勇者になりたい魔王の話
勇者って何なのだろう。
勇気ある者、だよな。
俺の父親は確かに勇者だった。魔王を倒したからな。だから勇者と言われても問題はない。
それじゃあ、その息子の俺まで勇者と言われるのは、一体なぜなんだ?
二代目とか、そう良く言われるけれど、そもそも勇者に代とかあるのか? 俺はまだ何も成していないぞ。
だから、ちゃんと旅に出て、新たに現れた魔王を倒すんだ。そうしたら、ちゃんと勇者になれる。
そう思っていたよ。あの時までは……。
◇ ◇ ◇ ◇
「儂を、勇者にしてくれないか!?」
「……はい?」
いくつかの街とダンジョンを巡り、仲間も数人出来た。
意気揚々としながら、次のダンジョンに行く道中で、いきなり屈強なモンスターや人型の魔族に拉致られ、あれよあれよと言う間に魔王城に連れられてこられてしまった。
まだ早いだろう。というか、こんなにも早く決着を着けようとするとは……と思った矢先でこれだ。
目の前には、豪華で禍々しい立派な椅子にちょこんと座る、露出の多い褐色肌の女の子。
紅のような赤いサラサラの長髪で、頭の左右からは羊のようなとぐろを巻いた立派な角。
骨で出来ていそうな黒いドクロの装飾がある鎧は、大事な部分しか隠せていない。目のやり場に困るぞ。しかも、幼い見た目で大人顔負けの体つきじゃないか。
その見た目からしてもう、紛うことなき魔王だ。圧も、魔力も、何もかもが桁違いじゃないか。
そんな奴が、何で勇者に?
「おい、聞いておるのか。お主」
「あ、は……えっと。あまりの事で……えっと、何になりたいと?」
「じゃから、お主の様に勇者になりたいんじゃ!!」
「……はい?」
「その返事はもう聞いたわ。勇者であるお主にしか頼めんのじゃ。頼む、勇者にーー」
「いや、何で?」
「むっ。そうじゃな、理由を言わないとな」
そりゃ理由はちゃんとあるだろう。ただ、あまりにもあり得ない理由なら、ここで俺が尽きたとしても、何としてもこの魔王をーー
「儂だって、年頃の女じゃ。もっとキャーキャー言われたいんじゃ!! 尊敬されたいんじゃ!!」
「……え? はぁ、なるほど……」
いや、君魔族だろ。ってツッコミはダメなのだろうか。周りに目配せしてみると、さっき俺を拐ったモンスターや魔族達が睨んでいた。レベル的にまだ勝てそうにない。ダメなんだな……。
「尊敬って、一応魔王でもされているんじゃないのか?」
「まぁ、ちょっと違うんじゃな。お主ら人間側の勇者は、その力で人々を救い、様々な者達から敬われ、唯一の存在としてもてはやされるだろう?」
それはそれで大変なんだけどな。というのはまだ言わずに、相手の言葉に耳を傾けておこう。
「魔王はどちらかというか、その力で屈服させて、恐怖で支配する。油断をするとその座を狙われ、常に気を張り警戒する。その為に、いっつも怖い顔をせにゃならん。キャーキャーの感銘より、ギャーギャーの悲鳴の方が多いわい。儂はキャーキャー言われたいんじゃ!!」
「…………」
「父が人間に宣戦布告をしたからのぉ。その娘である儂も、その意思を継がないと、魔族達が一致団結してくれんのじゃ。あやつらは基本的に、自分こそが王にって感じで、我欲にまみれているからなぁ……」
魔族達の王となると、権力とかそういう方面になりがちだろうね。人間の王もそうだけど。
勇者と魔王の違い……か。
「そういうわけで、儂は勇者になりたいんじゃ! 頼む、勇者であるお前ならと思ってな。拉致ったのは悪かったが、これしか方法がないんじゃ!」
色々と問題はあるとして。これはこれで別に良いんじゃないか? こいつをこっち側に引き込めれば、長年争って戦いに明け暮れていた人類と魔族に、平和な日々が訪れるかもしれない。
なるほど。アリだな。
「分かった。君の訴えは十分分かった……が。他の魔族さん達は良いのか?」
魔王が1人で決めてしまっていたなら、こいつが勇者になってもまた新たな魔王が誕生するだけだし、それだと俺の計画も意味がなくなる。
「魔王様の決めた事だ。俺達は逆らわない……が、今までの禍根はある。争いが無くなるとは思わん」
「ですよね」
それはそれで別問題か。ただ、しばらくは新たな魔王が誕生することはないのかも。だって、前魔王が敵側になるんだし、それはそれで厄介だろう。
「それで、返事は? どうなんじゃ? ん?」
「…………ちなみに断ったーーいや、何でもないです」
なに当然かの如く「それを聞くのか?」って感じで、一様に怖い顔をするんだよ。そこでもう察したよ。タタじゃすまないって訳だ。
「とりあえず、やれるだけやってみます」
「ほぉ! そうか!! 良かった良かった。宜しく頼むぞ!」
一気ににこやかな顔になってるよ。こっちはこっちで胃が痛いのに……。
◇ ◇ ◇ ◇
それから俺達は、魔王城から瞬時に移動し、穏やかな村の前までやって来た。
俺が拉致された時も、この魔法を使われたのか。あっという間だったし、今もあっという間に長閑な村が見えたからビックリしたよ。
「よし。それで、何からしたらいいんじゃ?」
「あ~とりまえず魔……っと、魔王って言えないな。騒ぎになる。名前は?」
「おっと、そうじゃった。ラミタンだ。ラミタン=デビゾール」
「後半はバリバリ魔王家系だな……ラミタンね。俺はレイミール。レイミール=グランドル。皆からはレイって呼ばれてる」
「ふむ。なるほど。レイじゃな。して、何をすればいい?」
「先ず服装だな」
まさかそのまま来るとは思わなかった。誰がどう見ても、めちゃくちゃ魔族なんだよ。
