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私が購入したのは大公夫人のようです  作者: ユタニ


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15/35

15.恋をしているのはリリスではない


馬車の扉が閉まる。

麗しい青年と馬車に二人きりとなったが、もちろん嬉しくはない。これから始まるのは職務質問的なものである。車内の空気は重苦しい。


「あなたは舞踏会の夜、一般の方は立ち入り禁止の執務エリアに入ろうとしていましたね? そして今日は大公閣下の屋敷の周りをウロついていた。舞踏会では迷ったと言っていましたが、閣下の執務室に行くつもりでしたか?」

シオンは咎める口調で切り出した。


「…………」

おっしゃる通りなので言い返せない。

リリスが俯いているとシオンは口調を和らげた。


「閣下に想いを寄せるのは勝手ですが、閣下が今も亡くなられた奥様を偲んでおられるのはもちろんご存知でしょう? 本当に好きならば相手を煩わせるようなことは止めなさい」

「申し訳ありません」

ランスロットに想いを寄せているのはリリスではなくその奥様本人であるので、そこは否定したいがまず謝罪した。

執務室突撃もアポなしお宅訪問も褒められたことではない。素直に謝るのが得策だろう。


「私に謝ってもらう必要はありません」

「そ、そうですね。すみませ、あっ、すみません」

言われたそばから謝ってしまい、それについて結局謝ってしまった。


「…………」

気まずい。

シオンが再びため息を吐いて、リリスはしおしおとうなだれた。


(ガー様と大公閣下を会わせてあげたいだけなんだけどな………あ)

うなだれた後にふと思い付き、リリスは顔を上げてシオンをじっと見た。


(これ、チャンスだったりする?)

目の前のこの男が、ランスロットへの架け橋になったりしないだろうか。


「あのっ、ところでラズロ様は閣下にご用だったのですか?」

「ええ、魔法塔の仕事の延長ですけどね」

「ラズロ様は閣下とよく顔を合わせますよね?」

彼は魔法塔のエース。次期副長官とも言われている男である。きっと長官であるランスロットともやり取りがあるに違いない。


「頻繁ではないですけど」

「ラズロ様!」

リリスは身を乗り出して一気に捲し立てた。


「一生のお願いです! 私と閣下を会わせてくれませんか? 誓って下心はありません。私は閣下にこの人形を見てほしいだけなんです! この人形、閣下の亡くなられた奥様の持ち物だったんですよ。思い出の人形をひと目見て欲しいんです!」

ガー様を掲げて力説する。

ここに大公夫人の魂が入っていることまでは信じてもらえないだろうから、それは省いた。


ガー様を持つ手に力が入る。リリスは縋るような目でシオンを見あげたのだが、シオンは冷たく返してきた。


「そういう嘘は止めなさい」


ばっさり断言されてリリスの頭に血がのぼる。

こんなに必死なのに嘘なんてひどいではないか。


「嘘じゃないです!」

リリスは真っ赤になりながら語気を荒くした。


「本当に奥様のものだったんです!」

何なら奥様自身だ。こんな風にかっとなるのに慣れなくて声が震える。目も潤んでしまっていたようで、シオンが怯んだのが分かった。


「…………確かに、根拠もなく嘘だと決めつけるのはよくありませんでした。あなたを傷付けましたね、すみません」

シオンは逡巡した後に謝ってくれた。


「いえ」

「思い込みは誰にでもありますからね」


(…………)

付け足された言葉は嫌味だろうかとシオンを見ると、眼差しは真剣そのものだったので嫌味ではないらしい。


(とにかく嘘じゃないとは思ってくれたんだし、いいか)

納得するリリス。血がのぼった頭も元に戻ってきた。


「ですがどちらにしろ、閣下に奥様の話をするのは止めておきなさい。それはあの方の深い傷に直接触れる行為です。あなたも慕っている方を傷付けるようなことはしたくないでしょう?」

「あのう、さっきも言いましたが、私は閣下への下心はありませんよ。もちろん傷付けるつもりはありませんけど」

リリスはもごもごとランスロットへの想いを否定してみた。


リリスにランスロットへの恋心なんてものはない。

ゴシップ誌で見かけるランスロットの絵姿をカッコいいとは思うが、それだけだ。


ランスロットの憂いを含んだ表情や、今にも壊れそうな危うい雰囲気がたまらない、と熱をあげる婦人もいるらしいが、リリスは違う。

リリスは自分の地味さを自覚した、地に足のついた娘である。そんなリリスにとって危険な男は避けるべきものであり、焦がれるものではない。

ましてやランスロットはガー様の夫、恋愛対象ではないのだ。


「恋をすること自体は良いことです。私はグレイシー嬢の気持ちまで否定する気はありません。ですから安心してください」

生真面目に諭してくるシオン。ちょっと優しげだったりもする。


「ですから、恋では」

「自分を欺くのは感心しませんね」

「あ…………はい」

リリスは諦めることにした。

空気を読むのは得意であるし、状況的に誤解されても仕方ないのは分かる。シオンが言いふらすとも思えないのでここは甘んじて恋としよう。


「では、あなたはお一人のようですし、本日はこのままグレイシー家にお送りしましょう」

「それには及びません。寄りたい店もありますので」

「子爵家令嬢たるあなたが一人で街歩きですか?」

「時々してますよ。末端の貴族なんてこんなもんです。特に私は地味なので目立ちませんし」

有力家門のご令嬢ならともかく、グレイシー家は素朴な家である。


それでも母ティモシーは伯爵家の出身だったので、当初は娘たちの街歩きにメイドを付けたりもしていた。だが次女のマースティアが度々これを嫌がって拒否したので、何となくずるずると一人で出かけるのは当たり前になってしまった。


