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1.プロローグ


この国で春の舞踏会と言えば、その年の社交シーズンの始まりを告げる王室主宰の舞踏会のことである。


それはスパティフィラムの宴とも呼ばれていて、未婚の令嬢であれば爵位に関係なく参加できるので、令嬢達はこの舞踏会でデビュタントするのが一般的になっている。


リリスの母も二人の姉達もこの舞踏会で華麗なデビュタントを飾り、まあまあの数の紳士を虜にした。

リリスも14才の時にここでデビュタントを果たし、まあ、失敗はしなかった。


そんな舞踏会に今年もリリスは参加する。ここ三ヶ月程は夜会も茶会も欠席していたので、久しぶりの社交の場だ。

エスコートは一番上の姉の婿である義兄にお願いした。


受付で招待状を出して、名簿に名前を書く。

取り立てて優雅ではないけれど汚くもない、読みやすいリリスの筆跡だ。


受付係が若干の不信そうな目付きでリリスを見てくる。

なかなかのハンサムな受付係。

彼はリリスに何か言いかけて、でも何も言わずに口をつぐんだ。


(うん、怪しいよね。怪しいけど咎めはしないよね)

リリスは心の中で受付係の態度に頷きながらも、咎められなかった事に安心して、義兄のエスコートで会場へと入った。


会場へ入ると、リリスは腕の中のガー様のテンションが一気に上がったのが分かった。


『リリス! なんと! 懐かしいな、わたくしはこのホールであの男と初めてダンスを踊ってやったのだ』

『知っているか、あの中央のシャンデリアのクリスタルは、わたくしの祖国からわざわざ取り寄せたものであるぞ!』

『ドレスの流行りも随分と変わっているではないか。……ん? リリス! お前のドレスはやはりかなり時代錯誤ではあるまいか?』

『リリス! 聞いているか?』


こんな近くに義兄が居ては、リリスが話せる訳もないのにいろいろ捲し立ててくるガー様。ずいぶんと浮足立っているようだ。


(聞いてますよ。でも、ガー様の声は私以外には聞こえないんですよ。だから今、受け答えしたら義兄様に変な目で見られてしまうんですよ)

リリスはガー様にそのように念を送ってみるが、もちろん通じなかった。

リリスにそんな特殊能力はない。魔力は普通だし魔法も使えないのだ。


『おい! リリス!』

リリスの返事がないことにガー様がイライラしてきてしまった。


「お義兄様、私に構わずご挨拶に行っていただいて大丈夫ですよ」

ガー様の言葉を無視してリリスは義兄のパスカルに、にっこりした。


「だけどリリス、舞踏会の参加は久しぶりだろう? 側にいるよ」

いつもながら、優しい義兄だ。


糸目の控えめなパスカル義兄さん。

長姉の婚約者としてリリスが幼い頃から交流があり、とってもベタだがリリスの初恋の人でもある。

淡い恋だったし、姉と義兄は昔から大の仲良しで、穏やかな二人の愛そのものにも憧れていたので、初恋を特に引きずってはいない。


「お義兄様、私はデビュタントしたての小娘ではないんですよ。気にしないでください。もうすっかり元気です。いつものようにのんびり過ごしますよ」

「そう?」

「ええ」

「分かった。目に付く所にはいるから困ったら呼ぶんだよ。リリスはいつでも私とラスティの可愛い妹だからね」

「はい」

パスカルはリリスの頭を、ポンと軽く叩くと優しく笑って離れて行く。


パスカルが離れてからやっと、リリスはガー様に小声で話しかけた。


「ガー様、近くに人がいる時は話せないんですよ」

『そうであったな。わたくしとしたことがうっかりしていた。しかし懐かしいな、四年ぶりか? 天井絵は完成間近だったと記憶しているが、もう完成したのだな』

「完成したのは、昨年だったと思いますよ」

『そうか。さて、もう行くのか?』

「まだです。もっと人が増えてからそっと抜け出しましょう。それまでは隅っこにひっそりいましょうね」

『ここは春の舞踏会だぞ? 紳士達が公然と声をかけられる夜だ。そんな場で若い娘がひっそりするなんて不可能ではないか?』

「残念ながら可能なのです。最初はちょっと見られるでしょうけど、何度も言う通り私はいつも壁の花ですから」


ガー様とこそこそ話しながらも、リリスは飲み物を取って定位置の壁際へと付けた。

後は周囲からの好奇の目が落ち着くのを待つだけだ。本日のリリスはいつもと違って多少目はひくが、大人しくしていれば皆はすぐに興味をなくすだろう。




そして、15分ほどの後………



『リリス、なんと言う事だ! お前、全くモテないではないか!!』

目論見通りひっそり佇むリリスにガー様が愕然としながら声をあげた。


『スパティフィラムの宴なのだぞ? 若いレディ達がこぞって参加し、まだ会えぬ運命の恋人を求めて参加する夜会だ。浮足だった紳士達が身分も忘れて声をかけてくるものであろう?』