「うぬ? そ、そうか。確かに、見た目は重要じゃの。お主も、装備は立派な勇者っぽいし、体つきも流石に鍛えておるのか、中々に良い体型ではないか。そのせいで、顔つきもキリッとしとる。髪も銀髪で短めにして好印象と。先ずは外見からでも勇者っぽくじゃな」
流石にマントは翻してないけれど、それなりにいい鍛冶屋で鍛えて貰った鎧と軽兜を着けているし、腰の剣も名だたる英雄御用達の武器屋で用意して貰った。
だから先ずは、そういう装備からだな。
「ふむ。こんな所か?」
と思っていたら、ラミタンは指をパチンと鳴らし、今着ている服が消え、ミニスカートと軽鎧の姿に早変わりした。さながら女勇者って感じだ。ただ、まだ露出多いな。胸元広げすぎ。
「胸元広げすぎだ。もうちょい隠せ」
「なぬ? 女の魅力を捨てろと?」
「勇者に女の魅力がいるか? そういうのは別の職でやれ。勇者たるもの、己の魅力は内面からだ!」
「はぅっ! な、なるほど……」
そもそもそれで敵を誘惑したところで、勇者というよりも悪魔系の何かだと思われるだろうが。
そんな俺の言葉が通じたのか、今度はしっかりと胸元も隠した、誰がどう見ても普通の人間で、冒険者か勇者に見えるような服装になった。
角はあるけど。
「角、隠せ」
「じゃよなぁ……しかし、こいつは消せぬし、隠すのも難しいぞ」
「変身系の魔法とか、そういうので何とかならないのか? 肌の色は、こっちにも褐色肌の人間はいるからなんとかなるが、角がなぁ」
「うむむ……とりあえず、フードなら隠せるかの」
そう言うと、ラミタンはまたパチンと指を鳴らし、頭にフードを着けて角を隠してみせた。
「悪くはないか。とりあえず隠せてる」
「ほっ、良かったわい。よし、ここからじゃな!」
そう意気込んでいる所悪いけれど、先ずは心得からって所なんだよ。そもそも魔王として動いていた奴が、いきなり勇者のような世のため人のためって出来るのか?
「その前に、心得とか大丈夫かと思ったんだよ。だから、この村だ」
「うむ? 心得……か。この村も長閑じゃが、何かあるのか?」
「勇者たるもの。困っている人や弱い人を助け、そういう人達を守る為に存在する。お前にそれが出来るのか?」
「なっ……!! そ、そんなの。罵倒されぬのか?」
「そっちはそうなのか……」
力こそ全てで、弱きは罪って感じだもんな。そりゃ弱い奴を助けていたら、罵倒されてしまうのだろう。だけど、こっちは人間側なんだよ。
「こっちでは罵倒どころか、感謝されて声援を受ける。それはお前の望む、キャーキャー言われて称えられる事の第一歩だ」
「な、なんと……?! そうか。よし、分かった! 弱きを助けるのじゃな。で、この村は弱い奴等ばかりと?」
基準がいちいち魔族視点なんだよな。それは仕方ないとして。
「そんな皆が弱くて困っているわけではない。だからとりあえず、村で困っている人がいないか探す。ここには冒険者ギルドも職業ギルドも無いし、他の冒険者も少ない。初心者の冒険者がちょっと休憩に訪れるような場所だ」
「ほほぉ。じゃからここを指定したのか。よし、行くぞ!」
またやる気満々だな。それは良いけれど、果たして上手くいくのだろうか。とりあえず、こいつに喋らせるとボロがーー
「おい、何か困っている事はないか? この儂が特別にーー」
「あ~!! お疲れ様です!! 異常ないですか!?」
とか言っている間に何しているんだ、こいつ! 村に入って直ぐの所に居た男性に、めちゃくちゃ上から目線で圧かけながら話すなよ。急いで両手で口を塞いじゃったよ。
「あれ? レイミールさん。珍しいですね、こんな村に。何か入り用ですか?」
「いや、ちょっと薬草の材料が切れてしまったんだ。ここが一番多く手に入って、手軽だしな」
俺の仲間達の下に行かさなくて良かった。
いきなり話し方とか所作を変えられるのか心配だったんだ。的中したけどな。せめてそこは何とかしておけよ。魔王城でも出来ただろうに。
「ハッハッハッ。なるほど。その子は、新しい仲間ですか? その肌の色は、南の方の人ですよね?」
「そうなんだ。砂漠の王国の方でな」
「相変わらず慕われますな。手が必要ならいつでも言ってください。微力ながらお手伝いします」
「あぁ、助かる」
という感じで、何とかその男性とのやり取りは怪しまれずにすんだ。とりあえず言葉使いからか。
「あのな、ラミタン。せめて口調を……ん?」
何かキラキラした目でこっち見てるぞ。
「いいの~いいの~尊敬されて慕われて、羨ましいの~早く儂もそうやって慕われたいの~」
「それだったら、もうちょい謙虚に……」
「ケンキョ?」
「いや、これは時間がかかりそうだな。とりあえず、村人との会話は俺がやる。傍で見て、どういう対応が良いのか覚えろ」
「うむ!」
返事は良いんだけどな……そこはかとなく不安だ。
その後も、他の村人と会話をしていくが、やはりこの辺りはめったにモンスターも暴れないから、特に急ぎで困っている事とかは無さそうだった。
それでも、小さなものならいくつかある。その辺りからだな。駄々こねないか心配だけど。
「よし、とりあえず今の所は、農地でのスライム被害と、子供達からのお願いで、薬草数種類。村の防衛的なもので、兵から逃れて流れ着いた、野盗崩れの荒くれ者達の退治。暴れ猪の退治……か」
「ショボいの」
「言うと思った。だがな、こういう事を率先してやるのが勇者と呼ばれるようになる。小さな事でも嫌な顔をせずに笑って人助けだ」
「……なるほど。す、すごいのぉ」
「出来ないならーー」
「やる! やってやるわい!!」
この短い間だけど、何とかなく扱い方が分かっーー
「よし。とりあえず野盗とかいう荒くれ者がいるんじゃろう? のしてやろうか。地獄の紅炎球」
ーーらないわ。いきなり地獄のような業火の火球を作るな!!