三女のリリスともなると、母もずいぶんと抵抗感が薄まっていたようで煩く言われたことはない。

三番目なんてこんなものである。


それに自慢じゃないが、リリスはこうして簡素なワンピースを着てしまえば完全に町娘に見えるのだ。

幼い頃からマースティアに連れられてうろうろしてきたので、手慣れてもいる。町に完全に溶け込んでいるせいか変な輩に絡まれたこともない。

本日はふりふりドレスのガー様を抱いているのでちょっとばかり注目はされていたが、許容範囲だ。


「…………」

リリスの返答にシオンは絶句し、だがすぐにこう言った。

「どちらのお店ですか、お付き合いしましょう」

「えっ?」

「あ、いや……」

申し出に驚くリリスだがシオンも同じように驚いている。

咄嗟に口をついて出てしまったようだ。


「ご迷惑ですしいいですよ」

「乗りかかった船です」

「それは何か違うような」

「お一人でうろうろするあなたを放っておけと?」

放っておけばいいと思うけれど、引っ込みがつかないのだろう。

リリスは思わず苦笑した。一瞬だけシオンの瞳が揺れる。


「分かりました。お願いします」

リリスはシオンの申し出を受けることにした。



こうしてリリスはシオンと共に、レース専門店とアンティークボタンを扱う店を回ることとなった。

ガー様もいるのだが、まるでデートである。

でもデートの甘い雰囲気がないせいか緊張はしない。向かいの席で生真面目に背を伸ばして座るシオンになぜか安心しながらリリスは馬車に揺られた。


「こちらのお店ですか?」

最初のレース専門店に着き、シオンがきびきびと店を確認しエスコートしてくれる。


「では、ここで待っていますので」

そう言って店の外で待とうとするのは慌てて止めた。それではまるで従者だ。

魔法塔のエースな伯爵家令息を従者扱いする訳にはいかない。


「よければラズロ様も一緒に見ませんか? あまり興味はないかもしれないですけど」

誘ってみると店には入ってくれて「お邪魔でしょうから、一人で見ています」と店内では距離を取ってくれた。


(それなりに真面目に見てる……)

店の一角にある古い刺繍見本のコーナーを眺めだしたシオンにリリスは感心する。昔の刺繍にはまじないの効果もあったらしいから、魔法使いとしては気になるのかもしれない。


(私も選ぼう)

リリスもガー様の新作ドレスに付けるレースを選び出したところでガー様が口を開いた。


『リリス、聞きたいことがある』

どうやらシオンが離れるのを待っていたようだ。

通常状態のガー様は、リリスが誰かと対峙している時は話しかけないように気を遣ってくれているのだ。

ガー様の口調は少々尖っていた。


「どうしました?」

小声で返すリリス。

店に不審な点でもあったのだろうかとそわそわしていると、ガー様は珍しくしどろもどろでこう聞いてきた。


『お前……ラ、ランスロットに、その、惚れているのか?』

「…………」

リリスはぽかんとしてから、質問の意味を理解した。


ガー様はさきほどのシオンとのやり取りを本気にしているのだ。開口一番に聞いてくるということはよっぽど気がかりだったのだろう。

いつもはランスロットのことは“あの男”呼ばわりのくせに、今は名前を呼んでマウントまで取ってきている。


(ほんと可愛いとこあるんだよなあ……)

リリスは思わず口角をあげた。


『おい、何をニヤニヤしている! ど、どうなんだ? 惚れたのか? もしそうならば止めておけ。あいつは重たく暗い男であるぞ、お前には荷が重い。()のわたくしが言うのだから間違いない』

妻のところを強調もしてくるガー様。

リリスなんて恋敵にもなりはしないだろうに、焦ってるのが可愛い。

それとももしかすると、ガー様の中でリリスの評価はけっこう高かったりするのだろうか。

だとしたら嬉しい。


「ふふ、惚れてませんよ」

『だがさっき、否定をしなかったではないか』

「あれは諦めただけです。ガー様、思い出してください、私の初恋はパスカル義兄さんですよ? 大公閣下とは全然タイプが違います」

『そ、そうか! そうだな。確かにあの糸目が好きならあの男は対極だな。うむ』

ほっと息を吐くガー様。


リリスはニヤつきながらガー様の新作ドレスに付けるレースを選んだ。


その後はアンティークボタンの店へも行く。ここでもシオンは丁寧にエスコートしてくれて、店内ではそっと距離を取ってくれた。

そうしてリリスがレースとボタンを大量に購入した後、シオンはリリスをきちんとグレイシー家まで送ってくれて門の前で別れた。




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こ、これは、デートでは…?
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