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私が購入したのは大公夫人のようです  作者: ユタニ


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18.夏の夜の夢


さて、相変わらずガー様とランスロットを会わせる作戦は絶賛頓挫中であるが、人形ドレスデザイナーへの道は順調なリリスである。


嘘みたいだが、ガー様の言った通りになったのだ。

リリスはカーラの娘の人形のために渾身のふりっふりドレスを作成した。

少女の好きなベビーピンクを基調にして、濃淡様々なピンクも取り入れ、これでもかとレースを付けた。季節は夏になろうとしていたので小さな麦わら帽子を手に入れてそこに造花とリボンを盛った。


売るのが惜しいくらいの一着が出来上がり、納品するとカーラの娘は飛び跳ねて喜んでくれた。

そして、五才になったばかりの少女は行く先々にドレスを着せた人形を持って行き、自慢しまくったのだ。


「みて!〈リリ〉のしんさくドレスなのよ、いいでしょう」

そう言って、少女は誰彼構わずに人形を見せびらかした。


〈リリ〉とは人形ドレスのデザイナー兼作成者の名前で、つまりリリスのことである。自分の名前をそのまま使うのは抵抗があったので一部だけ使ったのだ。

ドレスにはメインの生地と同じもので作られた小さなタグが付いていて、そこには〈リリ〉と刺繍がしてある。


まず、少女のと同年代の幼い女の子達が〈リリ〉のドレスを見るなり顔を輝かせた。

「いいなー」「わたしもほしい!」「かわいい」と大絶賛だ。


そして五才の少女が気に入りの人形を自慢する様子は非常に可愛らしく、ご夫人方の目にも止まった。

人形のドレスは、夫人達が幼い頃に着ていたデザインに似ていてどこか懐かしく妙に心が惹かれる。


「〈リリ〉って誰?」「新しい店の名前かしら?」「とっても可愛いわ、うちの娘の人形にも着せたい」「ぬいぐるみ用はないのかしら?」

こうして、リリスの人形ドレスは、小さな娘達とその母親達の間で話題沸騰となったのである。


新たな注文が何件も舞い込み、大忙しになったリリス。この夏は家族の避暑旅行にも参加せずに屋敷で一人、せっせと小さなドレスを作っている。


旅行に行かないと宣言したリリスに家族はがっかりしていたが応援もしてくれた。

屋敷には今、最低限の使用人とリリスが残っているだけだ。いつもより格段に静かな屋敷で、今日もリリスは黙々と手を動かす。


作っているものは趣味全開の大好きなものであるから辛くはない。

そして寂しくもない。話し相手ならいるのである。


『リリス、次に作るのは寝間着なのか?』

リリスの描くデザインを見たガー様が聞いてきた。

紙にはくびれのない幅広い形で、袖周りもかなりゆとりがあるドレスの案が描かれている。


「違います。これはクマのぬいぐるみ用なんですよ」

『ぬいぐるみか』

「はい、なんか可愛くならないんですよね。どうしても寝間着っぽくなる」

『仕方あるまい。奴らは寸胴だからな』

ぬいぐるみを奴らと呼ぶガー様。今のガー様は人形だから若干の仲間意識があるのかもしれない。


「簡単に諦めちゃダメですよ。うーん、ウエストからもっとたくさんフリルを付けようかな……いっそ丈を短くするのもいいかなあ」

うんうん悩み、行き詰まってくる。


『そろそろ、昼にした方がいいぞ』

「うーん、そうします」

ガー様の一声でリリスは休憩することにした。

人が少ないからかひんやりする廊下を歩き、ダイニングに顔を出す。

そこには残ってくれている馴染みのメイドのミミがトレーに食事を用意していた。


「あら、リリスお嬢様。お腹空いちゃいましたか? 今お持ちしようと思ってたんですよ」

「息抜きになるし取りにきちゃった」