「この辺一帯焼き尽くす気か!!」
慌てて封魔の杖を振って、ラミタンの魔法をキャンセルしたよ。
「おぉ。やるな、お主」
「はぁはぁ……あのなぁ……」
ヤバイ、この時点で既に疲れてきた。先が思いやられる。
◇ ◇ ◇ ◇
とりあえず、ラミタンを連れて村の近くの農場へとやって来た。
広い敷地に家畜と畑もやっていて、沢山の人達がここで食料を作っているけれど、スライムの繁殖時期には、大量のスライムが集まってくる。そして、その排泄物で農作物に被害が出るらしい。ということで、その退治というわけだ。
「さっそく居たか。繁殖時期だからな」
「ほぉ、こんな所にまで。可愛いの~」
「いやいや、こっちの農作物に被害出てるんだよ。だからとりあえずーーん?」
ちょっと待て。心なしかスライムが、その場で止まってプルプル震えているような……あとなんか、ラミタンから変なオーラが……何かしたのか?
とりあえず、古の魔導具でこいつが何か発動していないかチェックだ。
このただのレンズが、相手の発動している能力を判別してくれるからな。どういう理屈なのかは分からない。古代の遺物だしな。で、こいつは今何をーー
『スキル発動:王の威厳【闇】 低レベルモンスターは戦いをせずに従うようになる』
「めっちゃ魔王のスキル発動してる!!!!」
な~んか「ゴゴゴゴ」って音も聞こえてくるよ! いや、勇者から遠ざかってる!
「待て待て! ひれ伏させてどうする!!」
「む? いかんのか? しかし、こやつはこうしておけば」
「そいつの排泄物で農作物が育たないんだ! スライム避けも、この繁殖期では意味がないから、退治しないといけないんだよ!」
「退治じゃと!! こんな無害で可愛いのを?!」
「いや、一応害出してるんだ!!」
「それじゃあお主らは、ヒヨコの糞で農作物がダメになるからって、ヒヨコを退治するのか!?」
「うっぐ……いや、それは……」
「それと同じじゃ!!」
そう言われてしまうと反論出来ない。それならそれで他のやり方で……ってなるよな。
「それじゃあ、こいつらをここで繁殖させないようにって出来ないのか」
「うん? そりゃあ、緑豊かで綺麗な川があれば、そっちに移るじゃろう。ちなみに、砂糖とか甘い物で誘導出来るぞ」
そんなので誘導出来たのか。それは初耳だな。皆モンスターだからって、退治することしか考えていなかった。なるほどな。
とりあえず、ラミタンの言ったようにスライムを誘導して、農地から引き離す事は出来た。
それからも、いくつかの頼み事をやってみた。
ー薬草集めー
「何じゃ、この毒草がいるのか?!」
「人間側には薬になるんだよ! というか、毒キノコとか毒草を入れるな!」
「そっちの方が薬じゃ! 精もつくぞ!」
ー小物の配達ー
「これくらい自分でやらんかのぉ?」
「色々と理由があってだな……」
「まぁ良い、転送じゃ。ちぃと形が崩れるかもじゃが」
「預かり物だから止めろ!!」
ー野盗退治ー
「何か言い残す事はあるか?」
「ひ、ひぃぃぃぃ……何だこいつ!」
「つ、強すぎるだろ……」
「ふむ。首がいいか」
「ステイステイ、それ以上は止めろ!! 相手も懲りてるから! 命は取るな! 命大事に!」
といった感じで、いちいち止めに入るはめになってしまい、俺は疲れ果ててしまった。
「ううむ。難しいのぉ……」
「はぁ、はぁ、そりゃそうだろう。それだけ、人間と魔族は違うんだ」
さっきの村とは違う、ちょっと広めの街に移動した俺達は、一旦小休止の為にと、広場のベンチに座っている。しかし、俺の方は疲れてしまってグッタリだ。
「すまんのぉ。勇者というのが、ここまで大変とは」
「これでも序の口だ。全く……理由も軽いし、勇者は諦めた方が良いんじゃないか?」
「そうはいかん。儂はな、人間と魔族の争いなど下らんと思う。何故理解し合おうとしないんじゃ? それが出来なくて争っているなら分かるが……」
「……お前まさか、人間と魔族の争いを止めようと。それで、勇者に?」
「……む。部下の手前、こんな事は言えなかったのじゃ」
なるほど……ちゃんとした理由もあるじゃないか。ただな、この争いの発端は……。
