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人生図書館 - What is memory?

作者: 白燕

新ジャンル『高圧図書館長』


…ごめん、言ってみただけ


今作は生まれてから実は二作目の読み切りです。

読み切りってどうも苦手ですが、代わりに人物が良く動いてくれたと思います(当社比


前作『アヴィス・メモリアル』とは違う世界観、お楽しみ頂ければ幸いです…

人は、生を受け死を受けるまでに少なくとも1000の本に出会うという。

本棚に、机に、ひょっとしたら床に、実に様々な場所にあるだろう本は…死ぬまでに1000冊を超えた出会いをしているのではないか。そう感じさせてくれる…


…申し遅れた。

私はこの図書館…俗に人生図書館とも呼ばれる『|亜空高位次元閲覧文書保管所としょかん』の図書館長。カルト。カルト・ライブラリアン。

四方無限の第12次元世界の図書館で一人蔵書と戯れる者だ

…わかりにくい?誰も聞いてはいないのだから良いだろう…。ここは誰も足を踏み入れぬ神々の図書館。人間になどこの数十年出会った事はない。あぁ、今日までで記録はリセットだがな

「お前、どうやってここに来た?」

私は…目の前にいる人間に声をかけた。

何故…高さ数センチの四角の中に収まったような人間が目の前にいるのか理解しにくいが…私の検索に『ケータイ小説』なるものが引っかかった。おそらく人を引き込む性悪な魔導書、そしてその被害者だろう。哀れな

「何?名前を忘れた?…まったく、どんな本に出会ったのだ…。記憶を奪い書物化する呪いの本か?それとも魂を図鑑化する魔性の本か?」

私は、今まで読んでいた本を棚に戻し、浮かぶ小さな人間に聞いた。だが…帰ってきた答えは私の想像と…理解を越えたものだった。

―ちいさい

それが答えだった。

「…悪いか?…身長がないとそんなに悪いか?」

「ん?最後に伸びたのはいくつの時?知らぬ。8歳の時から変わってない訳ではないぞ!絶対な!」

「うっうるさい!130もあれば構わぬだろう!貴様なんて数センチのクセしてっ!」

私は笑う人間を蹴りたい衝動に駆られたが…ふっ、私は冷静な判断でそれを抑えて…目の前の小さな人間を見下ろすような位置に移動して叫ぶ

「身長についてはナシだ!私は私。とやかく言われることは…なんだっ!何故笑う」

「こ…この服が?白と端の部分が黒いこのふくがカワイイだと?ふん…わかるヤツだな…」

私が着ているのは正式な図書館長の制服。白を基調に袖とスカートの裾が黒い布でインパクトを与え、首元にはミニタイをつけ、腰に巻いたベルトで威厳を持たせているのだ。どうだ素晴らしいだろう!

「…なに?ちっちゃくて幼稚園の制服みたい?…いい度胸だ!」

私は手を掲げ、本の概念に足を踏み入れる。力と勇気の本を『検索(サーチ)』。見つけて『読み(リード)』、『模倣(トレース)』する

我が魔法体系は本のイメージの具現化。このケータイ小説とやらの哀れな被害者は…ここで私に活字として殺されるのだ!ヒュ…と一冊の本が私に向かって飛んできた。私はそれを首だけで回避しようとした


…が、目の前で静止。タイミングをずらして私の額に分厚い背表紙を叩き付けた!

「あうっ!」

私はなんと無様なことに吹っ飛ばされ、床を滑って停止した。

「コラッ!『図書館ではお静かに』ってのを忘れたの?」

本が開き、中から非常に小さい少女が現れる。赤い髪を小さく束ねた…どことなく野性味を感じる少女だった

「初めまして、私はユナ。ユナ・ナンシー・オーエン。ここの図書館長についさっき具現化された図書概念よ。あなたは?」

「…ふぅん、…名前を忘れちゃったんだ。何かない?サイフとか名刺とか何か名前が分かるやつ…」「え?ケータイ?すっごい!初めて聞いた!むしろ動いてるの初めて見た!」

ユナが何故か興奮しているのが見えた。

…まぁ、彼女の世界では当たり前だろう。彼女の兄弟姉妹も知らない方が多いのかもしれない…

私も少し痛みが引いたので立ち上がり、少しばかりめくれたスカートを正す。

私としたことが…図書館ルール第一項目を破るとは…冷静さを欠いていたな

「ユナ、アドレスなど所詮記号。主の世界には敵うまい」

「カルト…。私の世界、殺人よ?」

あ、泣いてる…。

まぁ、まぁ気にしないでおこうか

「少し場所を変えよう」私が先頭で歩いてきたのは図書館の割と中央…に位置する筈の受付だ。

何せ無限の図書館。正確に中央なのか、それどころか受付の存在理由すら不明だが気にする必要はない

「整理しよう。もう一度自己紹介からだ。」

私は切り出して、私より小さい者たちを()めつける

「…私はカルト・ライブラリアン。ここの図書館長だ」

「ユナ・ナンシー・オーエン。カルトに呼ばれた図書概念の女の子よ」

ユナは開いた本から半身を乗り出して笑う。荒くまとめた髪がやはり粗野な雰囲気だった。インディアンをイメージしたのかもしれない

「なるほど。つまりその『ケータイ小説』とやらに取り込まれた哀れな貴様は幸運にもこの四方無限のこの図書館で、図書館長である私を見つけられた…。なるほど、少しわかってきたな」

「ほんとですか?判事!…は違う。館長!」

ユナは奇妙な間違いをして訂正した。

私は内心笑いながら表情を崩さずに仮説を述べた

「これは『ケータイ小説』という性悪な魔導書に意識を奪われた…と仮説を立てる。魔導書の力の一端は知識だからな、知識の宝庫と言ってもおかしくないここに通じたのでは…と考える」

