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16.思い込みの激しい女と流されやすい女


さて、ガー様とランスロットを会わせる作戦は絶賛頓挫中だが、ガー様の新しい服作りは順調なリリスである。


大公家の近くでシオンに見つかってから十日ほど経った。その間にリリスはガー様の普段用ワンピースを完成させ、現在は次の作品、黒の甘いドレスについての構想を練っている。


新作はハイネックにして首元にリボンを結び、クラシカルな雰囲気にしてはどうだろうか、その場合、揃いのボンネットは小さなシルクハット風の帽子にするのがいいかもしれない。


(くぅ〜〜っ、いいかも。私、天才かも)

血湧き肉躍るリリス。

着てくれる人がいるというのは嬉しいものだ。

デザイン画にも熱が入る。


『リリス、リリス』

「何ですか?」

ガー様の呼びかけにリリスが上機嫌で答えると、ガー様はこう要望してきた。


『そのドレスだが、出来れば裏地を薄い青にしてくれないか?』

「えっ、う、裏地ですか」

突然の裏地への言及にリリスは狼狽えた。


裏地のことなんて考えてもいなかったのだ。

作っているのは人形用のドレスで、リリスは素人である。これまでの趣味のミニチュアドレスに裏地を付けたことはない。


『ダメか?』

「いえ、裏地付きなんて作ったことがなくて……でもスカートの下にペチコートみたいになら付けられると思いますよ。付けましょうか?」

それくらいなら簡単にできるだろう。


『うむ』

「……もしかして着心地悪かったですか?」

心配するリリスにガー様は歯切れ悪く答えた。


『いや、わたくしは人形の身で感覚がないから着心地は関係ない。そのー……なあ、あれだ、ほら、何となく青があってもいいかなと、わたくしはあの男の妻なのであるし』


「………!」

ぴんとくるリリス。

ガー様の夫、ランスロットは金髪に水色の瞳を持つ人である。社交界では想い合う恋人や夫婦が互いの色を身に付けることはよくあることだ。

ガー様はランスロットの色をまといたいらしい。


(そうだよね。久しぶりに一から作るドレスだもんね。考えてみればオーダーメイドじゃん、気合も入るよね。大公閣下の色は欲しいよね……やっぱり、あ、愛してるんだろうなあ)

ちょっとドキドキしてしてくる。


しかも裏地に相手の色を入れる、というのはなんかちょっと艶っぽい。


(だって、それを見れるのって閣下だけだよね。え、見る? 見るって……………………)