「俺の親父が冒険者の時、魔族が人間の村を襲って、子供も含め、数百人を虐殺しただろう。そこからーー」
「なぬ? 儂が父から聞いたのは、人間が魔族の村を襲い、力の無い弱い魔族数百人を虐殺したからと」
「なに?」
何だそれは。そんな事は聞いたことがないぞ。
「そっちの事は、儂等は聞いたことがないぞ。そんな虐殺事件があれば、こっちの耳にも入るじゃろうに」
「それは俺もだ。どうなっていやがる……」
そもそも争い始める前は、お互いに距離を取っていて、完全に住み分けをして平和に暮らしていたみたいなんだ。
それがこんな事になった理由は、その虐殺事件があったからだが、どうもお互いに聞いている事と違うな。
「…………それより、そこの建物は何じゃ?」
「あぁ、教会だ。見たことないのか? ここはこの国で一番信仰されている、シャルート教の本拠地なんだ」
「ほほぉ。教会とな。神に祈るとかいうやつか。人間のその行動はよく分からんが、ちょっと見ておこうかの」
「……まぁ、そうだな。人間の行動や文化とか知って貰わないと、とてもじゃないけど勇者は出来ないぞ」
引っ掛かる部分は、今の俺達では解決出来ない。情報収集をしないとな。
とにかく、教会に興味を持っているのなら、一度コッソリと見学させておいてもいいな。
そう思った俺は、ラミタンを連れて教会の方へと向かった。そして入り口からではなく、横側に回り込んで、そこからコッソリと中を覗かせてみた。
建物と建物の隙間だから、あんまり怪しまれないだろう。中の装飾や、祈っている人達の姿でも見れば、こいつも何か分かるかもな。
「ほぉぉ。これは中々に豪華な。しかし、何故こんなに豪華なんじゃ?」
「ん……まぁ、神々の凄さと信仰を形で残そうとして、こうなった感じかな」
「なるほど~」
あと、窓をちょっと開けて、中で流れる曲や聖歌も聴かせてみよう。変なダメージを受けたら直ぐ止めるけど。人間って、こうなんだって事を知らないことには、勇者なんてとても……というか、こいつ本当に勇者になりたいのか?
単純に争いを止めるため、人間の事を知るために、こんな事をしているんじゃ。それならこれ以上は……。
しかし、中は静かだな。
「彼の行方は?」
「はっ。仲間からは、まだ何の手がかりもないと。心配ですね、教皇様」
そう俺が思っていると、静まり返っていた室内から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
この声、片方はギング教皇の声だ。ギング=シュミール教皇。先代からは絶大な信頼と、自身は強力で神聖な力を持ち、国の人々の為に尽くし、その人々からの信頼と信仰も厚い、この国随一の人格者だ。
その彼と、教会の神職者が話をしているのか。
「えぇ、とても心配ですね。レイミール。彼ほどの実力者を失うとなると、魔族達の進行が激しさを増しそうです」
そうか。ラミタンに連れ去られているから、皆心配してくれているのか。
無事であると、今ここで伝えたいが、こいつをどうするかだ。
「なんじゃ?」
「いや、どうやって俺が無事だって伝えようかな~と」
窓枠に手をかけ、ぶら下がるようにして中を見ているラミタンが、思案顔の俺を見て聞いてきたけれど、元凶である君に言うとややこしいことになりそうだ。
「教皇様。万が一の場合、新たな勇者の選定を?」
「えぇ、そうですねぇ。彼の死を無駄にしないよう。人々を煽るだけ煽り、魔族達への怒りを高めておくのです」
「なんなら、以前のようにまた虐殺でも」
「そうですね。それも良いでしょう。彼の死と、沢山の人達の死を合わせれば、不安と怒りでまた争いは激化するでしょうね」
なんだ……この会話は。
「……こやつら、何を話しとる? おい。あの格好、この教会で一番偉い奴か?」
「あぁ、教皇様だ。この国で一番の人格者だ……そのはず、だ……」
それなのに、今の会話はいったい……。
「とてもそうは見えん顔つきじゃの~というより今の会話、本当じゃとしたら……」
「…………」
魔族と人間の争いは、教皇様が作り出したっていうのか? 人間の村の虐殺も、魔族の村の虐殺も、全部……全部、教皇様が?
