14.大公閣下の屋敷へ行ってみた
本日2話目です。
春の舞踏会での企みが失敗に終わった数日後、リリスはある提案をしてみた。
「ガー様。まずは砦にあるガー様の本体を確保しませんか?」
『む?』
「よく考えたら、一人で砦で寝てるとかなんですよね? 危ないですよ」
舞踏会の夜は情報量が多すぎてスルーしてしまったが、ガー様の本来の体は今も幽閉されていた砦にあるのだ。
リリスは石造りの部屋のベットに横たわるガー様を想像する。
想像するのはもちろん、人形のガー様ではなくちゃんと人の姿をしたガー様である。
リリスはガー様本人を見たことはないが、ゴシップ誌の絵姿なら見たことがある。ガー様は艶やかな黒髪に深い藍色の瞳、白い肌の美人さんのはずだ。魂を人形に入れた時の年齢のままなら18才。
うら若い美人が一人で、しかも無意識で寝ているのは危険だと思う。
ランスロットに会うのが難しい今、まずは本体の安全を確保した方がいいのではないだろうか。
不安になるリリスにガー様は力強く答えた。
『リリスよ、それについては問題ない。あれを害することができる者などおらぬし、少々の細工はしてある』
「そうなんですか?」
『うむ。それにあそこは廃止が決まっていたぞ。今はもう無人で、立ち入り禁止だろう。それこそあの男の協力なしでは入れん』
「あ、そうなんだ。うーん、じゃあ、とにかく大公閣下に会って説明しないと始まらないんですね……」
それが全然上手くいかないのである。あてもつても何もない。
「とりあえず大公閣下のタウンハウスでも行ってみますか? ひょっとしたらひょっとして運よく会えるかも……」
言いながらも会えないだろうなあ、と語尾が尻すぼみになってしまう。
『リリス、いいんだ。行っても門番に睨まれて終わるだけだ。舞踏会ではお前を危険に晒してしまって、わたくしとて反省しているのだ』
「あれは危険というほどでは」
『いや、あのサイラスは十分危険だった。まるで狂犬であったぞ』
リリスは暗い瞳の美しい男を思い出す。
「目つきは暗かったですね」
『あやつの一番の取り柄はあの美しい顔だが、腕もそれなりにたつのだ。お前なぞ、一瞬でやられる』
「でも、屋敷の前を通りがかるくらいなら大丈夫ですよ。試しに行ってみませんか?」
ダメ元でもしないよりはいい。
とにかく力になりたいのだ。
『しかしだな……』
「新しいレースやボタンも買いたいんです。買い物のついでにちょっと通るくらいならいいでしょう? 行ってみましょうよ」
買い物がしたいのは嘘ではない。
リリスは早くもガー様の新作ドレスの構想を練っている。
リリスの趣味的には、次のドレスはコーラルピンクの甘々なのを作りたいのだが、ガー様のキャラを考えるとあえての黒の甘々もいいかと思っている。それに加えて普段用のワンピースも作りたい。
レース屋さんに行ってインスピレーションを得て、似合いそうなボタンも買っておきたいのだ。
『ふむ、まあ、買い物が主目的だというのなら。ついでに我が屋敷を見てみるのもやぶさかではないな』
そんなことを言いながらも、ちょっと嬉しそうなガー様の声。
「決まりですね!」
リリスはさっそく地味な町娘風ワンピースに着替えると、ガー様と共に街へと出かけた。
そして、大公家のやたらと広い屋敷の門を窺える所まで来たのだが、庭が広すぎて屋敷の様子なんてちらりとも拝めなかった。
「大公家って、すごく広いんですね」
広さに圧倒されるしかないリリス。
『まあな』
「これじゃあ中の様子は全然分からないですね」
『仕方あるまい』
「はあぁ……遠目ですら閣下に会えない。無力だ」
しょんぼりするしかないリリス。
しかしここで、屋敷より馬の蹄の音が響いてきた。車輪の回る音もする。
(馬車だ!)
リリスは大公家を凝視した。
視線の先には確かに、庭の小道をこちらに向かって走ってくる馬車が一台あった。
「ガー様、馬車ですよ! 馬車が出てきます!」
やがて、リリスより十数メートルほど離れた門扉が開かれて、美しい装飾の施された高そうな馬車が出てくる。
「大公閣下でしょうかっ!?」
『リリス、落ち着け! 紋が違う、大公家のものではない』
今にも道に飛び出しそうになっていたリリスをガー様が止め、ガラガラと目の前を馬車が通り過ぎた。
「なんだあ、ハズレか」
『そんな上手くいくものか。まあ、わたくしとしては懐かしの我が家も見れたことであるし、これはこれでだな、ん?』
「どうしました?」
『おい、馬車が停まったぞ』
がっくりするリリスをガー様が慰めているその少し先で、大公家から出てきた馬車が停まった。
「あれ? 本当だ」
馬車の扉が開き中から男が一人降りてくる。肩までの栗色の髪に綺麗なアメジストの瞳の男だ。
「…………あ」
嫌な予感がするリリス。
だってリリスは近づいてくる男を知っている。あれはきっと伯爵家の嫡男で魔法塔の若きエースである。
若きエースは真っ直ぐにリリスの元へとやって来て、硬い声で聞いてきた。
「何をしているのですか?」
明らかに不審者を見る目つき。
リリスの前に立つのは、数日前の舞踏会で会ったばかりシオン・ラズロ伯爵令息だった。
「……こんにちは、ラズロ様。先日はお手間をおかけしました」
「こんにちはグレイシー嬢。もう一度聞きましょう、あなたはここで何を?」
シオンはぐるりと周囲を見回す。
見回しながら、つと大公邸に目を止めて眉を寄せた。
「えーと」
顔つきからして、シオンはリリスが用もなくランスロットの屋敷周辺をうろついていたと思っているようだ。
実際その通りなので上手い言い訳が出てこない。
「…………」
リリスの様子にシオンはため息を吐いた。
「あの、その」
「グレイシー嬢、あなたまさか閣下を……いえ、こんな往来で問いただすのはよくありませんね。一旦私の馬車へ行きましょう。どうぞ」
有無を言わさずに差し出される腕。
(これは……エスコート、よね?)
これから行われるのはきっと取り調べなのだがエスコートはしてくれるようだ。
リリスはそっと手を乗せると大人しくシオンに馬車へと連行された。せっかくの若手有望株のエスコートだが全然嬉しくない。
護送される囚人の気持ちで、リリスはラズロ家の馬車に乗った。




