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第3話 殆

 一週間後。自分は命の危機に陥っていた。


「ルッツ、ルッツ、ルッツ、起きてくれ、ルッツ」


 耳元でシーナが号泣しているのが聞こえる。体を揺するのも躊躇っているのか、震える指先で触れるだけでそれ以上に近づこうとはしない。


 切っ掛けはそう重大なことでもなかった。ただただ通りかかった魔物に襲われかけただけだ。岩陰を縫って進んでいたら小型の魔物に襲われて、その対応で腕を一本失い、そしてそのまま突き飛ばされて意識を失った。

 その後どうなったのかは分からないが、声を聞いている限りシーナは守れたのだろう。


 痛む全身を無視して、両目を開く。回復にどれだけの力を使ったのか、瞼を持ち上げるだけの小さな動きでさえも気怠かった。


「…………シーナ」

「ルッツ! 待ってろ、今、魔石を、その………ルッツ………」


 悲しい涙なのかそれとも嬉しい涙なのか、シーナの瞳から涙はとめどなく溢れて来る。疲れたようにへたり込んで、そのまま抱き着いて来た。自分の腕の止血に来ていたシャツを使ってくれたらしく、右腕の先のシャツが破れている。


 弱々しい手つきで渡された魔石を口に含むと体に力が戻ってくるような気がした。


「まだ生きてたね。良かった」

「………それでも、腕が」

「どうせ魔物と闘ったところで勝てないんだから有っても無くても変わらないかな」

「………ルッツ」


 優しく寝ていたところから抱き起され、そのまま抱きしめられる。段々と嗚咽が止まらなくなって来たようで、その間に自分はシーナの背中に手を回してその体温を味わった。

 一人でない。それがどんなに素晴らしいことか。






 翌日、また移動を開始した。止まっている暇はない。いつ精神が崩壊するか分からない。誰かが一緒にいるだけで寂しさは晴れても、先のない未来に絶望が湧かないわけではない。話していて急に涙が溢れ出てくることも、歩こうとして急に足が動かなくなることもある。だから、止まっている暇はなかった。


 食事は相も変わらず魔石だ。層は一つ上へと上がった。合計で六層進んだところだ。全体の層が二百層近く、そして安全圏までの見積もりが五十層。希望的観測ではあと四十層と少しを上ればいい。

 この六層で二週間近い日数を費やし、自分は右腕を失い、命をも失いかけた。本当にたどり着けるかどうかに疑問は残る。唯一の救いは、まだシーナの体に怪我がないこと。このまま全力を尽くせば、自分の身を捨ててでも彼女は救えるかもしれない。シーナだけでも外に出られたら儲けものだろう。


「ルッツ、今日はここで休もう」

「そうだね。結構進んだかな」


 時間はまだ分からない。日数は基本的に一日に一度寝るものとして数えているが、日の光がないために昼夜の判断は付かない。

 迷宮の内部は暮明ではあるが、慣れれば見えないということもない程度の明るさだ。何も見えない状況でないことが救いだった。


 岩陰を進み続ける日々。夜中に眠れる場所を探すのも一苦労だ。今日見つけたのは壁に入った罅の奥で、人ひとりが何とか通れるかどうかという隙間を抜けた先にある小さな空間だ。このように罅が入っている壁が数多くあるために今まで身を潜めるということが出来ていた。

 もし人間と同じかそれ以上に小さな魔物に遭遇したら、命をも失うことを考えなくてはならない。


 この狭い空間では、二人横になって眠ることもままならない。ただ、目覚めるときにも眠るときにも隣に人の気配を感じるというのはありがたかった。

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