「おい。気をしっかりと持て。というか、今確認すれば良かろう」
そう言うとラミタンは、窓枠から手を話し、そのまま壁に向かって拳を突き出した。
「ふん!」
それから、気合いの入った言葉を放つと、その拳の先の壁が何かの衝撃を受け、大きな音と共に砕けて、大きな穴を作った。
このまま突撃するとは思わなかった。だけど、俺も納得が言っていないんだ。教皇様の口から、あんな言葉が飛び出るなんて。嘘だって言って欲しい。ただその一心しかない。
「なんだなんだ!?」
「……君は? いや、その後ろの彼は、レイミール君か? 無事だったのか!?」
驚く神職者を他所に、教皇様は至って冷静に、平然としながらこっちを向いた。
動きやすいスーツの様な服だから、今日は信者達への挨拶回りをしていたのか。布を肩からかけているのは、ステラとかストールと呼ばれていたかな。
とにかく、さっきの言葉の真意を聞かないと。
「教皇様。さっきの言葉は?」
「さっきの言葉、とは?」
「直後に俺達が荒々しく入ってきたんだ。聞かれたと思って、少しは焦るでしょう? それすらないということは、冗談でーー」
「あぁ、先程の。それで、聞かれたからと言ってなんですか?」
「はい?」
「それで誰か困りますか? あぁ、人死にが出るでしょうね。ただ、私達の為に、魔族を滅ぼしてくれる勇者達の為に、モチベーションを上げてくれる糧になれるのなら、むしろ誉れでしょうに」
「なっ!!」
隠す素振りも、誤魔化す素振りもないだと。教皇……いや、もうこいつは人として見れない。悪魔か何かだ。
「いったい何の目的で、そんな事を!!」
「目的? それは当然、人々の不安を煽ればそれだけ、人は神にすがります。教会に入信するでしょうし、信仰も強くなる。当然、寄付金もね」
そう言う教皇は、むしろいつも通りのような素振りで、何も慌てる様子がない。平然としているんだ。
信じられない……だけどこいつはもう、俺の知っている教皇じゃない。
「はははは! 中々の屑っぷりじゃのう! 魔族の中でもそうはいないぞ」
「うん? あなたは?」
「名乗る必要もないわい。ただ、こっちも被害は出ている。その分のケジメはつけんとな」
するとラミタンは、突然教皇へと飛びかかり、腕に何か黒いオーラのようなものを纏い、それで相手を殴り付けた。
「この力は、なるほど……魔族ですか。それも、かなり上位だ。レイミール君、これはどういうことかな?」
「なぬっ?! これでもそこそこの力を込めたぞ。片手で受けるか!?」
確かに……並みの人間なら、今のは受け止められないだろう。ただ、腐っても教皇だからな、それなりの力を持っているよ。
「レイミール君、説明を」
「……したところで、あなたには何も影響はないでしょう」
「しかしですね、人々がーー」
「その人々を嘲笑い、手にかけている奴に、俺の身に起きたことを話しても、切って捨てるだろう」
「…………その口調、この女性はまさか……」
感づくように話したからな。教皇が目を見開いて、またラミタンの方を向いた。
彼女はもうフードを取っていて、その立派な巻き角を披露していた。
「そうじゃ。儂は父から座を受け継いだ、二代目魔王じゃ。しかしな、弱い魔族が人々に殺されていようと、それも致し方なしと思っておった。争い等したくない、何とか終わらせられんかと思っておる。じゃがな、今のお主の話を聞いて、許すわけにはいかなくなったわ」
「ほぉ。何とも腰抜けな魔王だと思いましたが、考え直しましたか。そうです、人間は醜いのです。魔族もそう。レイミール君、何故魔王と一緒に居たかは不問にしましょう。今すぐ、目の前の魔王を倒したらね」
それはつまり、ラミタンを倒さないと、俺は罪に問われるということか。自分の事は棚にあげておいて、俺に何もかも被せるつもりか。それだけの人徳がある。
つまり、ここで教皇を倒さないと、俺達は終わりだ。
「ふん。人間と魔族の争いを終わらせる方法があったから、考え直したのじゃ。お主をボッコボコにして、レイミールと共にお前の悪事を公表する!!」
「……そうだな。先ずは、あんたを止めないとな。教皇! いや、ギング!」
「仕方ないですね。騎士隊をここへ、彼等を捕らえーーなに?」
この部屋にはもう、ギング1人だ。一緒にいた神職者なら、ラミタンがコッソリと気絶させていたよ。突撃した直後かな? 手が早いな……だが、助かった。
「間違っておったら謝るつもりじゃったが、その必要はなさそうじゃな。さぁ、覚悟するのじゃな!」
「やれやれ」
それを見たギングはため息をつき、面倒くさそうな表情を見せた。
俺も剣を抜き、両手でしっかりと握り絞めると、彼と対峙する。ついでに、ちょっとした能力を使わせて貰おう。
「ギング、俺の能力は分かっているよな?」
「……そうでしたね。一定時間の魔力封鎖。実質、魔法が使えないでしたね。あなたに敵うとしたら、同程度の魔力を持つ者くらいでしょう。同じ力でぶつけないといけないですしね。私も出来ますが、ここに侵入すると同時に、既にかけていますね」
「ご名答。さぁ、覚悟しろ」
そう言うと俺は、剣を後ろに引き、突撃すると同時にギングを斬りつけた。
「竜閃剣!」