「なるほど!つまり…ホシはこの図書館に関連があるということですね!」

「うむ。私は…そういう本の無害化も請け負っている。良かったな、貴様を元の世界に返す手伝いをしてやろう」

小さな人間は曖昧に笑いながら、電池がもつまで、と呟いた。

「電池?」

「電池?」

流石にユナと私は唖然とした。

「確かに数多の本がある。魔力を奪う本や暗くないと読めない本とかな。だが…電気式書籍などあるわけなかろう」

「そうよ、電池ってのはだいたい懐中電灯にしか入ってないのよ」

人間は曖昧に笑ったように見えたが私は気にせずに受付の椅子から降りた

「では…少し探査をするとしよう…書架、空想棚。『検索(サーチ)』」私の魔法は至極単純。

検索し、読み、模倣する。その三つが組み合わさっただけのもの。だが、それらは図書館長として完全な効率を与える要素だ

「………。書架変更、伝記棚………。おかしい、無いとは…」

「誰か借りっぱなんじゃない?」

「何と、返却期限は守れと…仕方がない。次にあったら活字にしてやるか…」

はぁー、とため息

何故返却期限すら守れぬのかと陰鬱になる

「…いや、まだ手はある。検索対象を変える。まずは…書架、空想棚『再検索(サーチ)』」

私の頭に、無限の図書館の一角が描かれる。私が3…いや4人直列しても届かないだろう大きな棚を私は魔法で飛び抜ける

意識体ではあるが、確かな感覚。私の検索魔法は一冊の本へとたどり着いた

「見つけた」

私は自分の体に戻り、手を掲げて本を呼び寄せた。

目に見えない確かな力に引かれてその本は私の元に呼ばれ、手に収まった。

「…『読む(リード)』」

本がパカッと開いてページが高速でめくれていく。前のページがつくまえに次のページが浮き上がる。私の頭には本の内容が一字一句読み込まれて精査していく…

…。見つけた。

「見つけたぞ、性悪魔導書よ!この私が命じる!姿を現せ!」

ゴッ!と本の背表紙が空間を捉えた

「おおっ!カルト凄い!」

「ふん、魔力の根源を叩けば力は失われる。私の知恵が貴様の悪事を上回ったようだな」

胸を張り、勝利の余韻に浸る…

うむ、悪くない

「いたた…やりますね…」

低くない男の声がした。

「ふん。私の図書館に土足で入ったのだ。この程度あいさつにもなりはせん」

私は本を宙に浮かせ、自身の持つ魔導書を呼び出した。私の魔力増幅装置。兼、図書館長の標準武装だ。

このような仕事、生身でやってはいけん

「名を名乗れ、侵入者」

「でないと後が怖いよ?」

ユナと共に威圧すると、今まで概念でしかなかった男がゆらぐように姿をさらす

紺の衣装。私とよく似た服だった

「あっ、この人…!」

ユナが小さく叫んだ。

「私は『概念書籍保管部』の所属、グレイ・ライドマン。別の『亜空高位次元閲覧文書保管所』への輸送中に抜け落ちた書籍の回収に参りました」

概念書籍保管部…私は小さく舌打ちした。

あそこは普通の図書館でいう『仕入れ』の管轄の部署。つまり、身内。

「…殴られるのは予想外でしたが」

一応、気まずい雰囲気にならないように詫びをいれておく。気持ちなどカケラも含めないが所詮世界などそんなものだ

私は自分の考えは歪んでいるなと内心笑い、グレイに何故来たのか改めて問いただした

「こちらの配送実験の手違いで本来の移送先ではない場所に本が転送されてしまいました。えぇ、お察しの通り実に三冊もこの図書館に紛れてしまいまして」

なるほど。

つまり、事故の後始末か…

「えぇ。そして一冊は見つかりました」

私は怪訝に眉を寄せて、本に微弱に力を供給したパキン。と二つの捕獲術がぶつかりあった。やはり狙いは…小さい人間!

「なにを!」

「貴様、私の許可なくここの本は渡さん!」

「あれは私の管轄物です。第3次元に戻します!」

「こそ泥め!」

私は供給を増やし、捕獲術を弾き返す

「…始末書ものですよ?」

「知らん。私は私の図書館を守るだけだ」

ユナが何やら騒いでいるようだったが私は無視して本を開く。

カパリと開いた本は私の意思を汲み上げて読みたいページまで自動でめくる

「来い、本たちよ。守れ」

バサバサと本棚が揺れてものすごい冊数の本がまるで壁のように飛んでくる

「『読む(リード)』・『模倣(トレース)』。概念顕現『精霊人形・ツイス』!」

私の呼び声に本が答え、回りに浮かぶ世界のカケラ()から一体分の人形が解き放たれる。

身長は60センチ程度。精巧なアンティークドールのようなしなやかな髪が揺れていた

元来存在しえない人形に私は触れて、頬を撫で、唇に指を添える。

「私は図書館長カルト・ライブラリアン。あなたの力、お借りします」

人形は澄んだ目を開き、答える

「はい。一時認証でマスターと認めます。『亜空高位次元閲覧文書保管所』図書館長ならば我々も誇りというものです」

人形は風をまとい、その金の髪を乱して毅然と目の前に立ちはだかる男に叫んだ

「さぁ、害なす者よ。私を倒して見せよ」

グレイは呆れたように目の前の人形を見つめる。可愛らしい表情だが、魔法を使う者には見える感じる。化物じみたその力が、ありありとみせつけられる

「図書館長。あなたはこんなものまで呼び出せるんですか?馬鹿げた力だ…」

「ありがとう。そして、おしまいよ」

私は本を振り上げて力を流し込む。

魔力を得た人形は自身の『風』の力を駆動して身にまとう風を強烈に荒れさせた

「『私の名に連なる風よ。荒れ狂う奔流なりて吹き荒べ。ゲイル、ブラスト、シロッコ。風よ、伊吹け!』」

ドウ、と図書館を揺らす轟風がやってきた

風は本棚を撫でるように吹きながらも決して倒さずにやってきた

「開け。私の世界よ。概念干渉を喰らい散らせ。『私と私の世界(フラクタル)』」

グレイの本は風を喰い破り、彼を中心に球体状に暗い膜を張った。

ユナはそれを見て呟く

「そんな…『概念破壊』の本?!そんなの卑怯よ!」

ほぅ…

私は納得する。

「全ての幻想を破壊する。『イマジンブレイク』の系統種か、やはり仕入れ屋は武装が違うな」

「『目録』を使うあなたが何を言いますか。この図書館全てが武器のクセに」

私はツイスを呼び戻して笑う

確かに、私はここの蔵書…いや、全ての本を『読み』『模倣』することでどんな世界でも複製することが出来る。

たとえ、人がいない世界だろうと、逆に人しかいない世界だろうと、記された文書を読み解き、私は著者の込めた概念に姿を与える

「そう。いくら貴様とて限界があろう!私が…引導をくれてやる!」

「嫌ですね。異方概念『絶夢』」ギシッ、と図書館そのものが軋んだ

「何をした」

「少し、ねじ伏せましょう。『概念崩壊』の世界!」

私の礼装が盛大な音をたてて内部の防衛機構を稼働させた。どうやらこの世界の『本来の姿』が歪められたらしい…「ごめ…カルト…私、コレむりだわ…」

ユナの概念が一時的に消滅し、ただの本となって床に落ちた。

「くっ…ユナ、すまない」

私は小さく謝ってもう一冊の『ケータイ』を見る。

「お前は…無事か、良かった…。『ケータイ小説』とやらは異界概念を内包した武装系か?」

私は人間が困った顔をしたのを見て何も知らないのだと理解した。ならば…ゆっくり調べるだけ、コイツを黙らせなくては、この『ケータイ小説』が違う世界に運ばれてしまう


…そういえば、何故に私はこんなにこの本にこだわっているのだろう。


「カルト・ライブラリアン。あなたの負けです。武装解除を。始末書提出で済ませます」

私は本に指を添える。

ツイスは私の肩にのせており、『概念崩壊』の直撃を避けたからかまだ動けそうだ

「少し、無理できるか?」

「マスターの命令ならば。私達は従います」

ツイスは辛いのか震える足で肩に立ち上がる。

「ご命令を。私たちは模倣のお人形。気にやむことなどありません」

ツイスは言い切り、私の頭を撫でた

「…いくぞ。そこの人間を、頼む」

私は礼装の防御機構を停止。

『概念崩壊』は『魔法概念』に対して作用していた。だから…超高度な魔法で作られた防御機構を捨てて、抵抗を排除。床を全力で走った!

「魔法防御を捨てて、一体何をしようと言うのですか?」

「ふん。意外とハードカバーは痛いのよ!思い知りなさい!」

幻想破壊の防壁を抜け、本の背表紙がグレイの眉間を捉えた!ゴツン!といい音一つ響かせて紺色礼装の男は床に倒れた

「ふっ、図書館長たるもの本の扱いを知らずして名乗れるものか」

「マスター、図書館マナーの『本は大切に扱いましょう』に抵触します」

ツイスが一応忠告して数センチの人間を持ち上げる

「それにしても、ケータイで『こちらの世界』に干渉できるようにするとは…『概念書籍保管部』というのもすごい技量ですね。後でアウスに話してあげようかな?」

私はそれを横目に周囲の魔法が薄れるのを感じたので呟いた

「ふむ。概念が実体化できるようになったな、ほら、ユナ・ナンシー・オーエン。今一度顕現せよ」

力を流し、書籍のイメージを具現化する。人型に、そう。

「くぁぁ~。おはよ、カルト。いや本は読み手がいないと暇だわー」

「まだ三分と過ぎてない。…まさか寝たのか?あの状況で」

「概念殺しよ?私だって死んじゃうわよ。そして誰もいなくなった…って感じで!」

あはは、と笑う本から出た少女の頭を小突き、私は二発目の背表紙アタックをかましたグレイを見た

小さくうめきながら額の腫れた部分を撫でている彼を見て私は…小気味良く笑う

「ふはははは、始末書は貴様が書け!」

「…どうせ『敗者に権利はない』ですよね。まったく…横暴な考えはどこからうまれたのでしょうか」

少し回復したのか彼は立ち上がり、自身の装備である『概念殺し』の本を閉じた。

私はうむと小さくうなると受付にまで徒歩で戻り、椅子に座る。ユナと運ばれた人間、ツイス、それからグレイの順に椅子に座り、受付は満席になった

「…詳しく話せ、この人間と『ケータイ小説』という書籍についてだ。敗者は語る義務があり、勝者は情報を絞り出す義務があるからな。話せ。むしろ話しなさい!」

「カルト、楽しんでるわね…」

ユナがふっ…と笑っていたので小さく睨みをきかせた

「…まぁ、こうなってしまった以上、図書館長の力を借りた方が解決は早そうですね…。仕方がありません。お話ししましょう」グレイは先ほどとは違う本…いや、ファイルだ。内部に透明な袋がついており、頁として書類などを保存するものだ

