー、二時間も頑張ったのに……」

リリスの眉が盛大に下がる。それを見てシオンの顔が完全に綻んだ。なかなかの破壊力のある笑顔だが、今のリリスには二時間の自分の努力が無駄だったらしいことの方が重要だ。


「要点っぽい所をメモまでしたのに」

「それは頑張りましたね。最初に読むならこの『土魔法入門』の方がいいですよ。土に特化してしまってますが…………というか、お持ちの本は全て土属性関連ですね」

リリスの積み上げた本を確認したシオンの顔から笑顔が消える。


「ラズロ様?」

「土魔法に興味が?」

「調べたい魔法は土魔法なんです」

「故人である大公夫人は土魔法が得意でしたね」

シオンが探るような目つきになった。


「あ……そうですね」

これはまた誤解を招く流れだと察したリリスは目を泳がせた。

シオンはゆっくりと諭すように口を開く。


「グレイシー嬢。あなたは魔法は使えませんよね。調べたところで、亡くなった大公夫人のように土魔法が使えるようにはなりませんよ」

そう言ったシオンは少し辛そうだった。




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― 新着の感想 ―
あぁ勘違いされてしまった。
途中まで良い流れだったのに…。
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