表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

貴方と私とこたつの時間

作者: 国樹田 樹

「……やっぱり、少し大きくない?」


腕を組みながら言った私に、貴方が微笑む。


「そうかな。ゆったりしてて、いいんじゃない」


八畳の部屋に、どんと大きな長方形。


今時のおしゃれっぽさは無く、昔ながらの作りで頑丈そう。


田舎の大きな家で、家族や親戚皆で囲むような、そんな木目の綺麗な『こたつ』。


二人暮らしなんだから、真四角の小さいのでいいと言った私に、貴方はどうしてもこれがいいと言って譲らなかった。


「邪魔じゃない?」


「君が絵を描く時、こっちの方が使いやすいでしょ」


「それは、そうだけど……」


「なら、いいんじゃない」


どこか押し切るみたいな貴方の態度を、少し不思議に思ったけれどーーー


買って帰ってすぐに、その理由を貴方が教えてくれた。


こたつ布団をセットして、天板を上に乗せ、電源をつける。


それから、貴方は早速こたつに入って、満足そうに微笑んだ。


「俺がこっちがいいって言ったのは……」


「え?」


「ほら、ここ。おいで」


嬉しそうに笑う貴方が私に手招きをして、私はそれに首を傾げながら、誘われるままにこたつに入った。


そして、貴方の意図を理解した。


「……成る程」


「ね。これなら、隣り合わせで一緒に入れる」


確かに、と嬉しさと納得で頷く。


長方形の形のこたつ。長い方の辺になら、二人並んで入る事ができる。


真四角のものなら、狭すぎて向かい合わせで入るしかなかっただろう。


「いいね、これ」


貴方を見ながら、照れ笑いを浮かべる私に、貴方も「うん、いいね」と返してくれて。


その時、貴方の頬は仄かな赤で染まっていた。


嬉しくて嬉しくて、私はこたつの中で自分の足を貴方の足にくっつけていた。


互いに社会人になってから出会った私達。


一緒に住もうと決めた日、初めて買ったのがこの『こたつ』だった。


◇◆◇


「はい、できたよ」


「有り難う」


共働きで中々休みが合わないこともあったけれど、そんな中たまに合うお休みが嬉しくて仕方がなかったある日。


蜜柑を食べようとした私の手を止め、貴方がかわりに剥いてくれた。


自分でやるのに、と言ったら「いいからいいから」と笑う貴方。


「おいしいね」


「おいしいね」


二人で一個の蜜柑を分けながら、口に放り込んだ実の甘さに同じ感想を零した。


私の実家から定期的に送られてくる蜜柑は、冬になるとこたつに必須のお供になった。


「もういいよ。君はわからず屋だ」


「どうしてそんな風に言うの」


一緒に住んで暫く経った頃、ちょっとした事で口論をした。


普段なら、どちらからともなく謝って、仲直りできたのに。


互いに大きめの仕事を抱えていた頃というのもあって、心に余裕が無かった。


私も彼も、引っ込みがつかなくて。


でも、出て行くなんて事も言えなくて。


その日初めて、長方形のこたつで向かい合わせに食事を取った。


会話は無かったけれど、一緒に食べられただけで、あの時は十分だった。


◇◆◇


「おかえり」


「……ただいま」


仕事から帰って、スーツのままこたつに入っていた私。


疲れて突っ伏していると、先に戻っていた彼が寝室から出てきて、声を掛けてくれた。


隣に静かに入ってくる彼に、私は無言のままだった。


「……ごめん」


「……私も、ごめんなさい」


私の頭上に、謝罪の言葉が降ってきて、疲れも忘れて飛び起き貴方に習って謝った。


あの日から二週間ぶりに、私達は隣合わせでこたつに入った。


それから何度か、向かい合わせだったり、隣だったり・・・・・・と変化をつけながら、私達は冬の間そのこたつで暖を取った。


その後、何度も冬が過ぎて。


長方形のこたつの四辺が、友人で埋まることもあれば、互いの両親が入っていたり、そしてーーー


子供達が、入っていた事もあった。


みなそれぞれがこのこたつに入り、そして出て行った頃。


私達はまた、隣り合わせでこたつに入っていた。


「これも、長いこと頑張ってくれてるね」


「そうね。もう、何年になるのかしら……」


一度も壊れる事無く頑張ってくれたこたつを見ながら、貴方が言った。


傷やへこみも多くなっているけれど、その暖かさは変わらない。


「君とこうやって隣り合わせで入るのも、なんだか久しぶりな気がするね」


「そうね……」


変わらず隣で微笑んでくれる貴方の笑い皺を見ながら、きっと私にも同じものが刻まれているのだろうなと嬉しくなった。


こたつに付いた傷の分だけ、皺も年齢重ねた私達。


けれどずっとあの時から、毎年の冬をこの長方形のこたつで過ごしてきた。


ーーーきっと、いつかは。


私か貴方の隣どちらかが、空いてしまう時が来てしまうのだろう。


こたつが先か、私達が先かは判らないけれど。


人にも、物にも、等しく終わりはくる。


「また来年、これを出すのが楽しみだね」


「そうですね」


少し前にあった、巣立った子供達からの嬉しい便り。


遠くない未来に、また新しい命がこの長方形のこたつに入り、可愛い笑顔を見せてくれるのかと思えば、止まらない時の流れも愛しく思える。


「でも暫くは、君と隣り合わせで入れるのを楽しんでおくよ」


肩を寄せ合い、微笑みながら貴方が零す。


「……そうですね」


私はそれに、いつかこのこたつに初めて入った時と同じ笑みを返し、今は細くなった貴方の足に、自分の足をくっつけた。


古くなったこたつの木目に、過ぎた年月への感慨と感謝を込めつつ、私達は今日もとなり合わせで、優しい暖かさを感じていたーーーー




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