彼はその中をパラリパラリとめくって目当ての頁を開いた中にとじられていたのは三枚の写真と短めの文字が綴られた用紙だった。A4サイズの紙が一枚と、半分に分けられた紙が二枚。それぞれに写真がクリップでとめてあった


一枚目を読む。


概念書籍移送テスト『牢獄手記』

捕獲性概念書籍。魔導古書。

既に30人もの読み手の魂を閉じ込めた本。本テストの最大容量を測るのに用いる


二枚目


概念書籍移送テスト『携帯小説』

概念にして特異な『形状をとらない』本。テストにおいて特殊概念の移送として用いる


三枚目

概念書籍移送テスト『ネクロノミコン』

概念しか存在しない変質型の死者の書。

特異概念の限界容量テストに用いる



「…ふぅん。なるほどね」

私はざっくり要点だけ読み取ってため息をついた。実に馬鹿馬鹿しい実験に巻き込まれたものだと嘆き、またもう一度ため息がこぼれた

「ネクロノミコン…死者の書。いや死人の書と呼ぶべきか…そんな宝物をテストに使うとは…呆れて言葉もないぞ」

「上層部の指示です」

グレイは律儀に頁をめくって指示書を示した。

「それが呆れているのだ!後で苦情を出さなくてはな…」

「…その前に捕獲しましょう」

「うむ。そうだな」

私は本を手にとり、開く

「『検索(サーチ)』…」

この図書館の蔵書は頭に入っている。四方無限の書架に収まらない…イレギュラーなものを探すのなど造作もない

「見つけた」

まずかかったのは『牢獄手記』。私たちは立ち上がり、書架を目指して移動を始めた…徒歩の時間は長い。

宙を浮かぶユナと一緒に運ばれる人間は楽でいいだろうが私と厄介者は上質な赤絨毯が敷かれた通路に苦戦する

「…これは、だれが敷いたのだ…あるきにくいぞ」

「あなた体力ないですね…おや失礼」

ぶうん、と私の本が風をきる。足が狂って外したか…運のいい奴め

「危ないですね…」

「カルト荒れてる~。あぁ怖い」

ユナがこれっぽっちも怖がっていないのに声を震わせていた

「ふん…無駄口を叩いていると活字にするわよ?ユナ」

「うっ、それはパスで」

私は、ユナの隣の人間を見て何かが頭の中にカチリとはまりそうなのに気付いた。

考えたらおかしい。そうだ、そうだった

「…やられたわ」

『牢獄手記』は魂を閉じ込める本。ならばそれと同じ『ケータイ小説』との関連性を考えるべきだった

「っ!カルト!なんか来た!」

ゾワッ、と嫌な寒気が背中を走った。

「グレイ。貴様『概念殺し』の本を出せ…。どうやら、『気付いたのに気付かれた』らしい」

私は素早く周囲の棚から本を抜き出し、読み込む。

「マスター、指示を」

ツイスがふわりと絨毯に舞い降りて身構える。六十センチの人形はまるで立派な騎士にも見えた

私はその小さな頭を撫でて告げる

「私の補助を頼むぞ」

はい、と素直に答えた人形は両手をまっすぐに伸ばして私の肩に掴まった。

「グレイ。来たぞ」

「そうですね…」


そして、暗い闇が私たちを包んだカツン、


私の頭に硬いものが触れた。

「…マスター、起きましたか」

「ツイス…ってことは、やられたわね」

「申し訳ございません。風の力は闇の力に不干渉ですので…まさか魔力を伴わない方法でくるとは…」

私はツイスの呟きを聞きながら周囲を見渡す。

石造りの…小部屋か。横3メートルと少しと縦2メートル。だろうかやや手狭な部屋は鉄格子が壁がわりに一辺を塞いでいた

「なるほど、『牢獄手記』とはこのことか『名は体を現す』といったところだな」

私は余裕の表情で笑う

何故ならば解決法を知ってるから。そして既に手を打っておいたからだ。あまりにも予想通りで逆に寒気がするくらいだ

「頼もしいです。流石は図書館長、相手の的確な分析でした」

「褒めるな、この程度は余裕よ」

もっとも今現在、私にはやることがないのだが…まぁいいか

「あの人間…巻き込まれないと良いが…」

私は呟いて牢獄の小石を鉄格子に投げつけたガツン


頭に鈍い衝撃が走り、彼は目覚めた

「お、き、ろぉぉぉ!」

震える声がして咄嗟に身の危険を感じて飛び起きた

ゴシャ。と人の頭はありそうな岩が床にぶつかって、砕けた

「何をするんですか!殺す気ですか?!」

「熊に抱かれて死んで…じゃないや。何度呼んでも起きないからよ。まったくもう」

「…さっき頭を蹴ったのはあなたですね?意外と痛いですよ?」

グレイは頭を撫でるようにしながら不平を言う。そして辺りを見回して…

「ここは…一体?」

図書館とはまったく似てもにつかない暗い石牢に三人…いや、一人と二冊は閉じ込められていた。

とりあえず人気はなく、誰かの手助けを望むのは無理だろうとグレイは判断した。ならばと同時に抜け出す方法を探る

「とりあえず、緩みを探してください。それができれば一番効率が良いです」

ユナはわかった。と頷いて人間を乗せたまま本で宙を舞い、石壁をコツコツと叩きはじめた…

グレイも鉄格子を引っ張って緩みを探す…。背面の小さな窓も調べるが…無理なようだビクともしない

「ねぇ…出れないのかな」

ユナは名を知らない人間に向けて呟き、自分で否定する

「そんなはず無い。こんな密室破れるわ!」

彼女は鉄格子まで飛んでいき、二・三の呪言を格子にかける。概念変化の呪いを織り混ぜて網のような金属の塊を殴り付けた!

ガイン!と痛そうな音が響き、鉄格子が一点に収束するように渦巻いて…床に落ちた。拳大程度の金属球に変わり果てた鉄格子は物悲しげにコロコロと転がった

「…やりますね」

「ふっふーん。伊達にミステリやってないわよ。」

小さく呟く

「まぁ…ミステリは魔法使わないけどね」

『ケータイ小説』越しの人間が不思議そうに見つめていたのでユナはなんでもないと繕って牢屋を出た


牢屋の先は無意味に長い石の廊下だった。

天井はあまり高くなく、石の威圧感に気押されてしまいそうになった

左右に伸びる廊下を挟むように鉄格子が並んでおり、格子が無いのはこの石牢だけのようだった。

「ふむ。高さはあまりないですね、頭はぶつからないので低くはありませんが」

グレイも左右を見ながらいろいろ観察しているようだ

「さて、サクサク行くわよ。なんと言ってもここは図書館じゃないんだから安心できない。あなたもそう思うわよね?」

「…。うんそう『牢獄手記』の手の内よね、さすがは魔導書『ケータイ小説』。同じような魔力を持つ本に感応するのね」

一人感心しているのがいるが…グレイは何も言わないでおいた。明らかな勘違いをしている風ではあるが今は問題にする必要もないだろうと判断したのだった

「…兎に角長居は無用です。先を急ぎましょう」

グレイは二人|(いや、やはり二冊と言うべきか)を引き連れて歩き始めた…カツンコツンと足音が響いてこだまする。どこまでも広い牢獄に私の不機嫌な声が響いた

「遅い!グレイは一体何をしている!早く助けろー!ばかー!」

「マスター…」

ツイスが召喚主のカルトを見つめる。

まさにそこには身長に相応な幼さがありありと現れていた。

「っ~ぅ、叫んでも埒があかないわね。仕方無い…私たちも出るわ!」

ツイスはつぃと鉄格子を触り、パチンとはぜた電気に眉を寄せた

「マスター。対魔防御の印章が刻まれています。さらに反撃印章と雷撃印章を組み合わせた高等術式…不干渉の概念のためサビや風化からも完全防御されています。どうやら徹底的に閉じ込められているようです」