「おぉ、あなたの父上が竜族から指南され、会得したと言われる秘伝の剣技。まるで竜の様に螺旋を描き、槍のような鋭い斬撃です。が、まぁ無駄と言いますか。私には効きません」
「はっ?」
え? 最大の力を振り絞って斬りつけたのに、片腕だけで防がれて……どういうことだ。
「おっと、儂もいることを忘れるな!! 魔の衝波!!」
「それは、教皇である私には無意味です」
「じゃろうな! だから、その隙に後ろからじゃ!」
「おぉ? なるほど。考えますね。目眩ましですか。何とも贅沢な目眩ましだ。しかし、それでもやはり
無意味です」
「ぎゃんっ!?」
「ラミタン!!」
衝撃波を弾いて、目の前が土煙で見えない隙に、彼女は完全に死角から後ろに回り込んだのに、まるで見えていたかのように、裏拳で吹き飛ばし、彼女を壁に叩きつけた。
おかしい。一教皇にしては、力を持ちすぎているぞ。
「くっ!!」
何かからくりがあるはず。だから俺は、ひたすらにギングに斬りかかった。
「これはこれは。どれもこれも素晴らしい剣技だ。隙もブレもなく、流石は勇者の血筋です」
「そう言いながら涼しい顔で受けるな! 傷1つ付かないのはどういう事だ!」
「はっはっはっ。失礼失礼。私の話を聞かないおバカさんには、徹底的な調教が必要でしょうからね」
完全に人を見下している視線で、俺の剣技を軽々と受け流している。
それだけ強いのに、何で直接支配しないのか。何で回りくどい事をするんだ。
「お前は俺よりも強いのに、何でこんなに回りくどい事を……」
「……勘違いしないで欲しい。私はただ、自らの手を汚さずに、信者を増やし、信仰を増やしたいのです。それには手っ取り早く、戦いを起こせばいい」
「理解出来ないな」
「それは、あなたの父親にも言われましたね」
親父も……こいつの正体に気付いたのか。ちょっと待て、それじゃあ……親父は。
親父は、前魔王との戦いで致命傷を負って、そのまま亡くなったんだ。覚えている。腹を抉られていて、出血も酷かった。
「お前、まさか……俺の親父も……」
「そうです。あなたと同じように斬りかかってきたのでね。仕方ないので、魔王共々名誉な死を、与えて上げましたよ。次の戦いの為にね」
それを聞いた瞬間、俺の中の何かが切れ、目の前の奴への怒りしか無くなった。
「うわぁぁああ!!!! きっさまぁあ!!」
許せない。許せる訳がない。
こんな、人の命を何とも思ってないような奴が、教皇としていたなんて……何で今まで気付かずに……いや、それだけ完璧だったんだ。善行を徹底的に行っていたから。
もうなんでもいい。とにかくこいつを倒さないと。そして、剣を大きく振りかぶって、力任せにギングに斬りかかったが、俺の顔を、ギングの背後から伸びてきた黒い手が掴んできた。
「なっ、魔法……? いや、俺が封じているし、今も……ま、まさか!」
「相当な怒りで、失念していましたか? お仲間に、同じ方法で魔法を使える者がいたでしょうに」
「遅延呪文」
「それと、最後なので見せて上げましょう。私が至った人の進化の境地をね!」
そう言うと、ギングの身体はみるみる変化していく。
服は破れ、背中から無数の黒くて影みたいな、魔物のような腕が生え、上半身には無数の目玉があって、それが各々動いてギョロリとこっちを見ている。
顔の両目は全て黒くなり、牙も生え、額の左右からは悪魔の様な禍々しい角が生えてきた。
その姿はもう……。
「魔族……いや、魔族をその身に取り込んだのか!?」
「ふふふふ。私は貪欲ですからねぇ。人の寿命の間に、私がやりたいことを達成出来そうにないので、魔族の方に協力をね。今の私はそうですね。魔人です」
「ふざけーーガハッ!!」
剣を振り上げて、腕を切り落とそうとしたが、その前に地面に叩きつけられてしまった。しかもその後、床に擦り付けるようにしながら俺を引きずり、その勢いで壁にぶつけられてしまった。
「ガッ……!! ぐぅ!」
背中に全身に激痛が走る。
だけど、意識を失うな。目の前のモンスターを倒すまでは……絶対に……!!
「はぁ、はぁ……」
「おぉ。あれで立つのですか。流石です。しかしーーむっ?!」
「さっきから聞いていれば、自分勝手な奴じゃのぉ。というか、儂の父すら手にかけておったか。最早断罪どころではないわ。お主の魂すら、消し飛ばしてやる!!」
その時、奴の後ろからラミタンが殴り付けていた。しかも、冷静でいるようで怒っている。
だけどラミタンの攻撃も、背中の無数の腕に防がれていた。
「今回の魔王は外れか? 勇者の血筋の彼と一緒にいるのは、どういう事かな?」
「ふん。儂は、勇者になるんじゃ!!」
「ーーは? 勇、者? 失礼。本気で?」
「本気も本気じゃ!」
すると、そんなラミタンの言葉に、ギングがたまらず吹き出し、その場で大笑いし出した。
「はははは!! はは! 勇者の血筋どころか、人の怨敵である魔族が、何を呆けた事を。ハハハハハハ!!」
「怨敵にしたのは、貴様じゃろうが! それまでは、魔族と人はお互いに住む場所を決め、干渉しあわぬようにと、距離を取りつつ平和に暮らしていたんじゃ! それを、貴様がぶち壊したんだ!」
「当然でしょう!!」
「ぐっ!!」
「ラミタン!」
そうギングが叫ぶと同時に、ラミタンに向かって無数の黒い腕で何回も何回も殴り付けた。