「無理しないでくださいよ。楽しそうなのはいいことですけどね」

「ありがとう、ミミ。このままもらっていくね」

短い会話をしてトレーを受け取ると自室へと帰る。


昼食をガー様と共に食べ(ガー様は見ているだけであるが)、午後も悩みながらクマ用ドレスを考えた後、日が暮れると風呂に入って寝た。


屋敷でのリリスの日々は大体こんな感じだ。

そして数日に一度、気分転換と運動を兼ねて町に出てぶらぶらする。

生地やレースを見たり、小物や雑貨を覗く。また、子供向けの人形が並ぶ店にも足を運ぶ。市販の人形たちの服が気になるからである。


こうして販売されている人形を見ると、昔のように職人の手作り一点ものではなく、量産品がほとんどで、着ている服も簡単で無難なものばかりだ。


そんなところに現れたリリスの作る特別な一枚。お気に入りの人形に特別で素敵なドレスを着せる、というのは女の子達とその親の心を鷲掴みにしたようだ。

リリスの人形ドレスはちょうど良いところを突いていたのだ。


(運がよかったんだなあ)

しみじみとそう思う。

そしてせっかくのチャンスである。良いものを作ってまた注文が入ればいいなと思う。


カーラ夫人からは、モード家の所有する店をドレスの注文窓口にして専売にさせてくれないか、という話まで出ている。注文が多いようならお針子さんを置くことも考えているらしい。


(そうなると、なんか……マジで、デ、デザイナーじゃない?)

ドキドキそわそわしてしまうリリス。

リリスは一層励むことにした。



そんなある夏の夜。

リリスは夢を見た。


はっと気がつくと、辺りは明るくリリスは知らない庭園を歩いていた。

目に映る庭はよく手入れされていて、かなり広い。中央には噴水まであるようだ。


(……なにこれ、どこ?)

驚いて周囲を見回そうとするが、体はリリスの思う通りに動かない。


(えっ、あれ?)

動かないどころか、声も出ない。


(ええー、なんで?)

途方に暮れるが、リリスの体はそんなリリスに構わずにそのまま庭園内の石畳の道を歩き続ける。


(おや?)

ここでリリスは自分の着ているドレスに見覚えのないことにも気付いた。

それは濃い紫色の質の良さそうなもので、リリスはそんなドレスは持っていない。濃い紫なんて選んだこともない。

そして胸元に流れる髪は艶やかな黒。リリスの髪は茶色のはずなのだ。


(うーん……夢?)

夢にしては歩く感覚がリアルだが、体が勝手に動き声も出ないわりには危機感も感じない。

これはきっと夢だよねえ、と考えていると聞き慣れた声が耳に入ってきた。


「嫌味な花言葉ならけっこうあるぞ。紫陽花は“高慢”、金魚草は“でしゃばり”だ。無能で偉そうな奴らにスマートに悪口を言いたければ贈るといい」

力強く、低い女の声。


(! ガー様だ!)

リリスは息を呑む。

聞こえてきたのは紛れもなくガー様の声で、しかもそれは自分の口から発せられていた。


(わあ! 私、ガー様になってる夢みてるのかな?)

思うようには動けないから、なっているというよりは、入っているだろうか。


(もしかしてガー様の見てる夢とか……?)

自分とガー様は魔力の質が同じらしいし、ガー様はリリスから魔力を取ってもいる。シンクロ的なことが起こっているのだろうか。


リリスの入ったガー様は慣れた様子で歩いていて、ここは見知った場所であるらしい。大公家の庭なのかもしれない。


(ん? 隣に誰かいる)

すぐ近くに男性のシルエットを認めた時、上方から抑えた笑い声が聞こえてきた。


「さっきから悪い意味ばかりだな」

優しく深い男の声が耳を打つ。

途端にリリスの心臓はぎゅうっと震えた。


(! えっ、なに)

温かいものと同時に、切なくて苦しいものが込み上げてくる。胸が痛いくらいだ。


ここでガー様が顔を上げて隣を歩く男を見上げた。


(……あぁ)