「対魔防御に反撃印章?!魔法は効かない上に攻撃まで…くっ、流石は魔導書…面倒な能力ね」

私は鉄格子を憎々しげに一瞥して床に座り込んで…今最善と思われる方法を使った


「グレイ!はやく本を開けーー!」カツコツカツコツ、とグレイのテンポの良い歩みが緩まった

「…?」

ガンガンと反響しながら音が聴こえてきた。何故だか自分の名を呼ばれた気がしたが…気のせいだと割り切って隣で漂う本に話しかける

「今の聞こえたかい?」

「人の声…。たぶん、カルトじゃないかな?こんな場所に人がいるのは考えにくいし…」

グレイは確かに、と頷く

この魔導書の被害者は既に大半が死亡している。そしてその理由は長期の魂魄喪失死…。つまり『魂が抜けて戻れなかった』という事だった。

「私たちも油断はできませんね…。はやく脱出しなくては…」

「なら、カルトと合流しよう!二人より三人、三人より四人だって」

「ふむ…一理ありますね。いいでしょう、とりあえずあちら側なのはわかりましたし、少し捜索しますか」

グレイとユナは先ほど声がした方角に足を向けて、歩を進め始めた…



長い長い廊下の左右を塞ぐ牢



その一つで大きな影が起き上がった



『エサか…』



到底人間とは思えない生物が人語を呟いた



鼻をヒクつかせてエサの位置を特定した



『活きのいい方から行くか…牢を逃げ出したエサは実に何百年ぶりだろうか…』



楽しみだ…長い長い廊下を歩いていたグレイが足を止めた。

「?、どしたの」

「獣臭いですね…嫌な予感が…」

「うっ…言われてみれば…この油と…血の臭い………近くない?」

牢屋がガタガタと揺れ始めた!

「来てる、来てる!時速三百キロくらいで接近中!」

まるで牢屋の見えない囚人が逃げろと叫んでいるような気がした。

グレイは手にした本を開き、攻撃の呪文が綴られたページを開く

「ユナ、あなたは隠れて」

「そうね。任せたっ!」

ビュンと飛び去り、グレイは一人だけになった

小さな声で詠唱を終えて、火炎の攻撃呪文を濃密な獣の臭いに向けて放った!

かなり強力な魔法だったのだが、当てた手応えがなかった

「外した?」

狭い通路のその先にいるであろう巨獣は身軽に避けてさらに接近してくる


…赤黒い眼光が長い廊下の闇を引き裂いて現れた真闇より浮かび上がったような濃赤色に墨よりも暗い黒の体毛…牢獄の番犬が睨みをきかせていた

「火は木を払い、木は地を冒し、地は水を埋め、水は火を打ち消す!四属性を束ねて貫け。『四真空の連矢』!」

虚空を穿つ四本の矢が獣に突き立てられた!火木地水の属性を宿した一メートルの矢は槍のような姿で番犬を刺し貫く

『…』

獣は突き刺さった槍を見て体を震わせた

槍が抜け、体毛が数本抜けた…。ギン、と睨む光は衰えず、一瞬で二人の間合いがゼロになる。

突撃と同時に鼻で打ち上げられた。

ミシミシと全身の骨が軋み、肋骨が一つ折れたのがわかった

『四属性の槍か。なめられたモノだ…』

唾液と血の臭いが天井に強く叩きつけられて息が吸えないのにも関わらず鼻をついた

『まぁ良い。腹が減った。喰われろ』

眼前に大きな口が広がった。

体が勝手に吸い込まれるように落ちていく…流石に、身動きがとれない…

「お腹が減ったのならば、これなんかどう?」

ユナが高速で飛び抜けながら口の中に蓋が外れた瓶を投げ込んだ

飲み込んだ口が素早く閉じられ、間一髪歯に当たって廊下に落ちた

『ぐぅっ!貴様何を!』

「『私の世界』で使われた青酸カリよ!空腹の体は貪欲に吸収するわ!」

劇薬の青酸カリ。死後のアーモンド臭が特有の毒。それを空腹の胃に瓶一つ投げ込まれたのだからたまらない

巨獣は胃の中身を吐き出してのたうちまわるが、内容物がカラなのでほとんど毒が吐き出せない

そして、自身の毛を噛み千切り、飲み込んで無理矢理中身を押し出した!

『ぐっ…くっ…ぅぅあぁ!?』

深手を負った巨獣が短く吠える

巨大な手がユナを吹き飛ばし、『ケータイ小説』の人間が床に転がる

「しま…」

動こうとして全身が悲鳴をあげた!

肋骨だけではなく背骨も腕も全てが動くんじゃないと抗議する

持ち上げられた巨大な足がドスンドスンと床を踏みならす!その度に『ケータイ』が揺れて滑る

「ユナ…は、動けない…か」

なんとか右腕で上半身を起こす。

左手は動かず、右手は支えるだけで精一杯…しかも暴れまわる巨獣のすぐそばに落ちた『ケータイ』は今にも踏み壊されそうで…グレイは心臓が痛いほどに鳴っていた

手をゆっくり伸ばした時、巨大な足が『ケータイ』の真上に来たのに気付いて、グレイは絶望のうめきをあげた


ボコン。


床板が持ち上がり、小さな目が二つこちらを覗いた。

「…見つけました。回収」

床板を頭に乗せた少女が『ケータイ』を拾い、間一髪床板を元に戻して消えた。

「………」

何が起きたか理解できなかったが、今度はこちらに振り下ろされた足を避けて転がる。ビキビキと嫌な音が響いたが、一応どこも折れてはいない。

全身の痛みが戻ってきたが何も感じなくなるよりはましだろう

ボコン、とまた床板が持ち上がり、先の少女が現れる。

よいしょ、と地面の穴から立ち上がり、一礼して『ケータイ』を差し出してきた。

「カルト様よりツイス経由で召喚されましたアウスです。よろしくお願いします」

…何故か頭に石をのせたまま挨拶する。驚異的なバランス感覚なのか?

…いや、それよりも全長六十センチ程度の人形なのに驚いた。ツイスは『精霊人形』と呼ばれる世界の属性概念の結晶と言い換えられる特殊な人形だった。

それを経由したのならば、目の前の少女もまた『精霊人形』なのだろう。まさか二体もこの目で見れようとは思ってもいなかったグレイはカルトの能力を過小評価していたと内心悔やむ

『貴様ら…毒を盛るとは…赦さんぞ…』

回復してきた巨獣が震える四肢で立ち上がる。こちらは全員行動不能、あまりにも歩が悪い

「巨獣。あなたの相手をせよとマスターより言い遣っております。私がお相手しましょう」


アウスが自分の何倍もある相手に立ちはだかる。彼女の魔力は巨獣と比べると圧倒だったが、巨獣もまた彼女の体力を凌駕していた。

『良かろう。我がエサとなれ!』

突進と同時に床石が弾け飛んで土の壁が競り上がる!突進を受けて、崩れた先にはアウスの姿はなく…鼻をひくつかせて魔力を探る

「どこを見てますか?」

頭上。彼女は両足を天井につけて腕を掲げる…。つまり、鼻先に上から手が触れる…。

岩塊が飛び出して鼻を打ち、巨獣は唸りをあげて右腕で払い除けた!

小さな凸が壁から天井から生えてその腕の速度を殺してアウスが逃げる時間を稼ぐ。頭に乗せた石が揺れるが彼女は身軽に天井と壁と床を跳ね回って巨獣の視界を撹乱していく

「『我が名に連なる地よ。轟き揺れて星を砕け。アース、グラウンド、バース。空を閉ざせ、洞窟の檻よ』」

アウスの詠唱が終わり、巨獣の足元から円状に土の壁が出現し、身動きを封じた。さらに周囲の檻と壁を破壊して二重三重と壁が追加される!

