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第8話 街

 その日の昼、久しぶりに人間の食事を食べた。食事をして涙が出たのは初めてだった。シーナに微笑ましいものを見るような視線を向けられて少し恥ずかしかった。

 食事の内容はこれといって代わりのないものだ。少し豪華ではあったが。定食を頼んで、パンと、スープと、豚肉のグリルと。美味しかった。本当に。


 午後の内に街を出た。次の街に着くのは直ぐだろうから、一日を無駄にすることが生産的ではないだろうという結論に至ったのだ。自分の中で街から街までの移動は徒歩だったので、かかる時間の換算が上手く行かない。


 辻馬車に乗ったが、客は自分達だけだった。御者は渋ったが、シーナが少し何かを言うと直ぐに笑顔で馬車を出した。


「馬車は少し辛いかもしれないな」

「どうだろう、大丈夫だと思うけど」

「余裕があれば、窓から外を見て欲しい。始めての景色を見るのは楽しいから」


 シーナに促されるままに外を眺めてみる。街から出てまだ少しだったために、後ろの方にまだ街の姿が見えた。外壁が張り巡らされていて中の景色は見えなかったが、それでも見ていて楽しいことには変わりなかった。まがなりにも成人した男が外を眺めてはしゃぐというのは少し恥ずかしさがあるが。


 その後の馬車の中ではシーナの昔話を聞いた。父親が行商人だというだけあって、話せば話すほど新しい内容が出て来た。

 しかしシーナが父親と一緒に外に出るようになったのはつい最近のことで、それまでは帰って来る父親の話を聞いて遠く異国を想像していたらしい。行商人ともなると一年の三分の二程を家の外で過ごすことになるのだが、それでも父親は慕っていたのだと懐かしそうに語っていた。


 自分はまだ海というものを見たことがない。湖とは違うのだと言うが、詳しい説明を聞いても良く分からなかった。シーナに関しても実際に見たわけではないためにあまり詳細が明らかにならない。

 砂漠、というものの存在も初めて聞いた。一面砂で覆われており、夜は凍えるほど寒くなるらしい。しかし昼間は熱く、肌が焼けないように逆に長袖を着用することが多いのだという。


 自分の知らない世界の話は面白かった。


「私は、ルッツと、色んな場所に回りたい」

「………でも」

「危険なのは分かっている。だから、別にそう遠くに行かなくてもいい。近くでもいい。二人で過ごす時間が欲しい。………いや、今から言うことでもないのだが」


 自分の魔法が、どれだけ人間に聞くのかが分からない。魔法が使えるからと言って世界中を自由に旅できるのだろうか。

 ただ、もし相応の強さがなければ外にも出れないとなるとこの世界で旅や行商に出る人が大幅に少なくなってしまう。そもそも今この旅は安全なのだろうか。あまり遠く離れた街には行かないという話だったが。


 分からない。袋小路だ。


「今考えなくても良い。時間はあるから」

「そうだね。でも、今考えるのも悪くない」

「………私は、ルッツには少し考えることを休んでほしいんだが」

「それを言うならシーナもだからね」

「………なら、二人で何も考えなくて良いだろう」


 シーナが肩に寄り掛かってくる。

 ああ、考えることを放棄するのも悪くはない。








 日が沈むより随分前に次の街に付いた。先ほどの街よりもシーナはなじみがあるようで、お勧めの宿があるということで真っ先に街の北部へと向かった。

 彼女によればどちらかというと南部に身分の低い物や金の無い物が集まっているからあまり近寄らないようにとのこと。確かに北に進めば進むほど建物はその体裁を整えて行くように感じた。素人目ではあまり違いは分からないが。


 宿を取った後は、二人で街の中を歩いて回った。自分は屋台というものを経験したことがなかったが、色々なものを売っているものらしい。食事から、アクセサリーを売る店、そして曲芸師のような者まで居た。

 そこのいた曲芸師に関しては想像以上に面白くて、少し足を止めて見入ってしまった。近くにあった屋台で甘い焼き菓子を買って二人で見ながら食べた。


 夜になる前に宿へと戻った。宿の部屋は二人でとまる分には十分に広く、そして夕食までこの部屋に運んでくれるらしい。

 何となく思ってはいたが、流石にこの資金力は行商人では済まない気がしてきた。


「もしかしてシーナって貴族だったりする?」

「ああ、一応貴族位は持っている」


 話を振れば、思ったより軽く返事が返ってきた。まあ、良く考えれば貴族籍があるかどうかなどあまり気にするようなことでもない。今の時代、下手な貴族よりも豪商の方が力を持っていたりするものだ。今まで伝えられていなかったのは、シーナが特段拘らなくてもいいと思ったからだろう。であれば、自分はそれに従うまで。


 夕食に、と出されたのは昼食に食べた物よりも豪華な食事だった。運びやすいようにとトレーには乗せられて運ばれてきたが、そのトレーが三枚分ほど。一人分で、だ。量が多いわけではないのだが、如何せん種類が多い。シーナに聞けば、食事を豪華にしようとするとどうしてもそうなるものなのだという。


「ただ、色々なものを食べられるのは良いが、奇を衒うようなものが出てくると少し、な」

「僕は初体験だから楽しめるかもね」

「そうだと良いが」


 シーナの不穏な言葉とは裏腹に、食事は美味しかった。昼食の時の衝撃は永らく食事をしていなかったが故の感動も相まっての美味しさだったために、それ以上の衝撃があったわけではないのだが、それでもやはり、美味しい物は美味しい。


「美味しそうに食べるな、ルッツは」

「そう?」

「ああ、幸せそうだ」

「シーナも幸せそうじゃない?」

「ルッツの事を見てたらからだな」


 顔にまで出ていたらしい。別に隠そうとしている訳でもないのだが、こうして面と向かって口に出されると若干の恥ずかしさはどうしてもある。

 まあ、シーナに関しても嬉しそうに微笑むことを止めないでいるので、無理に自分の笑みを抑えるようなことはしなくても良いとは思うが。

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