「さっきもお伝えしましたでしょう、私はいつも壁の花ですってば」

答えながらリリスは、ガー様はきっと浮足だった紳士達に囲まれていたんだろうな、と思う。


『だからと言って、ただの一人も声をかけてこないなんて由々しきことだ。やはり、ドレスがかなり時代錯誤なのではないか?』

「違います。ここまで放っておかれるのは私だって初めてですが、ドレスのせいではありません」

ドレスを否定されて、リリスはむっとした。


確かに今日のリリスのドレスは流行を完全無視して趣味だけを押し出したふりふりごてごてのものではあるが、時代錯誤は言い過ぎではないだろうか。


(ガー様だって同じドレス着てるんだぞ。まあまあ、気に入ってたくせに)


それに、いつもはこんなにひどくはない。

今日が特殊なのだ。


平時ならリリスだって、一人か二人の殿方と当たり障りのない自己紹介をして談笑をしたり、ダンスを踊ったりくらいはするのだ。

何となーく相手の見つからない冴えない者同士でのお話やダンス。

その場限りの社交で、そこからロマンスなんて発展した事もないけれども、お声かけくらいはしてもらえる。


稀に、ごくごく稀に踊り疲れた人気の爽やかな紳士がちょっとした休憩も兼ねてリリスに話しかけてくれたりもする。平時のリリスは明らかに無害だからだ。


でも、今日はそれもムリだ。

リリスは諦観の表情で周りを見る。


今日のリリスは明らかに無害ないつものリリスではない。

受付係に始まり、リリスは会場に入ってからずっと紳士淑女の皆様から遠巻きにされ、警戒と好奇の目付きでチラチラと見られている。

見られてはいるけれど、誰も目を合わそうとはしてこない。

関わってはいけない、と思われているのだ。


(ええ、分かっていたことだわ。ガー様のお願いに真剣に向き合った時からずっと、分かっていたことよ)

リリスは小さくため息をつく。


(しっかりしてリリス、心を折ってはいけないわ)

そう自分を鼓舞して、何とか再び薄い笑顔を浮かべる。


そう、リリスことリリスティア・グレイシー子爵令嬢は本日、この舞踏会場にて完全に浮いていた。


(ああ、私の令嬢人生、今日で終わるかも………)

リリスは薄い笑顔でそう思う。


『ドレスのせいでないなら、なぜこんなにモテないのだ?』

そんなリリスに怪訝そうなガー様。


「それはもちろん、ガー様のせいですよ」

『わたくしのだと? どういう事だ!』

ガー様は自分のせいだと言われて、戦闘モードオン!になり、美しく青いガラスの瞳が心なしかギラリと光る。


リリスの抱くガー様の体は冷たく固いけれども、きっと今、中身はメラメラと燃えているのだろう。


『リリス! 説明しろ! どういう事だ?』


「ガー様、落ち着いて想像してみてください。舞踏会で、自分と揃いのふりふりのドレスを着せた大きな人形を抱いている妙齢の令嬢を」


『む?』

ガー様が、ぴたり、と止まる。

いや、まあ、ガー様はずっと止まっているのだ。ガラスの瞳はまばたきなんてしないし、手も足も動くことはない。何なら息もしてない。ずっと静止してきる。

止まるというのは、何というか気配がぴたりと止まるのだ。


『なるほど、今のわたくしは物言わぬ人形であったな。この場が久しぶりでつい感覚が変になった。ふむ、確かに舞踏会場で人形を抱く若い令嬢なぞ、不気味でしかないな』

ガー様、深くご納得のご様子。


そう、本日、王宮の春の舞踏会にリリスは揃いのドレスを誂えた、鳶色の髪に青い瞳のやたらと精巧な作りの美しい人形を抱いて参加している。


デビュタントに浮き立つ可憐な少女達や、まだ見ぬ出会いに焦がれる華やかな令嬢達が特に多いこの夜会に人形持ちで参加しているリリス。


皆様、そろそろお気付きでしょう。

先ほどからリリスが小声でやり取りしているのが、この人形のガー様だ。


ガー様人形は、赤ちゃんくらいの大きさがあり、このような場所で年頃のレディ(リリスのことだ)が抱えているのはとても目を引く。


という訳で、本日のリリスは人形(ガー様のことだ)を抱いて舞踏会に参加している不気味な令嬢なのである。


(お願いだから、今日は誰も私の名前を聞いたりしないで欲しい。広く身バレはしたくない)


リリスは祈るような気持ちで舞踏会場にいた。





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