「…勝負あり、です」

グルル…と悔しそうな、または悲しそうな唸りが聞こえてアウスは張り詰めていた緊張を解いた見事なまでの戦いだった。

グレイは精霊人形と一度手合わせしたが正直、これほどの魔力を持っているとは思わなかった。

何故なら、魔力には大きく分けて二つのものがあるからだ。

一つは、術者の蓄え。あらゆる魔法を使用するエネルギーだ。精霊人形の圧倒的な力はこれでわかっていたのだが、

もう一つの魔力、術者の使用上限。つまりは一度に制御できる力…。

分かりやすく例えると、蓄えが電池で使用上限は豆電球。電池が切れていれば電球はつかないし、電流が強すぎれば電球が壊れてしまう。

つまりは力と供給のバランス。

アウスの豆電球は予想を上回っていた。

彼女が軽々とやってのけた魔法は実は中々に高度な魔法だったのだ。

天井で動くのは『重量操作』。飛行魔術よりいささかランクは下だがそれでも使いこなせるのはわずかしかいない物と、最後の『檻』。大質量の操作を同時に連続して行うのは大変な労力を伴う。

彼女の力は電池と豆電球の関係ではなく、原子炉と大都市の関係。といえばスケールの違いがわかってもらえるだろうか。

「それにしても…」

彼女との間に出来たこの壁をどうしたものだろうと頭をひねった…。


壁の反対側で彼女はむぅと唸る

「私としたことが間にある壁のせいでグレイ様達に合流できません。こまりました」

コツン、と頭を壁に当てて

「ひらめきました」

彼女は壁の石を一つに魔力を流し込んで抜き取る。そして地の属性の力で内側の岩をガリガリ削って一人分の空間を作った。

自分がその中に入り、自分の頭に乗せていた岩でピタリと穴を塞いだガリガリガリガリグレイのすぐ側の壁から不審な音がしていた。ガリガリと削る音だ。

「…まさか、掘って進んでるんじゃありませんよね?」

思わず人間に話しかける

「…人形ですからね」

グレイは人間の言葉に苦笑いしながら返した。

ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ…ポコン

「到着しました。」

…壁から人形が顔を覗かせていた。

とんでもなくシュールな絵だった…。

「頭に壁石が乗ってますよ?」

「いけませんのですか?」

…賢そうな雰囲気は微塵もない。まさに、そう。天然なタイプの性格だった

「大地との一体化です。それに、頭が寂しいじゃないですか」

グレイは言葉を失い、小さくため息をついた。

「…今は議論はやめましょう。とりあえずはカルト図書館長と合流するのが先です」

「道は塞がれていますよ」

指差して、巨獣を封じた壁をつつく

グレイは完全に言葉を失い、内心二つの言葉を同時にさけんだ。


(お前が作ったのでしょう!)

そして、

(私には理解できないですね!)その頃、カルトは暇すぎて鬱になっていた。

「何故誰も…助けに来ない…むしろ…何故何もおきないのだ…」

「ま、マスター…。お気を確かに」

「私は平気だぞ?…私は平気さ。他の者も平気なのだろう?私がいなくても…」

負の連鎖。言われればそうかもしれないが私は塞ぎこんでいた。何故、一瞬で終わる解決法が使われないのか、正直泣きたかった…。


ふと思い出す。

私が、人のために泣いたのはいつが最後かと…。本を読み、泣いたことはあるが…この数百年、人に出会うことすら稀な生活をしていたので相当に久しいのは理解した。

「ツイス。お前は人の為に泣くか?」

金髪の人形は驚いた顔をしたが、目を細めてそうですね、と呟いた。

「あまり泣きません。だって泣いても人は気付いてくれませんから…。昔は『風が涙を拭う』とか言われましたが…最近は思い浮かべてももらえません。あはは、その点は泣いているのかもしれないですね」

風の精霊人形はほんの少しだけうつむいて、悲しげにポツリと

「私たち、忘れられたのですね」

そう呟いたのを聞いた。

「…ケッ。シケてんな」

牢屋の前に人影!私達は臨戦態勢をとって鉄格子から距離を開けた。

「貴様、何者だ!」

黒いライダースウェアを着て、明らかな敵対心を放つ男は…パッと見て二十歳前後。おそらくは以下だと思われた

そして、その手には黒い革張りの本が一冊…。『Necro Nomicon』丁寧な金装飾で彩られた本は…未だかつて見たこともないような禍々しい力を放っていた…。

「『ネクロノミコン』…!貴様、何故それを!」

「ハッ!檻の中で吠えても怖かねぇなぁ!図書館長よ?」

ツイスが握りしめた手の内に小さな風の乱気流を作り出していた…。

「マスター、少しお時間を」

呟きに答える。

「…いいだろう!貴様のその鼻へし折ってやるぞ!」

見せかけの返事。『ネクロノミコン』所持者との会話に織り交ぜて返答して、二人の挙動に注意を払う。


この牢の鉄格子には魔法を無力化する印章が描かれている。単なる魔法攻撃も開錠魔法も効かない。正直、私には何もできないのだ

これはツイスに任せようと内心頷く


「出来るならやってみな!

死者の冥逃、我が手を引く。深き淵より這い出す糸を垂らしてやろう!『ネクロノミコン・冥走幽里(めいそうゆうり)』ぃ!」

ゾワッ、と床板から おぞ気 のような物を感じた。黒い障気が吹き出して私は思わず袖で鼻と口を塞いだ。

(まずい!発動された!)

「『我が名に連なる風よ。シュラ、ストーム、ブリザード。凍てつく風で世界を殺せ』!」

手に持った風を放った。

始めは小さな渦だった風が手から離れた直後から周囲の大気を巻き込んで牢獄を冷たい風で満たした

「マスター。フレイの召喚を要請します!」

「…わかった、…。『模倣(トレース)』」私は、ツイスとアウスを呼び出した本を頭に描き出す。



確か、日記だった。



私は頭の中でその日記を開いた…



とある女性の半生を記した書物。



その中に散逸した思想と記憶を読み、私は名を呟き、呼び寄せる



「『亜空高位次元閲覧文書保管所』図書館長カルト。あなたに協力を要請します。あなたの概念、お借りします」



「アタシの力が必要なら、そう言やいいだろ?図書館長」宙空より白磁のような腕が現れ、私の髪を撫でた。私の魔力容量を上回りそうな勢いで力をいきなり吸い上げられる

「くっ…ぅ」

目眩をどうにか耐えた。倒れそうにはなったが、倒れはしない!

「フレイ!マスターをお願いします!」

「任されたよ!『我が名に連なる炎よ。ブレイズ、バーン、フレイム。焼き払いて全てを焦がせ!』」

冷気を押し退けて熱波が牢獄を燃え上がらせる

「『我が名に連なる風よ。ツイスター、ストーム、サイクロン。薙払いて檻を砕け!』」

熱波を引き裂いた一陣の風、それすらも飲み込む炎が追随して檻を食らい付くして無理矢理吹き飛ばした。

私はこの魔力の大半を支払ったが、彼女達の魔力出力に正直…唖然とする。

確かに『リーゼロッテ・ワイゼンの日記』には最高の人形と評されていたが、これほどとは思っていなかった

「檻を壊した程度で何だって言うんだよ!『光を閉ざす檻となれ!』」

「「『我らに連なる世界のカケラ。ウィンド、ファイヤ。暗き世界を焼き尽くせ!』」」

風と炎が廊下まで吹き出してライダースウェアの男を包んだ。私は自分の本から目録を開き、図書館の本を開く光景を頭に描き出す。

「概念書籍、不正利用の為、概念強制介入を行う。終りだ!」

「ヘッ、やるじゃぁねえか…退くぜ『ネクロノミコン・冥道奔走(めいどうほんそう)』」

男は霞のように消え失せた。

「…逃げたか。追うぞ」

二人の人形は

「はい、マスター」

「命令してんなよ。アタシが仕切るんだから」

かなり違う反応を見せた。

「フレイ!」

「…近くに反応は無いよ。どーせこの概念から離脱したんだ。探しても命のムダだよ」

私はハッと体を見た。

…体の一部が透けていた…

「時間が…ないの?」

「ツイスが呼ばれてから既に八時間ちょい経過したんだ。アタシの勘では…二時間ってとこね」

私は時間が予想以上に経っていたことに驚いた。まさか、八時間もぼーっとしてたのかと思うとため息が口から溢れた

「マスター。一刻も早く『牢獄手記』を停止しましょう!このままだとマスターの身が危険です」

ツイスが提案してくれた。

本当に召喚主に尽くしてくれる子だ…。私はサラッサラの金糸を撫でて、答える

「もちろんよ。このカルト・ライブラリアン、こんな場所で朽ちるほど落ちぶれてはいないわ」

白い礼装を翻し、私は脱出を決意して牢を出た。あまり高くない天井の廊下はとても長く続いていたが…私は私の勘が告げる方に足を向ける。

先ずは…左からだカツンコツンと足音が空の牢獄を出入りし、私たちは牢獄を闊歩する。私の勘ではこっちに何かあるはずだが…見つからない。まだ先かと歩いていたら ふと精霊人形二体が足を止める。

