17.リリスの輝ける未来?
「お久しぶりです、カーラ夫人。ご一緒できて嬉しいです」
お茶会当日。子爵家のテラスでリリスが挨拶すると、すでに席についていたカーラ夫人はにっこりした。
長姉のラスティアより五才年上のカーラは現在25才。楚々とした美しさの中に、ちらりと漂う色気まである素敵な女性である。
ラスティアに促されてリリスも席につくとさっそくカーラが口を開いた。
「ご一緒できて嬉しいわ、リリスさん。無理なお願いをしてごめんなさいね」
カーラはそう言いながらリリスの抱えたガー様へと目向ける。
「お人形さんの服、そういう普段用もあるのね。可愛いわ、それもあなたが作ったの?」
「へっ? あ、は、はい!」
ガー様連れでと聞いていたので、てっきり人形に興味があるのかと思っていたのだが、カーラの興味はガー様の服のようだ。
ラスティアをちらりと見ると、ニマニマしながらリリスを眺めている。
「そういうことなら言ってくれればいいじゃん」
小声で抗議すると「ごめん、ごめん。驚かせたかったし」と返された。
リリスはむすっとしながら姉から顔を反らしてやった。
「ごめんなさい。作った服が見たいなんて緊張させてしまうんじゃないかと思って、伝えないでと言ったのは私なんだけど、もしかして変な心配をしたかしら?」
姉妹の様子にカーラが眉を下げる。
「いえ! 大丈夫です」
「春の舞踏会であなたを見かけたの。エスコート役がパスカルさんだったから、リリスさんだとすぐに分かったのよ。あなたとお人形さんはドレスがお揃いだったでしょう? きっと特注品だと思ってラスティアにお店を聞いたら、あなたが作ったって教えてくれたのよ」
「はい、人形の服は私が作りました。でも着ていたドレスは母の昔のドレスです」
「興味があったのはお人形さんの方なの。私には娘がいるんだけど、気に入りの人形にちゃんとしたドレスが欲しいってずーっとおねだりされててね。もうすぐ娘の誕生日もくるから可愛いものを探していたのだけど、あんまりぴんとくるものがなくて困ってたの」
「…………」
カーラの話を聞いて、リリスは期待と不安とで胸がドキドキしてきた。
だって、この話の流れは明らかに……
いや、でもまさか。
でもでも。
緊張して手汗が出てくる。
カーラはあっさりこう続けた。
「リリスさん、私の娘のお人形にドレスを作ってくれないかしら?」
「……ひぁっ」
予想はしていたが夢のようなお願いである。
リリスは変な声を出した。
「変な声ねぇ」
ラスティアがリリスの変な声を聞いて苦笑してくるが、リリスはそれどころではない。
自分の趣味が伯爵夫人に認められ、さらには娘の分を作ってくれと依頼までされたのだ。
こんなに嬉しいことはない。
「っ…………っ……」
上手く言葉が出てこなくて、しかし承諾の意は伝えたくてリリスはがくがくと頷いた。
「あら、びっくりさせちゃったわね」
「リリス、落ち着いて。とりあえずお茶を飲みなさい」
リリスは震える手で紅茶を飲み、添えてあったクッキーも食べた。
「失礼しました。私でよければ是非、作りたいです」
待っていてくれたカーラに告げるとカーラが微笑む。
「娘さんのお人形のサイズを教えてください。色の希望はありますか?」
カーラは人形のサイズの書かれたメモを取り出す。あらかじめ用意していたらしい。そこには人形の髪や肌の色、娘の好きな色やドレスについても書き出されていた。
「私が作るのはきっと、ふりふりというか、ロマンティックというか、懐古主義的なものになると思うんですけど……」
メモを確認してから遠慮がちにそう言うと、カーラは首を横に振った。
「娘は可愛いものが大好きなの。私もあなたの作るドレスは素敵だと思うわ。私が小さい頃に着てたのはそんな感じだったから懐かしいし。それに最近の流行もシンプルでいいけれど、物足りないな、とも感じてもいるのよ」
ぱちりとウインクも送られる。
「! そういうことでしたら、精一杯頑張ります!」
リリスは元気よく返した。
その後、カーラの方で材料費を負担することとドレス作成依頼の金額も示される。
「こんなにたくさん……」
提示された金額はけっこうなお小遣い程度あって、リリスは息を呑んだ。