十六才の乙女であるリリスは普段滅多にしない大人っぽい想像をして、ぼふっと真っ赤になった。


『妻として、そういう気遣いは大切なのだぞ。それにお前のデザインの邪魔をしてはいけないからな。裏地であれば問題ないであろう』

真っ赤なリリスには気づかずにガー様は続ける。きっとガー様にはリリスがしたエロい、いや、大人っぽい考えはない。人形だし。


「わ、わわ、分かりました! 裏地に薄い青を使いましょうね!」

リリスは脳内の大人っぽいイメージを追い払ってデザイン画の横に大きく”裏地 青“と書き加えた。


『ありがとうリリス。ん? どうした、顔が赤いぞ』

「ひゃあ、何でもないです」

『そうか? 無理はするなよ』

「はい!」


『ところでリリス。嬉しい報告もあるぞ』

ガー様がニヤリとしたのが分かる。

「何ですか?」

『お前から少しずつ魔力をもらってけっこう貯まってきたのだ。いいか、見てろよ……』

得意げにガー様は言うと、カッとその青い瞳が赤く光った。


「わっ」

『ふはははは、どうだリリス』

のけ反ったリリスにガー様が高笑いする。


「すごいですね、ガー様。ちょっと怖いですけど」

この技は目が赤くなるだけで特に何の効果もないのだが、リリスは素直に感心した。


『そうであろう。すごいであろう。もっと貯まれば這って移動も出来るし、小さな魔法なら使えるはずだ』

「おおー、すごいですけど、這うのは家の中ではしないでくださいね。特に夜とかはホラーになりますからね」

屋敷中が大騒ぎになってしまう。


『心得ている。しかし瞳の色だけとはいえ、自分の意思で体を動かせるのは良いものだな…………リリス! 閃いたぞ!』

話しながらガー様の声が上擦る。すごいことを思いついたようだ。


「なんでしょう」

『目が青の時は“イエス”、赤の時は“ノー”と決めておけば、周囲に悟られることなく、リリスにわたくしの考えを伝えることも可能ではないか!』

「!」

はっとするリリス。


「二人だけの暗号ですね!」

『そうだ、いざという時はそれで合図をしよう』

「いい考えですね! 覚えておきます」

『ああ、時が来たら使おう』

嬉しげなガー様にリリスも力強く頷く。


二人は気付いていない。

ガー様の声はリリスにしか聞こえないので、別にそんなことしなくても周囲に悟られずに普通に意思を伝えることは可能だということを。

何なら他人がいる状況で目を赤くするのはむしろ悪手である。


「スパイみたいですねー」

『ふふふ、使うのが楽しみだな』

盛り上がるリリスとガー様。

ガー様は少々思い込みの激しい気質であり、リリスは非常に流されやすい気質なのである。


とここで、リリスの部屋にノックの音が響く。

ガー様はすんっと無言になった。


「はーい、どうぞ」

リリスも盛り上がっていた気持ちを落ち着けて返事をすると、部屋に入ってきたのは長姉のラスティアだった。


「リリス、ちょっといいかしら」

「ラスティ姉様、どうしたの?」

母に似て気高い美人であるラスティアがリリスに微笑む。


「明後日、カーラ夫人がお茶に来るのだけどリリスも同席して欲しいの」

カーラ夫人とはラスティアの年上の友人で伯爵夫人だ。リリスは挨拶をしたことはあるがきちんと話したことはない。リリスは少し身構えた。


「いいけど、どうして?」

「ふふ、秘密。あら、お人形さんの衣装新しくしたの?」

ラスティアはリリスの問いをはぐらかすと、ガー様の装いに目をとめた。

今日のガー様はリリスの作った普段用ワンピースを着ている。それはレモンイエローの綿のふんわりしたワンピースで白い大きな襟がポイントだ。襟と袖の縁はもちろんレースになっている。


「うん。これは普段用なの」

「なかなかいいじゃない。リリスにこんな特技があったなんてねえ。あ、明後日はそのお人形さんも一緒に参加して欲しいのよ」

「…………な、なんで?」

ガー様も共にと言われてリリスは一気に警戒度を上げた。

そんなリリスにラスティアはゆったりと微笑んだ。


「それも秘密。大丈夫よ、カーラ夫人が望んでいることだから」

「ガー……こ、このお人形は譲ったりはしないから!」

もしかしたらカーラ夫人は人形を集めるのが趣味なのだろうか。

ガー様はとても綺麗な人形だ。人形好きな人からすれば魅力的かもしれない。リリスは青ざめた。


「そういう話じゃないわ。悪いことにはならないわよ」

そうして長姉はさっさと部屋を出ていこうとする。


「ちょっと、ラスティ!」

「リリス、お口。子供じゃないんだからちゃんと姉様をつけなさいよー」

「姉様! 説明はしてよ」

「それは明後日ね」

ラスティアは「私を信じて」と言いながら本当に行ってしまった。


「えぇ……」

取り残されたリリスは途方に暮れるが、断りようのないこともわかっていた。

カーラ夫人は伯爵夫人で、ラスティアの友人の中ではおそらく一番身分が高い。

穏やかな人柄だとは聞くが、そんな人のお茶の席の誘いを理由もなしに断るのは無理だろう。


「……ガー様、どうやら私とガー様でカーラ夫人とお茶するみたいです。夫人に買い取りたいとか言われたらどうしよう」

『ふむ、聞こえていた。カーラ夫人とはカーラ・モード伯爵夫人のことだな。温厚な人だったと記憶しているから強引な真似はしないのではないか?』

「確かに、怖い方ではないです」


『夫のモード伯爵は王都に店を三店持つやり手で、少々ずる賢いが悪どさはない。変なことにはならんだろう。因みに夫婦仲は良かったはずだぞ。わたくしが社交界にいた頃に娘も産まれていた』

すらすらとカーラ夫人とその家についての知識を披露するガー様。


カーラ夫人は姉の友人であるから、その人柄やもうすぐ五才になる可愛らしい娘がいることなんかはリリスも知っているが、王都の店の数までは知らなかった。


「物知りですね」

『わたくしは大公夫人であるぞ、これくらいは基本だ』

さすがガー様である。大公閣下も虜になるわけだ。


『お前の姉も悪い話ではないと言っていただろう? お茶くらいしてやろうではないか。まあ今のわたくしに茶は飲めぬがな』

いつも通りの強気なガー様。

リリスはガー様と一緒ならきっとお茶会も何とかなるだろうと気を取り直した。






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