「獣臭い…」

ツイスが呟いて、周囲に嫌な…腐えた油と、血の臭いが微かに空気に混ざっているのに気付いて私は吐き気が浮かんできて小さくうめいた。

「…前方、来てるよ。」

フレイが片手を前に出して…詠唱を終える。私もまた、本を開く…

「エンカウントまで五秒。カウントダウン、4…3…2…1…」

暗闇を赤い眼が引き裂いて猛烈な勢いで巨獣が飛びかかってきて、私は魔法が間に合わなくて…死んだと思った

固く閉じた目を開くと、目の前に

「グレイ様をお連れしましたのです。マスター。」

…何故か頭に石を乗せたアウスが…巨獣の頭に座り、大真面目な顔でグレイを指差していた。

「…な」

私はふるふると震える声で叫ぶ

「なんでこうなってるか…説明を…しなさぁぁぁぁい!」アウスは巨獣の頭から飛び降りて私に軽い一礼をする

柔らかな仕草でふわり、とまるで一流貴族の娘、といった雰囲気だった…

「この牢獄の番犬。『グラフ』を仲間に率いれました。」

『…ふん、この者の力で木の実だが喰えたんだ。食事代くらいは手を貸してやる。』

餌付けか。と私は小さくため息をついて、少し遅れてついてきたユナを見つけて手招いた

「大丈夫?ずいぶん紙が折れてるわよ?」

ユナは曖昧に笑い、

「へーきへーき。ちょっと痛んだだけよ…まだ読めるから」

「ふむ。まぁ良いだろうな。後で修繕すれば大丈夫そうだ…さてと」

ユナと一緒に乗っている人間をくるりと私が見えないように反対側に向きを変えて、

「貴様は何をしている!さっさと…本を開かぬか!!!」何故?と彼は言いかけて、意味を理解する

「『牢獄手記』の概念牢…あぁ!」

「ふん。ようやく思い至ったか。『概念殺し』があれば最初から丸く収まったんだよ!」

げしん、ばちーん と私のブーツがグレイの足を蹴りつけた

「痛っ!」

「さっさと開け。馬鹿者」

私は足をグリグリ踏んで苛立ちを露にする。…中々に気分が良いな

「開け『私と私の世界(フラクタル)』」

ガツン、と世界に強烈な一撃が加わった。バキバキメキメキと牢獄全てが歪み軋み捻れて悲鳴をあげた

「『模倣(トレース)』。」

私は…力をより一層高めで私の周囲に魔力保護の陣をつくる。この中では魔力干渉が行われず、術者の魔法耐性が引き下げられる…

つまり、より簡単に大規模魔法を行使できるようになる。

反動として、魔法を受けたら防ぐことすらままならないが…今は無問題だ。

「「概念干渉『機構停止命令』」」

図書館長権限と強制介入の二重命令が『牢獄手記』の力を無力化して、牢獄がついに崩壊した私は、目を覚ました。

やわらかい絨毯に寝床の安堵感を覚えつつ、私は目をこすりながら上体を起こす

「むに…貴様たち…無事か?」

足元で倒れていたツイス、通路を挟んだ先の本棚にもたれていたグレイ、その頭に延びていたフレイが順に目を覚ました。…ユナと人間がいない!

「マスター。こちらに」

高さ数メートルあろうかという、自力では絶対に届かない棚の天井にアウスと、目を回したままのユナが見えた

「ふん、褒めてあげる。アウス」

「ありがとです」

シュタン、と飛び降りてきて私はユナと人間の無事を確認する

「大丈夫か?…痛いところは無いか?」

「そうか。良かった…まずは一安心か」

私は…床に落ちていた二冊の本を拾う。いつからあったか分からないが、確実に今現れたものだ

タイトルは『牢獄手記』『地獄の番犬』…。私は、薄汚れた二冊の埃を払い、胸に抱いた…。

「…あなた達は我が図書館に受け入れます。大切に、大切に。こんな風にはしないから…ね?」

『…感謝する』

小さく頭の中に声が響いた。

本は、心を開けば必ず答えてくれる。『グラフ』もそうだ。私の問いに確かに答えた。

「…精霊人形のみんな、ありがとう。自分達の世界に帰っていいわ」

私は三人への魔力を弱める。

「…了解しました。簡易契約は残しますので私たちの概念書籍を運んでもらえれば魔力供給が再開されたらすぐに復帰できます」

ツイスはそう言って姿を消した。

「呼びなよ?アタシは焼くことしかできないけどね」

「マスター。また会いましょうね」

フレイ、アウスと契約が切れた。今この場にはユナしか具現化した概念書籍はない。

随分と汚れた本に小さく印を切る

「『修繕』開始。」

擦りきれた本の頑固な汚れがあっという間に消え失せて、ページは白く、表紙は丁寧に張り替えられたように復元されて元のおどろおどろしい黒の書籍に戻る

「…ふむ。こんなものか」

床で寝ているユナに見せようとして、止める。グレイに本を立てて見せつける

「…!素晴らしい能力ですね。是非我々の部署に欲しいです。…いつも私が張り替えて大変なんですよ」

ほう。良い気味だ

私はニヤリと笑い、本を開く

「さあ甦れ世界を記した創り手の想念よ。私はここに印そう。五架の芳星、六芳の宿星、天には十二の芳星、足には五と六の星の印。歪んだ願いよ取り戻せ!あるべき姿を星夜に浮かべ、思い出せ!」

私は全ての魔力を使いきる勢いで『地獄の番犬』に『概念再生』の力をぶつけた!

私が持つ力では使えないが、『目録』と呼ばれる図書館長の本ならば『修繕』と『復元』の力などが使えるようになる

私は…巨獣の歪んだ概念を正す…私は、膝をついて倒れてしまう。

少し、魔力の使いすぎで体に影響が出てきたらしい…。まぁ、属性そのものと言っても過言ではない精霊人形を同時に三体、そしてユナも実体化しているままなのだから…無理しすぎなのかもしれない…

「まだ…まだ!」

私は無理矢理魂からひねり出すように叫んだ。こんな風に一度ボロボロになった本は…簡単には戻らない

人は、『世界観』は大切にするくせに本そのものは大切に扱わない。読みすぎで擦りきれた本よりも破り捨てられた本の方が圧倒的に多い。

「歪んだ感情は歪んだ世界を産み出す。お前も読み手に捨てられて辛かったのだろう。もう一度、あるべき姿で私の前に現れよ!」

カチン。と鍵が開いたような音がした…。成功だ…。私は最後の言葉で『概念再生』の終端に至る

「星は夜を抜け、天は明るく輝いた。貴様はもう暗き闇に怯えることはなく、闇に輝く救済の星を見ることもないだろう」

―だから、安心して

私は本にそう念じると、表紙が開きページがパラパラとめくれていった。真ん中くらいまで行って本から巨大な獣がずるりと這い出てきた。

『グラフ。ここに召喚を受ける。…いろいろと感謝する図書館長』

漆黒の艶やかな体毛、真闇を引き裂く紅い目。そして、恐怖を抱かせるオーラを纏う巨大な犬…番犬『グラフ』が本来の姿で赤い絨毯に降り立った

かつての薄汚れた概念から解き放たれた巨獣はわずかに首を動かして召喚主に頭を差し出し、忠誠を誓った

「グラフ。わかっているな?薄汚れた本の持ち主を捜せ。」

『あぁ。アイツの臭い…覚えているさ』

巨大な鼻をひくつかせて巨獣は無限の図書館に細く流れる臭いを嗅ぎ分けた

『…見つけた。忘れられた幻想の書架。そこにいる』

私は軽く撫でてやり、使えないグレイを呼んだ。

「行くぞ。まったく、足を引っ張るな」

「あなたこそ。本来の自分の仕事を忘れるほどバカではありません」

図書館長と保管部の働きには違いがあり、私のような図書館長は『本の保管』と『概念再生』がおもな仕事なのだが、保管部は『本を仕入れる』事が仕事だ。

それは、時として持ち主から奪うことでもある。最近では『他者の命を喰らう魔書』の持ち主を殺した、と風の噂で聞いた。

「…人間は、私に任せてほしい」

「えぇ。防御結界でも作っていてください。私が片付けます」

私たちは小さく笑うと、ゆっくり一歩踏み出した。謎のライダースウェアの男、そいつに少し『お仕置き』するために…ね二つの書架を抜け、私たちは推理小説の棚に入った。名探偵、シャーロックホームズやポワロなどとアガサ・クリスティーらの短編まで全てを網羅しているのだ。