「ブティックでオーダーメイドしたらこんなものじゃないもの。気にしないで」
「リリス、もらっておきなさい。自分の仕事を自分で卑下するものじゃないわよ」
腰が引けたリリスにカーラとラスティアの圧がかかり、リリスは大きなプレッシャーを感じながらありがたくいただくことにした。
納期は二週間とも決まり、じゃあ後は本来のお茶でもしましょうか、となった時だった。
リリスの耳にガー様の声が飛び込んでくる。
『リリス、ドレスにお前の名前を入れることを了承させろ』
「へっ!? えっ」
突然ガー様に話しかけられて慌てるリリスに、カーラとラスティアがきょとんとしている。
『名前だ。リリス、誰が見てもお前が作ったと分かるように、名前を入れておくんだ。出来れば表に小さなタグを付けて』
「名前? タ、タグで?」
『とにかくカーラ夫人に伝えろ。作者として自分の名前を入れておきたいと』
訳の分からないままにリリスはカーラに向き直った。
ガー様の言うことなら間違いないのだ。
「あのっ、作ったドレスに、私の名前を入れておいてもいいですか? 出来れば、目立たないタグとかで」
何とかガー様に言われた通りに主張してみると、カーラが目を見開いた後で納得したように頷く。
「……デザイナー名、ということね。そうね、そうすべきだわ。もちろん構わないわよ」
カーラの隣ではラスティアが「リリス、あんたしっかりしてきたわねえ」と驚いている。
「ありがとうございます!」
リリスは礼を言い、そして“デザイナー名”という言葉が無性にむず痒くなって、ひたすらに俯いてお茶を飲んだ。
❋❋❋
「ところで私の名前を入れるのって、そんなに重要なんですか?」
お茶会が無事に終わり、自室へと引き揚げたリリスはガー様に問う。
『ドレスが注目を集めた時に必須であろう』
「ち、注目……?」
そんなもの、集まるだろうか。リリスは春の舞踏会で少々注目されたが、あれは公の場で妙齢の令嬢が人形を抱えていたからである。
今回は幼い少女が家で人形遊びをするだけだ。家人には微笑ましいだろうけど注目はされないと思う。
『カーラ夫人はかなり社交的だ。夫が商いもしているから商家の新商品のレセプションにも顔を出す。場所によっては娘も一緒だろう。そして小さなレディは気に入りの人形をおめかしさせて連れて行くだろうな』
「それって……」
『ひょっとしたらお前の人形ドレスは色んな場所でお披露目されるということだ。そしてそこでドレスに興味を持つ者がいたとする。タグがあればすぐに売り物では、と思う。どこで売っているかと気になるだろうな。彼らはカーラ夫人にドレスの購入先を聞くはずだ』
「そんなに上手くいくかなあ」
『リリス、何事もやってみなくては分からない。まずは成し遂げるべきであるぞ』
「成し遂げるとか、そういうのではないんですけどね」
『気持ちは大切だ。それにきちんと名前を入れておけば、後々に商品登録をする時にも役立つ』
「商品登録」
それは商業的に新商品なんかを売り出す際、ギルドで行う登録のことである。
「ガー様、そんな大きな話にはなりませんよ」
『解らぬぞ? このわたくしが、決して趣味ではないお前のドレスを認めているのだ。カーラ夫人も素敵だと言っていた。つまりお前のドレスには古臭いだけではない何かがある』
「ええっ」
初耳だ。ガー様はドレスを時代錯誤とか言ってたくせに気に入っていたらしい。
『わたくしの審美眼を信じろ、自信を持てリリス。お前は将来、人形ドレスのデザイナーとなるのだ!』
「いやいや、なれませんよ。私はラスティ姉さんの子供たちの家庭教師になるんです」
盛り上がってきたガー様にリリスは釘を差した。リリスは地に足の付いた女なのだ。
『弱腰なお前は家庭教師には向いてない、諦めろ!』
「そんな」
『そしてデザイナーになるのだ!』
「だからそっちの方が難しいですよ」
『なれる! カーラ夫人の娘を踏み台にして成り上がれ!』
「踏み台はなんか違うと思います」
『リリス、今こそあれだ、あの掛け声だ! 唱和しろ、さん、はい!』
こうしてリリスの部屋に強制的に「えいえい、おー」が響き渡り、リリスの目指すべき夢が決まった。




