第1話 起
衝動で書き始めてそのままの勢いで書き上げたので色々とおかしいです。十一話で完結します。
誰かから捨てられる痛みというのは、実際に経験してみなければ分からないものだ。自分の命を天秤にかけられて、そして切り捨てられたのが自分だったとき、感じる恐怖や憤りの大きさは身をもってしか知ることができない。
しかしその感情の機微というのも、長すぎる苦行の下に置かれてしまえば簡単に消えてなくなる。人間の慣れとは凄まじいもので、いつしかその苦しい状況が普通だと感じてしまい始めるようになる。
地獄の中で過ごしていたことがある身としては、その考えは間違いなかった。勿論、苦しさや怒りは頭の中に残り続ける。それでも常に存在するその感情は段々と無視されていくようになり、誰か他の人間が感じている感情を見ているかのような気分になってくるのだった。
自分より怒っている人間がいると冷静になれるという言葉は効いたことがあると思うが、それと似たようなものだ。
そしてその自分が経験している地獄だが、一般的には“掃きだめ“と呼ばれている場所で、場所は大陸の東端にある。迷宮と呼ばれる魔的生命体の中でも特別に大きく、その深さは二百層を優に超える大きさだった。
自分は、その最奥に近い部分に転送されたのだ。理由は単純。迷宮の調査の為だ。ある貴族が迷宮の研究に力を入れており、その調査のために協力できる人材を探していた。協力、と言っても、その内のいくつかは命をただで投げ出すようなものであり、勿論必要人数は集まっていなかった。
そこで吊り上がっていた人材派遣費に惹かれて手を挙げたのが自分の父親だ。自分は五人兄弟の三男であり、外で働けはするものの、体も大きくなったせいで食い扶持が大きかった。はっきり言って家の邪魔だ。
身売り、それだけであればまだ耐えられた。耐えられなかったのは、父親が『一番危険なところでも良いから出来るだけ金をくれ』と話しているのを聞いてからだった。落胆さえも感じる暇がなかった。
そしてその言葉通り、自分は一番危険な部分を任されることとなった。迷宮における転送機能の異常を調査だ。掃きだめの付近では魔素の濃度の急速な変化により魔道具が上手く動かないことが多いらしく、転送機能も例にもれず不調を起こしていた。酷い時には予定よりも十層も下に転送されることも少なくはなかった。
その不調の高度による違いを調べるために、生身の人間を二人最奥部に転送したのだった。転送機能というのは迷宮の入り口付近で行われるもので戻ってくることは出来ないのだが、その魔道具の作用を調べればどこの層に飛んだのかが分かるらしい。
そして飛ばされた先。飛ばされた人間としては、どこの層に飛んだのかも分からない。視界が揺らぐほどの濃密な魔素にそこかしこから響き渡る轟音、そして殺気、異臭、湧き上がる緊張感。
生を諦めるのは簡単だった。
それでも諦められなかったのには理由がある。それは、もう一人の転送された同志の存在だった。
普通男女間で魔素の親和性というものが異なってくる。そのために二人も転送する必要があったのだ。そして自分と同時に転送された同志は落ち着いた、そして確りした女性で、しかし転送する直前には涙を流していた。最奥に飛ばされる自分と彼女には、どうせ生き残れないからということで武器や防具は何も渡されておらず、生きて戻ることは考えられない。そして、簡単に死ねるかどうかすらも分からなかった。もし高位の魔物に弄ばれたら何も抵抗は出来ない。直前まで泣いていなかったのは、彼女が強かった証拠だろう。
そしてその涙を見たとき、自分は生きねばならないような気がした。自分は一人ではないと、それだけが自分の生存を支えていた。
彼女がどこに飛ばされたのかは分からなかった。それでもあきらめる理由にはならなかった。どうせここで死んだとて、少し動き回ってから死んだとて何も変わらない。
四日間、動き回った。食料はそこかしこに落ちている魔石を食べれば事足りる。普通魔石というものは貴重であるために食事として使用するなど勿体ないことはしないのだが、普通の食事を得られない今では魔石を食べる他はない。魔石は魔法の動力源に使用されるが、人間の動力源としても扱えるのだった。
五日目、自分がいた層よりも四層下を捜索しているとき、彼女を見つけた。岩陰の奥底に座り込んだ彼女の周囲には魔石が積み重ねられており、膝を抱えて泣き続ける小さな嗚咽が響いていた。
自分が近づいて行く音を聞いて、彼女は体を震わせて、そして顔を上げて目を見開いた。そして崩れ落ちて、また泣き始める。何故か自分も涙が出てきて、その日は一日泣き尽くした。