グラフに乗せたユナが目を覚ましたのを見て、私は小さく笑う

「…私の書架ね。うーん、あたまいたい」

「少し休んでいく?棚に戻って」

「冗談。本は読まれてなんぼよ」

「だな」

一冊分の空白を尻目に私たちはさらに歩き進める。次は…空想書架。ファンタジーに分類される蔵書の棚だ左右に並ぶ高い棚、ぎっしり詰まった本の棚が真っ直ぐ永遠に続いている場所だ。左右を見渡すと端が見えないような列が前にはいくつも続いている。

「『果てしない物語』、この光景を見るとその本がひどく的を射たタイトルだと錯覚する。実際は違うが…まぁいいや」

私は棚の赤い表紙の本を眺めて、また歩き出す。私の魔力補助によく使われる棚は人類の憧れとも言うべき非日常の日常が綴られている。

怪物が出てきたり、不思議な力が使えたり。馬鹿にする人間もいるが私はそんな人間を馬鹿にしたい…

昔から見たら絵空事でしかない生活を享受しておいて何を言う。とね

「まさか、人が空を飛ぶとは…」

私は自転車屋の人間が空を飛ぶ方法を見つけた話を思い出して笑う

「今は指一つで世界中で会話が可能ですからね…。人間には驚かされますよ」

グレイは相槌をいれて空想書架の最後の棚を抜けた。

次はSF…サイエンスファクションの書架だSF。よく眉唾な話の代名詞とされるが、それは間違いだ。

サイエンスファクション。直訳すると『実在科学』。科学の力で理論上可能な事を描いた世界がここだ。

「良くワープ理論は不可能と言うだろう?何故か知っているか?」

私は人間に話しかけ、反応がなくて苦笑い

「…現在の宇宙で観測されているエネルギー量では不足しているんですよね?」

グレイが正解を言った。

「そうだ。しかしワープ自体は理論上では可能。そして、エネルギー量も理論上では覆せる…。単純に見つかっていないエネルギーを見つければいいのだからな。それを見つけられるかは努力しだいだが」

「さて、見つけられますかね?」

「発想を変えれば解は出る。どんな物事も平面ではなく立体で考えよ。世界は二次元ではないんだから」

「図書館長が何を言いますか」

彼は笑い、人間も小さく笑ってくれた…。私が、ずっと………いや、いい。私には過ぎたものだ。

私は私の仕事をしよう

「グラフ、急ごう。私たちを乗せてほしい」

『承知した』

私は伏せたグラフの背に乗ってグレイにも早く乗るように言いつける

。渋々といった感じで背に乗った彼は顔を見せないカルトに何かあったのか聞いた。

「うるさい!」

裏拳を回避され、私はイラッとしたが自制して一度大きく深呼吸…。

「走りなさい!グラフ!」

グルル…と唸りをあげた巨獣は漆黒の風のように走り始めた。




―私は…別に…伝記、歴史、詩集と次々に駆け抜けていくグラフ。私は揺れる心で小さなため息をついた。

『どうかしたのか?』

「なんでもないわ…」

私は呟いて…毛を引っ張る

忘れられた幻想の書架…あそこに行くにはこんな気持ちではいけないと自分を叱り、手の甲をつねった。

痛い…。でも、少しだけシャキッとした気がする。少しの油断が大惨事を引き起こしかねない場所に行くのだからこれでも足りないくらいなんだしね

「忘れられた幻想の書架ってね」

私はユナに握られた『ケータイ』越しに話しかける

「大昔から作られた本、それの存在が人々に忘れられたモノが集まってるのよ。

そこにあるのは『本らしきモノ』。見るものによって形を変え、力を変え、そして人をも変える…。最近の一番は『光の書』と『闇の書』ね。片方だけで一国を滅し、二つ並べば世界を滅す…。あながち嘘ではない能力もあったわ」

保管部が持ってきたものに私が全力で封印を施したのはつい半年前。一万年は封じられるように精霊人形たちとともに無数の封印でがんじがらめにしたのだったが…正直、ネクロノミコン相手に誘発されないか不安だ

「私…」

呟きかけて、止まる

言えない…。

「どうしたの?カルト。らしくないじゃん」

「うるさい」

ユナに言われて少し意地っ張りかな?とか思ったが、そう答える。

『近いぞ。準備は良いか?』

私たちは答える。

「もちろんよ」

「あたりまえです」

「ばっちこーい!」


…ユナだけ、妙に緊張感が欠けていた忘れられた幻想の書架。

存在そのものを忘れられたモノが集められた場所。

グラフはもう一度鼻をヒクつかせて怪しい男の居場所を特定。入って五番目の列に飛び込んだ。

「やっぱり…狙いは『光の書』と『闇の書』か。…急いで!」

『承知』

グッ、と加速したグラフは二十の棚を通り過ぎた辺りで薄暗い図書館に溶け込みそうなわずかな人影を見つけた。姿勢を低く、さらなる加速。左右の棚が物凄い速さで流れていき、みるみる距離がつまっていく。

男が気付いた。

手には…白と黒の本。間違いない。『光の書』と『闇の書』だ

男が唱えた術式を身軽に避けて鋭い爪で肩を引き裂く!

飛び抜けて、棚を足場にターン。二度目の攻撃を行う


私は、揺さぶられて気分が悪くなっていたが、ユナの本に指をかけて、世界から武器を『模倣(トレース)』する

取り出したのは小型の拳銃。護身用で小さな棚にも入るサイズ。反動は軽くて私でも扱える!

タンタンタン。目測で三回引き金を引いた。どれもこれもかすりもせずに床と棚に傷を増やしただけだった。

「慣れない事をしないで下さい!」

グレイは飛び降りて、本を開く。

「『四真空の連矢』」

詠唱破棄で連続した属性の矢を放つ。循環した属性の矢は槍のような形態をとって男に襲いかかる!

「ケッ『ネクロノミコン・卑王盾(ひおうりん)』」

六角形の黒い盾が四本の矢を受け止めて、消滅した。

「腕一本じゃ俺は怯まねぇよ『ネクロノミコン・深淵亡者』!」

男が叫ぶと、黒い円が床に現れた。嫌な寒気がする穴。私は咄嗟に飛び降りて『目録』を開いた。蔵書を『検索(サーチ)』して概念を写し取った。

「汝の欲することをなせ。幼き姫君の力よ!『アウリン』!」

願望機を起動した。二匹の蛇が絡み、尾を噛んで円を描く宝具を『模倣(トレース)』して私は願う。ネクロノミコンの発動の停止を。

二つの宝具は互いの力でバチバチと反発して火花を散らした。

「いっけー!」

空間が割れるかと思うような音がして、黒い穴と『おひかり』が砕け散った…。所詮偽物、ネクロノミコン相手には耐えきれなかったか…

「チイッ。『ネクロノミコン』」

「遅いですよ」

足元、滑り込んだグレイが手を突き出した。もう一度唱える

「火は木を焼き、木は地を冒し、地は水を妨げ、水は火を淡くする。…さて、上級版です。『四属束ねる無限槍』」

突き出した右手、四真空の連矢と良く似た魔法はあまりにも強烈でライダースウェアの男を宙に浮かせたまま次々と放たれる槍は血を浴びながら赤く変色して最後の一撃で完全に心臓を射抜いた。