男が視界に入ってリリスは理解した。


男の声を聞いて心が震えたのはリリスじゃない。

ガー様だ。

リリスはそれに同調したのだ。


そして今、やたらと優しく笑う金髪の男を見て泣きそうになっているのもガー様だ。


リリスは、ここは間違いなくガー様の夢だと確信する。

きっと、ガー様が会いたくて、とにかく会いたくて見た夢なのだ。


優しく笑う男はランスロットだった。

ガー様は夢の中で、ランスロットと共に大公家の庭を歩いていた。


「あなたは意中の相手に花を贈ったことはないのか?」

ガー様の泣きそうな気持ちに構わずにランスロットが続ける。

どうやらこちらの気持ちに関わらずに、この夢は進行するらしい。過去にすでに起こったことなのだろう。

泣きそうなはずのガー様も、すらすらと言葉を返した。


「はん、意中の相手だと? わたくしは王女であったのだぞ? ままごとはせぬ」

「ままごと……ふはっ、そうか」

ランスロットが非常に楽しそうだ。リリスの心臓がぎゅんぎゅんと鳴る。


「…………お前は?」

「うん?」

「お前は美しい乙女に花を贈ったりしたのか?」

そう聞いたガー様の声はほんの少しだが上ずっていた。

散々ガー様の声だけ聞いているリリスだからこそ気づける僅かな違いだが、ランスロットも感づいたようだ。水色の目が柔らかく細められた。


「あなたも知っての通り、そんな余裕はなかったな」

優しい目でランスロットが言う。

リリスはこの目を知っている。

義兄のパスカルが姉のラスティアに向けていた目だ。

だから意味も分かる。

ガー様の心が一気に揺れた。


(あぁ…………ムリ、泣く)

リリスの両目から涙が溢れだしたが、夢の中のガー様は泣いたりしなかった。


「そうであったな。可哀想な奴」

「だからガーベラ、あなたに贈ろう」

「わたくしに?」

「あなたも俺に贈ってくれ」

「嫌味な花束をか? 物好きな奴だな」

「………………」

「どうした?」

「出来れば温かな意味のものを贈ってくれないか。妻として」

「……ふん、考えておこう」

そっぽを向いたガー様にランスロットが笑った気配がする。


「っ!」

ここでリリスは、自分の頬(・・・・)に涙が伝う感覚にぱちりと目を覚ました。


「…………あ」

ちゃんと自分の声が出る。

目に映るのは見慣れた自室の天井だ。

こちらもちゃんと意のままに動く手で顔に触れてみると、しっかり泣いていた。


ぐすっと鼻をすすり、身を起こしてガー様を探すとガー様はいつもの定位置にいた。机の上のランプにもたれて座っている。

リリスが起きても何の反応もないのでまだ眠っているようだ。あの幸せで切ない夢の中だろうか。


リリスはそうっとテラスへと出た。空はまだ暗いが、東の空の色はほのかに薄く、夜明け前だと分かる。

夏とはいえ空気はひんやりしていて、火照った頬には気持ちいい。


「…………会いたいなぁ」

リリスの中にはまださっきのガー様の気持ちが残っている。ぽつりと声に出すと静かに涙が出てきた。


「ふうぅっ……これが恋かあ」

リリスは寝間着の袖で涙を拭いた。

自分は恋をしたことがあると思っていたが、とんだ見当違いだったようだ。あれこそ、正にままごとだった。


義兄のパスカルにしていた甘酸っぱい初恋は、素敵な思い出だけれども、こんな風に胸が締め付けられるような本気のものではなかった。

元婚約者にときめいていたのに至っては、異性の特別を持ったことに対してドキドキしてていただけで、恋ですらなかった。


「私、何にもわかってなかったんだ……」

こんなに苦しい想いをおくびにも出さなかったガー様は大人だな、と思う。

リリスはしばらくの間、ぐすぐすとテラスで泣いた。




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