貴方と私とこたつの時間
「……やっぱり、少し大きくない?」
腕を組みながら言った私に、貴方が微笑む。
「そうかな。ゆったりしてて、いいんじゃない」
八畳の部屋に、どんと大きな長方形。
今時のおしゃれっぽさは無く、昔ながらの作りで頑丈そう。
田舎の大きな家で、家族や親戚皆で囲むような、そんな木目の綺麗な『こたつ』。
二人暮らしなんだから、真四角の小さいのでいいと言った私に、貴方はどうしてもこれがいいと言って譲らなかった。
「邪魔じゃない?」
「君が絵を描く時、こっちの方が使いやすいでしょ」
「それは、そうだけど……」
「なら、いいんじゃない」
どこか押し切るみたいな貴方の態度を、少し不思議に思ったけれどーーー
買って帰ってすぐに、その理由を貴方が教えてくれた。
こたつ布団をセットして、天板を上に乗せ、電源をつける。
それから、貴方は早速こたつに入って、満足そうに微笑んだ。
「俺がこっちがいいって言ったのは……」
「え?」
「ほら、ここ。おいで」
嬉しそうに笑う貴方が私に手招きをして、私はそれに首を傾げながら、誘われるままにこたつに入った。
そして、貴方の意図を理解した。
「……成る程」
「ね。これなら、隣り合わせで一緒に入れる」
確かに、と嬉しさと納得で頷く。
長方形の形のこたつ。長い方の辺になら、二人並んで入る事ができる。
真四角のものなら、狭すぎて向かい合わせで入るしかなかっただろう。
「いいね、これ」
貴方を見ながら、照れ笑いを浮かべる私に、貴方も「うん、いいね」と返してくれて。
その時、貴方の頬は仄かな赤で染まっていた。
嬉しくて嬉しくて、私はこたつの中で自分の足を貴方の足にくっつけていた。
互いに社会人になってから出会った私達。
一緒に住もうと決めた日、初めて買ったのがこの『こたつ』だった。
◇◆◇
「はい、できたよ」
「有り難う」
共働きで中々休みが合わないこともあったけれど、そんな中たまに合うお休みが嬉しくて仕方がなかったある日。
蜜柑を食べようとした私の手を止め、貴方がかわりに剥いてくれた。
自分でやるのに、と言ったら「いいからいいから」と笑う貴方。
「おいしいね」
「おいしいね」
二人で一個の蜜柑を分けながら、口に放り込んだ実の甘さに同じ感想を零した。
私の実家から定期的に送られてくる蜜柑は、冬になるとこたつに必須のお供になった。
「もういいよ。君はわからず屋だ」
「どうしてそんな風に言うの」
一緒に住んで暫く経った頃、ちょっとした事で口論をした。
普段なら、どちらからともなく謝って、仲直りできたのに。
互いに大きめの仕事を抱えていた頃というのもあって、心に余裕が無かった。
私も彼も、引っ込みがつかなくて。
でも、出て行くなんて事も言えなくて。
その日初めて、長方形のこたつで向かい合わせに食事を取った。
会話は無かったけれど、一緒に食べられただけで、あの時は十分だった。
◇◆◇
「おかえり」
「……ただいま」
仕事から帰って、スーツのままこたつに入っていた私。
疲れて突っ伏していると、先に戻っていた彼が寝室から出てきて、声を掛けてくれた。
隣に静かに入ってくる彼に、私は無言のままだった。
「……ごめん」
「……私も、ごめんなさい」
私の頭上に、謝罪の言葉が降ってきて、疲れも忘れて飛び起き貴方に習って謝った。
あの日から二週間ぶりに、私達は隣合わせでこたつに入った。
それから何度か、向かい合わせだったり、隣だったり・・・・・・と変化をつけながら、私達は冬の間そのこたつで暖を取った。
その後、何度も冬が過ぎて。
長方形のこたつの四辺が、友人で埋まることもあれば、互いの両親が入っていたり、そしてーーー
子供達が、入っていた事もあった。
みなそれぞれがこのこたつに入り、そして出て行った頃。
私達はまた、隣り合わせでこたつに入っていた。
「これも、長いこと頑張ってくれてるね」
「そうね。もう、何年になるのかしら……」
一度も壊れる事無く頑張ってくれたこたつを見ながら、貴方が言った。
傷やへこみも多くなっているけれど、その暖かさは変わらない。
「君とこうやって隣り合わせで入るのも、なんだか久しぶりな気がするね」
「そうね……」
変わらず隣で微笑んでくれる貴方の笑い皺を見ながら、きっと私にも同じものが刻まれているのだろうなと嬉しくなった。
こたつに付いた傷の分だけ、皺も年齢重ねた私達。
けれどずっとあの時から、毎年の冬をこの長方形のこたつで過ごしてきた。
ーーーきっと、いつかは。
私か貴方の隣どちらかが、空いてしまう時が来てしまうのだろう。
こたつが先か、私達が先かは判らないけれど。
人にも、物にも、等しく終わりはくる。
「また来年、これを出すのが楽しみだね」
「そうですね」
少し前にあった、巣立った子供達からの嬉しい便り。
遠くない未来に、また新しい命がこの長方形のこたつに入り、可愛い笑顔を見せてくれるのかと思えば、止まらない時の流れも愛しく思える。
「でも暫くは、君と隣り合わせで入れるのを楽しんでおくよ」
肩を寄せ合い、微笑みながら貴方が零す。
「……そうですね」
私はそれに、いつかこのこたつに初めて入った時と同じ笑みを返し、今は細くなった貴方の足に、自分の足をくっつけた。
古くなったこたつの木目に、過ぎた年月への感慨と感謝を込めつつ、私達は今日もとなり合わせで、優しい暖かさを感じていたーーーー
終