というか、魔王すらも圧倒するのか。それだけの力を、ギングは得ていたのか。それを知りもせずに、俺達は……。
「ほのぼのと平和な世界など、下手をすれば教会やその教えが不必要になってくるでしょう! 争いや隔たりがあるからこそ、人は不安を覚え、神の教えとやらにすがりやすくなるのだ! だから、争いがないといけないのだよ!」
「ぐぅっ!! くそっ、こやつ……そこまで平和とやらを嫌うか!」
「えぇ。嫌いというか、憎いですよ」
そう言った奴の顔は、善人ではなく、根っからの悪人の顔になっている。
「ラミタン。お前、魔王の力を継いでいるなら、全力でーー」
「そうしたいが……こやつ、魔族の力を吸う能力でもあるのか、力が……吸われて……」
「なっ……! 教皇としての能力?! そんなの初耳だ、ギング!」
ラミタンの腹部に重い一撃を入れた後、ギングはこちらを向いてニタリと笑みを浮かべてきた。
「そりゃ、知られる訳にはいかないですからね。その名も、デーモンズ・インヘル。私が開発した、魔族の力を奪い、人に従わせる究極の魔法です」
「魔法開発も、当局の許可がなければ……」
「あぁ、そこは教皇ですし。お金を出せば、その辺りは簡単になんとかなりますよ」
「このド悪党が……!!」
あまりの事に、俺も身体の痛みも忘れて剣を握った。だけど次の瞬間、全身に更に激痛が走る。
「あっ……がぁぁああ!!!!」
あいつの手から、何か光が? とてもじゃないけれど、こいつは俺達を越えている。
「レイ!! お前、勇者の血筋にまで手を……死んだらどうするんじゃ!」
「その時は、また勇者を作ればいい。彼の、父のようにね」
くっそ。全ては、こいつの手のひらの上。俺達は最初から……。
あらゆる事への絶望から、俺はその場で膝をついた。
もうこのまま気絶して、何もかも。
「レイ! まだ気を失うな! こやつを倒すまで、意地でも意識を保て!」
それでもラミタンはまだ、倒れずに踏みとどまっている。なんで、まだ戦えるんだよ。
「お主も、平和の為人の為、戦っておるのじゃろう! 儂も、魔族の人々の為に、平和の為に戦っておる! 種族の違いだけで、その思いは変わらんじゃろう! 父から教わった事はなんじゃ! そこも変わらんはずじゃ! 同じなのじゃよ! 今、こやつは人にも魔族にも害を与えておる! それなら、儂等が倒れる訳にはいかん!」
「なんで、お前はーー」
「勇者を目指す者じゃからな!!」
ラミタンにそう言われ、父から言われた事を思い出した。
『良いか、レイ。どんな強敵の前でもたじろぐな、勝ち筋を見つけ続けろ。どんな絶望の前に膝をつこうと、絶対に立て。それこそーー』
そうだよ。そうだった。
勇者たるものの条件。それはーー
「ギング。覚えとけ。どんな絶望の前にも立ち上がり、どんな強敵にも挑み続ける。人々に平和と安寧を与えるまで、常にそうあり続ける」
ゆっくりと足を伸ばし、地面を踏みしめる。こんなにもしっかりと、地面の上に強く立つのは初めてだ。それだけで、力も沸いてくる。
「……えぇ、それこそ勇者のーー」
「違う。勇者とは……」
いつの間にか床に落としていた剣も拾い上げ、またしっかりと両手で握りしめて、ギングをしっかりと睨み付ける。そして、大きな声で言い返した。
「人々に、勇気を与える者の事だ!!」
「反吐が出ます。そんなもの、神の教えすら不応になるでしょう」
「人々への道しるべ。それも神の教えじゃないのか?」
「ふぅ。考えの相違です。その方が争いも生まれ、不安も生み出しやすいですけどね。ですから、あなたはそのままで宜しい。そのままで、死になさい!」
そう言うとギングは、影の様な黒い腕を俺に向けて伸ばしてくる。だけど不思議だ。何故か、何とかなる気がする。
「ラミタン。お前も、立派な勇者だよ。俺に、勇気を与えてくれたからな。今度は俺が、お前に勇気を与える番だ。こいつの突破口を作る!」
「……はっ、はは! はははは!! 嬉しいのう。よし、お主に託す! 信じて、最後の一撃を用意しておくぞ!」
剣で黒い腕を裂き、相手の隙を伺っていく。力も無尽蔵に溢れてくる。
強い怒りが沸いてくる。挫けそうになった自分への怒りや、目の前のギングへの怒りが。それが、俺の中に何かを生み出してくる。
「おぉ? ま、待ちない。なんですか、その姿は!?」
何故か、黒い腕の隙間から見えるギングが、焦っている表情を見せている。
面白い。って、何だこの感情。何で、こんなにも愉快になるんだ。あとなんか、額に違和感が……。
「お主。その姿……あぁ、しかし儂も、何だか清々しい気持ちになってくる。自分に許せず、この教皇も許せないというのに、なんじゃ……この力は」
「なっ……そっちまで!? その2人の、聖なる力と魔の力……あ、あり得ない!! 魂まで心を通わせた者達だけが使える、究極の合成魔法。マジックユニゾン。人と魔族など、前例がない!!」
あぁ、聞いたことある。それなら合点だ。なるほど、さながら今の俺達は。
「聖魔人と、聖魔王ってか?」
「カカカカ!! お主、銀髪の内側に黒い髪が見えるぞ。額にも、立派な魔族のような角まで。鎧や剣も、それに合わせてちょっとばかし、禍々しさが追加されとる」
「そっちも、全体的に白い髪になって、赤い髪は内側になってるな。ほとばしるオーラも、聖なる白い力だ。聖女でも、そのレベルまではいかないぞ。あと、服まで何か豪華になってないか。人間の王族みたいな……」