「…やりすぎましたかね?」

私もそう思う。

血塗れの死体が一つ、絨毯に染みを作りながら転がるのは見ていて気分が悪い

「回収して片付けましょう」

一歩。グレイが足を踏み出すと

「『黒鍵』」

トスッ、と軽い音がした。

「―――っ!」

グレイは自分に突き刺さった細身の剣に驚いた。何故ならばその剣は『間違いなく死んだ男』から繰り出された一撃で、体を貫通していたから

「かはっ…なぜ…」

「何故生きているか?…か?」

ずるり、と這いずる闇が男を包んで…立ち上がる。

「…なるほど。そういうわけね」

私は一足早く理解する。

「俺は死人の書。『ネクロノミコン』だ」シィン…と静寂が訪れた。

『最初から死んでいた』男は肉体の破損を修復。行動に支障がないようにする。

「なるほど…。つまり、あなたは『ネクロノミコン』の媒体」

「ようは運ぶだけの器、だな」

最初に攻撃した時の「腕一本じゃ…」という発言に気を配るべきだったな…後の祭りだが



「カルト…」

ユナが呟き、グラフが慰める

『心配ない。いざとなれば…』



グレイは剣を引き抜き、後退する。

「あの死体を滅します。」

「ふん。エクソシスト気取りか」

私は『目録』から対霊魔用の本を『検索(サーチ)』。見つけて『読む(リード)』。そして『模倣(トレース)』する

「明滅する命の螺旋『ブライトネス』」

「流転を貫く不退転の理『切り裂く輪廻の神形器』」

光の柱と、巨大な鎌の模倣体がネクロノミコンの操作する死体を焼いた。

「馬鹿な!」

突然の魔力増大に死体が叫ぶ。対魔力防壁と対物理防壁が同時に揺さぶられて危険域に入っていた

「先程までと二つ階級は違うぞ!…お前達、何者だ!」

その言葉に私たちは不敵に笑う

「図書館長、カルト・ライブラリアンだ」

「保管部、グレイ・ランドマンです」

私たちは共に対霊魔の武器を振るう。命を焼く光と、輪廻転生を意味する鎌がその鋭い切っ先を喉に食い込ませて…その首を跳ね上げた

「グラフ。エサよ」

巨獣は小バカにしたように笑う

『肉とは新鮮な方がうまいんだがな』

そして俊足で頭の部分までやってくると、まだ空中にあるままで

『ビーストファング!』

概念を完全に破壊した。

ムグムグやっているすぐ真上、ユナは青ざめた顔で失神した…。

「ふん。『ネクロノミコン』も終わりだな。おとなしく図書館の蔵書になるといい」

私は『目録』に『ネクロノミコン』を追記した。これで、私の図書館は平穏を取り戻した…。…私たちは、受付に戻った。

『ケータイ小説』『牢獄手記』『ネクロノミコン』。そして『地獄の番犬』。この図書館に紛れた本は全て私たちの手元に集まったのだ。

「ご協力感謝します。カルト・ライブラリアン」

グレイが伸ばした手の先から本を退かした。彼の手は木の机に当たってコツンと音を立てた…

「…」

「まさか、これでおしまい。とは言わないよな?グレイ・ライドマン」

「…やれやれ」

彼は懐から紙幣程度の紙の束を取り出して、ペンと一緒に差し出した

「『協力を得るために必要だった経費』です。お好きな額を」

私は小切手を前に、笑う

「現金などいらぬ。私が欲しいのは本。それも…気に入ったものだけだ」

カラン、と乾いた音をたてて木の机を一つの本が滑る

手に収まるサイズの本を手に握り、私はグレイを見つめる…

「その『ケータイ小説』を渡せと?」

彼は首を振ってダメだと告げる

「これは我々の部署の転送実験に巻き込まれた方が封じられています。渡せません!」


「巻き込まれた?」

「巻き込まれた?」

私と、目の前で横になっていたユナが同時に聞いた。そういえば…この人間の姿に順応し過ぎて原因の特定を忘れていた…

私としたことが…

「はい。概念書籍『ケータイ小説』。転送の作業中に偶然たまたま見てしまった不幸な被害者です。

この方は魂を切り取られたりしたのではなく、『本にのめりこんで』しまった状態です」

ユナがなるほど、と唸る

「だから基本、顔しか見えないのか…」

「…『めりこんで』はいないわよ?」

『の』一文字がどこかに置き去りにされていたのを指摘するとユナは顔を真っ赤に染めて必死に冗談だと叫び、私たちは生暖かい目で見つめてあげた

「うわーん!カルトのばかぁー!」

パタン。と閉じた本からすすり泣く声が聞こえて、手を伸ばしかけて…止まった。その本のタイトルが…あまりにも…


…っ!


「ふん。そういう訳ならば仕方ないわ。持っていきなさい」

「えぇ、それが自然です」

彼は本を全て抱えて、その上に『ケータイ』を置いた。画面が開いて私を見つめていた…

「この方は、今回の事は文字として認識しているでしょう。良くて、頭の中に映写している風…でしょうか?」

紺の礼装が揺れて、白い礼装がなびく

「そんな!」

私は…立ち上がりかけた椅子にもう一度座りなおす。私は見えているのに…

「何故…お前からは私たちが見えないのだ」

グレイは困ったように眉を寄せて、私に触れようとした

パシン、と払って私は叫ぶ

「私は、お前が見えている!なのに!どうして…」

私は、一方通行の映像に激昂する

「お前は…私が見えていないのか?」

「見てるよ、カルト」

本が薄く開き、ユナが顔を出した。赤く腫れた目で柔らかく笑っている

「最初に、『小さい』って笑ってくれたじゃん。この人には…私たちが伝わった。本からしたら十分に嬉しいことだよ?」

うー…。

私は曖昧なうめきに驚く。まるで、幼子が欲しいものを貰えずに不満をもらすような声に思わず呆れたが…

「それでは、私は仕事がありますので。これで」

グレイが立ち上がり、本を開いた。空中に蛍光色の線がのたくり、不思議な紋様を描き出す

「…だ」

私は、呟いた。

転送の魔法陣は既に起動してしまった。だが…今を逃せば…



私は…叫んだ「いやだ!行くな!行かないでくれ!私はお前と共にいたい!私はまたここに取り残されるのだ!お前がいないと…また…何百年も…」

苦しくて、声が出ない

胸が苦しくて、しめつけられているようで、何も口にできない…

「大丈夫ですよ。彼は、この世界への行き方を知っています。また…来れますよ」

グレイの言葉に、私はうつむいていた顔を上げる…。数年ぶりに目が霞み、数十年ぶりに涙を流し、数世紀ぶりに人を望んだ。この無限の『亜空高位次元閲覧文書保管所』に…ただ一人の寂しさが…嫌なのだ

「また、来れるのか?」

私はすがる思いでグレイに聞いた

「えぇ。この方がその気になれば、いつでも、何度でも」

私は…すがる思いで…人間に…叫ぶ。

蛍光色が増して、術式の発動を告げる。時間がない…だから…届いて!!!私はいつでも待っている!貴様…いや…なんと呼ぶべきなんだかわからないのだが…とにかく、待っている!



何年、何十年、何百年経とうと、私と図書館はここにいる。だから、何千年何万年経とうと私はあなたを待ち望む



ある賢人は言った



「本を読むことはかつての最も偉大な人間と会話することだ、と」



私は、こう考える



「本を読むことは永遠に色褪せない心との会話を行うことだ、と」



私は歳をとらないし、死にもしない。だからこそ退屈を忌み、暇を嫌う



あなたならば、それを変えてくれる。そう信じて私はあなたが来るのを待とう



そして、次に来たときは………

………(泣)


ナキツバメです…もとい、シロツバメです。最後の2ページ、ずっと書きたかったんです…(感涙)


今回は図書館モノで『本』と『触れる人』達のあり方を描いてみました。ちなみに、ところどころいろんな本にちなんだモノが出てきますが…分かった人、ニヤリと笑って下さいね

あ、電車やバスで笑わないでね?

逆に笑われるかも?



それともう二つ

今回は挑戦として『一人称視点』で構成してます。文はカルト目線、そして『あなた視点』。

頑張って『世界に溶け込む』ような雰囲気に…なったかな?f^_^;

出来れば、感想で教えてもらえると嬉しいです


最後に

ユナ・ナンシー・オーエン。素晴らしい名前だと思います。

知らない?ならば『U.N.オーエン』は彼女なんだよ。と

『そして誰もいなくなった』を読んで感銘を受け、本を人格化する。という無茶な事をしましたが…ネタバレは回避したはず!

たぶんね!きっとね!自信ないけどね!





それでは、あとがきもおしまいです

おつきあい下さり、ありがとうございましたm(__)mゴリゴリ



P.S.…カルトが図書館で待っているので、また会いに来てあげてください

彼女、意地っ張りなのでいつまでも待ってるかも、しれません…

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