「ほぉ。こういうのを着ているのか」
そっちの露出は多めだけど、人間の方は多くないからな。とまぁ、それはさておき。
「さて、それじゃあーー」
「ぶちのめすかの」
「くっ……う。お、おのれ。何てレベルの魔力と気力だ。こ、こんな事が……!!」
そして俺は、剣を高く放り上げ、それを更に巨大化させる。
「断罪。ギガント・ギロチンソード!!」
「ぎゃぁぁ!!!! う、腕が! 私の影の腕も、本物の腕まで……!!」
上から真っ直ぐ高速に落としたから、避ける時間もなかっただろう。ギングの背中の腕は全て切り落とし、ついでに腕も飛ばしておいた。
この剣、俺が切り落とそうと思った物しか斬らない。だから、ギングの身体を真っ二つにしたように見えるけれど、実際に切り落とされたのは腕だけだ。
その後、ラミタンがトドメの攻撃を放った。
「そうら。聖なる我が技を受けるがよい! 魔王様の聖なるキッーク!!」
「ぐきゃぁぁああ!!!!!」
「いや、ネーミングセンス! 安直過ぎるだろう!」
「うるさいわ! 咄嗟には思い付かなかったんじゃ。というか、お主の方は何か子供っぽいぞ!」
「う、うるさい。こっちも咄嗟で思い付かなかったんだ!」
「まぁ、何でもいいわい」
「そうだな」
ギングは、ラミタンの聖なるオーラを纏った蹴りを受け、盛大に仰け反りながら後ろに吹き飛び、教会の神様を模した立派で大きな石像に激突した。
というかちょっと待て、石像にヒビが入っているような……ヤバイ、崩れるぞ。
「お前、やり過ぎ」
「おおっと、いかんいかん。このままでは崩れるわ。というか脆いのぉ」
「魔族基準で考えるなよ! 逃げるぞ!」
ガラガラという音ともに崩れていき、教会の柱にまで当たり、建物ごと一気に崩していく所で、俺達は全速力で教会から飛び出した。
◇ ◇ ◇ ◇
教会の一部が崩れ、無惨な姿になってしまった建物の前で、俺達は呆然としている。
教皇を倒したのは良いが、あいつが悪事をしていたという証拠まで消えてないか、これ……。
「アッハッハ。気分爽快じゃ! 悪党を懲らしめて、こりゃあ街の人達から感謝されるぞ。儂等は紛う事なき勇者じゃな!」
「すげぇ……けど、あいつの悪事の証拠まで消えてないか? 捕まえて証拠を見せないと信じられないだろうしな」
「おっと、そうじゃったわ」
腰に両手を当ててふんぞり返っている所で悪いが、このままでは俺達が悪者扱いされるんだよな。
「ギングは死んでないだろうから、瓦礫から引っ張り出して、ついでに証拠があれば……」
と思っていたら、後ろから数人の声が聞こえてきた。
「こ、これは……お前達がやったのか? き、教皇様は?!」
しまった、遅かった。もう既に、街の人達がたくさん集まってきていた。
いや、説明すればなんとかならないか? だいぶ怪訝そうな顔をされているけれど、俺だって分かればーー
「その顔、レイミールさんか?! いや、でも……その角はいったい? あと、横の女は魔族?!」
あ、そう言えば。俺の姿って今……。
「おい、どうやって戻るんだ? これ」
「知らんわ。お主も知らんのか?」
「初だからな、こんなの! 皆さん待って下さい。事情を今説明するので……」
「おい、教皇様が!! 大ケガをされている! 息はあるが危ない! ヒーラーを呼べ!」
事情を話そうとしたけれど、どうやら瓦礫の隙間からギングを見つけたらしい。
良かった。それなら彼の姿を見て貰えば……って、元の姿に戻ってるぞ。あ、そうか。気絶したから。ヤバイ、これじゃあ完全に俺達の方が。
「誰がこんな事を!! まさか……」
「あぁ、儂等がやった。悪党じゃったから」
おい、待て。お前、俺の説明聞いていなかったのか? ギングは、国民達から絶大な信頼を得ているんだ。ハッキリとした証拠がないと……。
「ふざけるなぁ!!」
「教皇様が悪党なわけあるかぁ!!」
「卑劣な方法で教皇様を貶めて、許さん!!」
「レイミール!! 貴様、魔に堕ちたか!!」
こうなるっての!!
「ちょっと待ってくれ、皆。証拠が必ずーー」
「黙れ!」
「冒険者や騎士達を呼べ! ぶっ倒してやる!!」
怒り心頭した国民達には、俺達の言葉は通じなかった。それぞれ武器になりそうな物を持ち、俺達の前に立ちはだかっている。どうすれば……。
「って、うわっ!」
何て思っていたら、ラミタンが俺の腕を引っ張り上げ、宙に浮き始めた。
「しょうがないの。一蓮托生じゃわい。逃げるぞ!」
「嘘だろう!!」
だけど、俺はそのままラミタンに連れられ、空中を
飛びながらその場を逃げ出した。
「まだまだお主には、勇者足るものを教授して貰わんとな」
「はぁ……お前、今回ので諦めないのかよ。いや、もうこうなったら。お前を立派な勇者にしてやらないと、国民達の誤解も解けないか。そんな事で解けるかは分からないが、乗りかかった船だ。満足するまで付き合ってやるよ」
「ふふ。それは良かった。よろしくの!」
仲間の下に帰れるのも、まだまだ先になりそうだ。あいつらなら大丈夫だろうが、鉢合わせない事を祈るしかないか。
これから、もっと大変な事になるかもだけれど、俺は父の教えを守り、そして父をも越える勇者になってやる。
こいつとな。